第5話 クラスメイトの反応
翌日、前日の騒動で疲労が溜まった僕は、いつもより少し遅れて教室に到着した。
いつもと同じ教室。
だけど何だかいつもより騒がしい気がすると思いながら、僕は自分の席に座った。
やっぱり昨日の件のせいかな?もしかして、たっくんと橘さんが僕のあの姿について噂を流したとか?
だけどその割には、敵意のこもった視線は感じられない。
もしかしたらもうすでに昨日の社会科見学でイレギュラーモンスターに遭遇したことが噂になっているのかもしれないな。直接モンスターと遭遇した人は少なくても、同じ場所にいた子たちは一応状況を聞かされているはずだし。
普通ならまず見ることのないイレギュラーモンスターに学校の行事で遭ってしまったのだ。
それが噂になったのだとしたら、クラスメイトたちがこうしてざわついているのも理解できる。
そうやって一人で結論を出し、一時間目の教科書を取り出していた時、僕の机の上に小さな人の影が落ちた。
「みーちゃん?そんな顔をしてどうしたの?何か言いたいことでもある?」
学級委員長の鈴木美奈。たっくんと同じく僕の幼馴染の女の子。
そんな彼女が、机に座っている僕をどこか緊張した顔で見下ろしていた。
何だろう。もしかして昨日の件で先生に僕が呼ばれているとか?先生に頼まれるとちょっと緊張することってあるよね。だけどみーちゃんがこんなことで緊張するタイプだったっけ?
そんなことを考えながらみーちゃんを見上げていると、みーちゃんが唐突に僕の目の前にスマートフォンを突きつけてきた。
「……ね!これ!皓くんだよね!?」
「え?何が?あッ!」
みーちゃんが見せてくれたスマホの画面には、僕がイレギュラースライムを倒す動画が写っていた。
いや、これいつ撮られたの?と一瞬思ったけれど、犯人は考えなくてもすぐ分かった。
その場面を撮れるのは社会科見学という学校行事にダンジョンカメラを持ち込んだ同級生の橘ルナしかいなかったからだ。
いや、それはそうだとしても、いくらワガママで空気の読めない橘さんだとしても、勝手に人の動画をアップしたりしないと思うんだけどな。しかもあの時僕とこの件については誰にも言わないと約束までしたし。
……もしかしてあの時、橘さんが撮っていたのって録画じゃなくてライブ配信だったのか?
予想外の事態に僕が頭の中でそんなことを考えながら固まっていると、僕の反応に確信を得たみーちゃんが、顔を僕の目と鼻の先まで近づけて言った。
「やっぱり皓くんだったんだね!ねぇ!皓くん!これ!これ私にも見せてよ!」
「ええ……。嫌だよ」
みんな気持ち悪いって嫌がるだろうし。九尾の狐のくせに尻尾も一本しかなくて恥ずかしいし。見せるわけないじゃん。
前世の人間たちの反応を思い出して首を振ると、みーちゃんが今度は興奮した顔で僕の肩を激しく揺さぶった。
「えー、なんでええ!!見せてくれたっていいじゃん!減るもんじゃないし!!スキルでしょ!?一回だけ!ちょっとだけ!それで我慢するから見せてよ!!」
「確かにスキルだけど……!うわあああ――。みーちゃん、振らないでええ――。目が回るううう――」
「見せてよおおおお!!たっくんには見せたんでしょ!!たっくんだけズルい!!」
「いや、それ僕が、見せたくてええ見せたわけでもないしいいい――」
そう。できるなら死ぬまで見せるつもりなんてなかったんだから!あくまで事故だったんだから!だから肩振るのやめて!?
みーちゃんの手に掴まって体を揺さぶられながらそんなことを考えていると、僕の肩をぶるのに疲れたのか、みーちゃんが荒い息を吐きながら僕の机に顔を埋めた。
「もううう!!見せてよおお!!たっくんばかりズルいいい!!シクシク!!」
「はぁ。いや、だから僕も見せたくて見せたわけじゃないんだってば。それにみーちゃん、嘘泣きしてるのバレバレだよ」
「……分かった。取引をしよう!」
自分が泣くフリをしているのがバレたと分かった途端、顔を上げて僕と視線を合わせたみーちゃんが、また僕の肩を両手で掴みながら言った。
「明日から三日。毎日お弁当にいなり寿司を作ってきて皓くんにあげる」
「……だ、ダメ」
「じゃあ四日」
「……ごくり。う、うう、うううん!それでもダメ!」
「ふっ。かなりしぶといね。仕方ない。一週間、それに毎日違う種類で!は、どうだ!!」
「くっ……!!」
強い!さすが僕の幼馴染!僕の弱点をダイレクトに突いてくるなんて!だけど僕は!!僕は!!!
「……分かった!!見せてあげる!!」
「きゃあっ!!やった!!」
くッ。畜生〜〜ッ!!口が勝手に動いてしまった!!くそッ!この食欲め!!前世でもこれで苦労したっていうのに、またこんな手口に引っかかるなんて!!
だけど約束は約束。
口約束とは言っても、すでにみーちゃんと約束した以上、今更引くことはできない。
しかし後に引けないこんな状況になったとしても、僕には譲れないことがひとつあった。
「み、見せるのはいいけど!ひとつ約束して!そうしてくれないと絶対見せないから!」
「ん?何?何でも言って!できることなら何でもしてあげるから!おかずに油揚げの包みでもつけてあげようか?」
「うん!油揚げの包みもほしい!いや、そうじゃなくて!もちろん油揚げの包みも必要だけど!それより!」
「それより?」
「み、見て気持ち悪いって言わないでね?」
「……?分かった」
何だろう。案外あっさり頷いたな。ちゃんと理解して言ってるのかな?ちょっと不安だけど。
というか、気持ち悪いって言わないだけで、明日から仲間外れにしたりいじめたりしないよね?ね?
いや、幼馴染のみーちゃんを信じるんだ。僕の幼馴染のみーちゃんは良い子!優しい子!お兄ちゃんは信じてるからね!!よし!決心がついた!
「えいっ!」
ポン――!
気合と共に妖力を動かすと、ポン、と小さな音と共に頭とお尻から慣れつつも妙に慣れない感覚が伝わってきた。
みーちゃんが頼んだ通り、僕の頭とお尻から狐の耳と尻尾が出たのだ。
「……」
しかし、何かものすごく静かだな。
やっぱり直接見たら気持ち悪かったのかな?静かすぎて目を開けるのが怖いんだけど?
そんなことを考えながらも、長すぎる沈黙にそっと片目を開けた時、
「「きゃああああああ――!!可愛いぃぃ――!!!!!!」」
耳を突き刺すような大歓声が聞こえてきた。
いや、何?なんて言ってるの?いきなり大声を出されたから何も聞こえないんですけど!?
びっくりして頭の上の狐耳を手で押さえると、何だかさっきよりさらに悲鳴が上がった気がした。
いや、そろそろマジで怖いんだけど!もしかして今世では陰陽師じゃなくてクラスメイトに殺されるんじゃないの!?気持ち悪いという罪で!!
そんなことを考えながらチラッと前に立っているみーちゃんを見上げると、何だか顔を赤くしているみーちゃんの顔が目に入った。
「みーちゃん……?」
「はぁはぁ。皓くん!そ、そのケモミミちょっと触ってみてもいい!?さっきの条件に加えて三日追加してもいいから!ね!?」
「ええ……。別にいいけど」
驚いた僕の反応を見て周囲の悲鳴もさっきより少し収まったみたいだし。
みーちゃんの反応を見る限り、この姿を嫌がってる?というより気に入ってるみたいだし。
それなら触るくらいはいいというものだ。いなり寿司をくれるって約束もしたしな。
許可の意味で耳から手を離すと、みーちゃんが震える手で僕の頭の上の耳へそっと手を伸ばした。
僕の狐耳を優しく撫でるみーちゃんの暖かい手。
その手の温もりに、なんだか気分がぬくぬくとなった。
「ゴロゴロゴロ」
「……!!」
ハッ!思わず!!
九尾の狐というものが普通の動物みたいに喉を鳴らすなんて!なんて恥ずかしいことをしてしまったんだ、僕は!
自分の失敗にハッと我に返った僕は、頬に集まる熱を感じながらみーちゃんの手を頭から離した。
というか、何か周りが静かになってない?
みーちゃんは平気みたいだったけれど、もしかして他のクラスメイトはそう思わなかったのかな?ちょっと凹むかも。
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、僕は九尾の姿を見せてしまったことにちょっと後悔を感じた。
だけどそれも束の間。
「「きゃああああああああああ――――ッ!!!!!!可愛いいいいいッ!!!!!!!!!!!!」」
さっきとは比べものにならないほどの大声に、僕はまた頭の上の耳を手で押さえることになった。




