第4話 潜入! 魔女協会①
遺跡探検の翌日。
ソーちゃんは、宿屋のベッドの上で横になっていた。
別に暇だからじゃない。ほんとだよ?
「はぁ……どうしよっかなー」
ソーちゃんは朝から悩んでいた。
もちろん、昨日の魔導書のことだ。
あの後、遺跡から出たソーちゃんはカレンちゃんと別れ、宿屋のある貿易都市ボロニバスまで戻ってきた。
ムカついていたので、帰り際にカノンちゃんに「べー!」っと舌を出したら「ふん。子供だな」と鼻で笑われた。
ほんとムカつく。
その後、この街に戻ってからは何事もなく過ごした。
何事もなくお風呂に入って。
何事もなく商人たちで賑わう夜の街の屋台で美味しいご飯を食べて。
何事もなく就寝した。
ほんと何事なく。
まあ、昨日のことはもうどうでもいい。問題は今だ。
ソーちゃんは、枕に顔を埋めながら自問自答する。
「うー……街に入るのは簡単なんだよ……」
何度も言うが、ソーちゃんは潜入も得意だ。
だから、魔法都市に潜入するのも容易い。
シュシュッと行って、シュバッと帰ってこれる自信はある。
あるのだけど……
「……あそこに忍び込むのが面倒なんだよなー」
あそこ――それは魔女協会のことだ。
魔法都市の中心には馬鹿でかい大樹がある。
あまりにも大きい為、大樹の枝は街全体を覆うほどに広がってしまっていた。
だから魔法都市は、別名『木陰にある街』とも呼ばれている。
そして大樹の中に魔女協会の本部があった。
イメージとしては、大樹の家と言った方がわかりやすいだろう。
大樹の中をくり抜くようにして、居室や書庫に研究室、そして保管庫といった各部屋が設けられている。
自然好きには堪らないん場所だろうが、ソーちゃんは嫌いだった。
「あの大樹がものすごーく厄介なんだよね……」
そう。問題は大樹の方だ。
問題としては2つある。
1つは大樹の中で転移魔法が使えないこと。
まあ、これは仕方ない。
魔女協会の本部で使えてしまうと、一度でも入室したことのある人なら簡単に管理している魔導書や禁書が盗まれちゃうからね。
そして2つ目は、魔女協会が入っている大樹には、天然の防御魔法が施されていることだ。
それは人が施した魔法ではない。《《大樹自身が施しているのだ》》。
魔法が使える樹木なんて聞いたことがない。
ソーちゃんはあの樹木は魔獣の一種なのではないかと思っているくらいだ。
この防御魔法が厄介。
なんせ、この世にある魔法や武器では、一切傷つけることが出来ないと言われているほどに強固な魔法なのだ。
なんで、ただの樹木如きが、そんな高等な魔法を施しているのかと不思議で仕方がない。ってか、傷つかないのにどうやって、大樹の中に各部屋を作ったのかも気になるところだった。
「防御魔法のせいで、見つかった場合に脱出路が用意できないし、大樹の中では転移魔法が使えないのがねー……」
転移魔法も使えないし、防御魔法で壊すことすら出来ない。
なんて都合の悪い大樹だろうか。
潜入が得意なら見つからないから気にしないでいいのではと、思う人もいるだろう。
もちろん、見つからない自信はあるよ?
でも、ソーちゃんは優秀な魔女だから見つかった場合のことも考えているの。
なんせ、世界最高峰の優秀な魔女だからね!
「襲ってくる魔女を全員殺せばいいけど、ちょっと骨が折れる。ってか、最悪殺されるな……」
ほんと何度でも言うけど、ソーちゃんは強い。
ケリンちゃんやカノンちゃん、シエフちゃんにだって負けない自信はある。
でも、それは一対一での話。
魔女協会には、昨日のアリーゼのような優秀な魔女が大勢いる。
そんな魔女たちに連携して攻撃でもされたら、ソーちゃんですら瞬殺だろう。
ババアは見かけによらず強い。憶えておくように!
「でも、行くしかないか。ここでうじうじと悩んでいても魔導書の中身がわかるわけじゃないし……見つかった場合のことは、その時考えればいいや」
自分で自分に言い聞かせるように呟いた。
悩んだところで問題は解決しないのだから、行動あるのみ。
失敗は、失敗してから考えればいいんだよ。
そうと決まれば行動するだけだ。
「……よし!」
埋めていた枕から顔を勢いよく上げる。
そして、ベッドから飛び降りた。
「待っていてよ! 魔導書ちゃん! 今からソーちゃんが会いにいくからね!」
誰もいない部屋で気合いを入れるように叫んだ。
「あ、でも……今は明るいから行くのは夜にしよっと!」
昼間に行ってはリスクが高いからね。
ソーちゃんは、再びベッドへとダイブした。
◇◇◇
真夜中。
とある森の前にソーちゃんはいた。
夜風が木々を揺らし、気味の悪い鳥の声や獣の遠吠えが前方の森から聞こえてくる。
「相変わらず薄気味悪い森ね……」
生成した光の玉で足元を照らしながら、正面の森を見据えた。
真夜中ということもあるのだが、鬱蒼と生い茂る木々が月明かりを遮り、森は漆黒に染められている。
まるで、魔法都市に住んでる陰険な魔女の心の中を現しているみたいだ。
この森――グリムスウェールの森は、魔法都市を囲うようにして広く存在していた。
入る者を惑わせ、出る者には呪いをかけると言われており、言わばこの森が魔法都市の城壁となっている。
まあ、ただの迷信なんだけどね。
「さて……さっさと森を抜けちゃおう」
ソーちゃんは魔法都市の方向へと歩みを進めた。
ちなみに何でこんな森の中をわざわざ歩いているかというと、単純に見つかることを警戒しているからだ。
転移魔法で街の中に直接転移できるがバレる可能性が高い。
なんせ、住民のほとんどが魔法に精通している魔女だ。
安易に転移なんかしてしまうと、警備部がすっ飛んでくる。
それでは、任務失敗になってしまうからね。
だから、森の中を進んでいくのが一番簡単なのだ。
◇◇◇
「ん……?」
しばらく森の中を進んでいると妙な気配を感じた。
その場で立ち止まり、周囲を見渡す。
……動物……? いや……それにしては気配が変ね……。
明らかにおかしい。この気配は動物じゃない。
咄嗟に足元を照らしていた光の玉を消す。
すべてが真っ暗な闇に包まれた。
神経を研ぎ澄ませ、五感から感じ取れる情報を確認していく。
鳥の声や動物の足音、夜風に揺らされる木々の音。
すべてを感じ、処理していく。
……いた。
そして見つけた。
左横に視線を向ける。
視線の先には生い茂る木々と漆黒の闇しか見えない。
でも、この先にいるのは間違いなかった。
……敵意は……わからないわね。
殺気などは感じられない。
感じとれるのは、気配とソーちゃんを見ている視線だけ。
……見られているのも気持ち悪いし、声をかけてみるしかないわね。
殺気は感じないし、殺意があればとっくに殺しに来ているはずだ。
だが、そうはしてこない。
だったら先手必勝。
こちらから声をかけて、相手の虚をつけばいい。
「あのー? 見られていると気持ち悪いんですけどー? どちら様ですかー?」
声をかけてみるが、応答はない。
驚いて移動した気配もなかった。
相変わらずソーちゃんを見ているだけである。
……手を出すつもりはないってこと?
声をかけても何もしてこないのであれば、放っていても問題ないだろう。
まだ街から少し距離があるとはいえ、ここで戦闘するのは避けたい。
そう思い、前へ向き直ろうとした、その時だった。
正面から突然、2本の矢が飛んできた。
「にょえ!?」
慌てて真横へと飛びのき回避する。
先ほどまで立っていた場所に視線を向けると、後ろの木に2本の矢が刺さっていた。
……攻撃してくるんかい!?
地面に伏せながら周囲の気配を探っていく。
先ほどまでじっとしていた気配が複数に散っていた。
どうやら、向こうは戦闘態勢に入ったようだ。
……魔法都市の近くで戦闘とかやめてほしいんだけど!
ここでは派手に暴れることが出来ない。
いつものように魔法を使ってしまっては、街の人間に気づかれてしまう。
地面に伏せたまま、複数の光の玉を生成し周囲へと散らしていく。
すると、幾つかの光の玉が消え去った。
相手に迎撃されたようだ。
……光は邪魔なんだ。ということは、あっちは暗闇でも見えているってことか。
となれば、ここでじっとしていては良い的だ。
飛び起きて、魔法都市の方向へと森の中を突っ走る。
左右と後方から何かが追ってくる音が聞こえてきた。
……見えないけど、適当に撃つしかない!
威力を最小限にして複数の魔弾を生成。
あくまで牽制。
音がする方向へと扇状に斉射した。
木々の間を通り抜けるようにして、魔弾が散っていき木々や地面にぶつかる音が聞こえてくる。
しかし、
「……ちっ!」
無駄だと言わんばかりに複数の矢が、左右後方から飛んできた。
姿勢を低くし、周囲の木々を盾にしながら回避していく。
……向こうは魔法を使えない?
飛んでくるのは矢だけ。
魔法が飛んでくる気配はないし、魔力も感知できない。
……いや、あっちも見つかりたくないのかも。
考えられる可能性は、向こうも魔女協会とは敵対しているということ。
だから、こんな森に潜伏して魔法を一切使わずに物理的の攻撃のみを行ってきているんだろう。
……はぁ、面倒な相手に絡まれたなぁ。
魔女協会に関係ないのに……まぁ、ちょっとは関係しているよ?
でも、何で仲間じゃないのにソーちゃんが攻撃されなくちゃいけないんだろうか。
そんなことは思っていると、右斜め前の茂みが微かに揺れる。
そして黒い影が一気に飛び出してきた。
「――何でここに!?」
突然の出現に驚く。
相手は細身の剣を振りかぶっている。
慌てて左へと回避しようとするが、この距離では間に合わない。
咄嗟に硬化させた右腕でガードするようにして、剣を受けとめた。
ガキン! と音が拡散する。
「突然出てきたらびっくりするでしょ!」
左手をかざして、近距離で魔弾を放とうとするが――
「後ろ!?」
まただ。
気配を感じなかった背後から音がした。
咄嗟に剣を受け止めている相手の右腕を掴む。
魔力で左腕の筋力を強化。
「おりゃぁぁぁ!」
掴んだ相手で横に薙ぎ払うようにして、音がした後方へと投げ飛ばした。
「グ……」「かはっ……」
投げ飛ばされた相手が、何かとぶつかり合いうめき声を上げた。
右手に魔槍を生成し、握りしめる。
「――気配なく忍び寄ってくんなー!!」
そして重なるように木に押し付けられた2人の敵に向かって、力いっぱい投擲した。
「ぐはぁ……」「がっ……」
ソーちゃんの魔槍が2人の敵ごと貫く。
相手は木に縫い付けらるようにして脱力した。
まずは2人。
「どんなもんじゃ――にょわっ!?」
脱力した相手にガッツポーズしようとするが、再び矢が飛んできた。
急いで回避して、魔法都市の方へ走る。
「もー! 何人いるのよー!」
気配が散っており、人数が確認できない。
わかっているのは、まだ他にも敵がいることだけ。
段々とイライラしてきた。
「ここじゃなければ瞬殺できるのにー!!」
四方八方から飛んでくる矢を回避しながら叫んだ。
すると突然、右手側の気配が消え去った。
「え?」
突然のことに驚く。
だが、驚きは終わらなかった。
周囲の気配がどんどん減っていく。
気配が減っていくのに合わせて、飛んでくる矢の数も減っている。
しまいには、1本も飛んでこなくなった。
……撤退した?
走る足を止めて、その場で周囲を警戒する。
もう既に先程まで感じていた気配は、1つも感じられない。
感じるのは夜風に揺らされている木々の音だけだった。
「ふぅ……何でかは知らないけど、終わったのなら問題な――」
「問題ないわけないだろ」
「ぎゃ!?」
突如として、聞こえてきた声に飛び跳ねる。
慌てて後ろへと振り向くと、
「え? 何でケリンちゃんがここにいるの!?」
「それはこちらのセリフだ」
枝の合間から差し込む月明かりに照らされつつ、右手に愛用の大鎌を持ち、執事風の服に身を包みこんだ処刑人――ケリン・ハンカーがそこに立っていた。




