第5話 ヒロインはトラブルに巻き込まれやすい①
「待……って……」
私の目の前で、魔族の女が崩れ落ちていく。
体を上下に分かたれており、もう助かることはないだろう。
「これで全員だな」
周囲を見渡し、全員が血の海に沈んでいることを確認する。
倒れている者たちは、皆一様に苦悶の表情を浮かべていた。
「……戻るか」
大鎌を振るい、刃についた血を払い除ける。
今日の仕事は、これで終わり。
帰ってゆっくりとシャワーを浴びよう。
そんな時だった。
「ん? メッセージ?」
頭の中に私宛のメッセージが届いた音が鳴った。
通信魔法を起動し、半透明の画面に表示された送り主を確認する。
「詐欺師からだと……?」
送り主は、詐欺師のシエフ・トイシェンからだった。
シエフからメッセージなど、滅多に来ないので少し驚く。
いつもは魔女のソーバから、連絡が来ることが多い。
……まぁ、どれもどうでもいい内容なんだがな……
今日は何した、とか。
今日はキルシュさんと挨拶した、とか。
今日は何を食べた、とか。
どうでも良い内容ばかりでうんざりしていた。
「さて……あの女狐はどんな内容を送ってきたんだ……」
くだらない内容でないことを祈りつつ、メッセージを開いた。
「――これは!?」
その内容に驚愕する。
「急がなければ……!」
メッセージをすぐさま閉じると、ゲートの行き先を変更する。
場所は、人間領。城塞都市マシュリア。
そしてキルシュさんが経営する花屋だ。
「キルシュさん……」
彼女の名を呟く。
なぜなら、メッセージにはこう書かれていた。
『キルシュが誘拐された』
◇◇◇
キルシュさんの花屋に到着する。
店の前には、既にシエフとソーバが何かを話し合うようにして立っていた。
既に日は沈みきっており、周囲には私たち以外は誰もいない。
「ん? おお。来たか――」
シエフが私に気づく。
私はシエフの元に歩み寄ると首元を掴み上げた。
「キルシュさんは今どこにいる? なぜ誘拐された?」
「お、落ち着かんか! これでは落ち着いて話すことが出来ん!」
「落ち着けだと? キルシュさんが誘拐されたのに落ち着いていられるか!」
すると、隣にいたソーバが呆れたように肩をすくめる。
「シエフちゃんを問い詰めて仕方ないわよ~? この狐のおばあちゃんが犯人って訳じゃないんだから」
「くっ……」
シエフを地面へと降ろして、手を離す。
彼女は乱れた服を整えながら、ため息をつく。
「まったく……血の気が多い奴らばかりじゃのう」
「アハハ! 私も含めて二回目だもんねー!」
「笑って言うことではないわ! ……まぁ気持ちはわかるがのう」
どうやらソーバにも、首元を掴まれたようだった。
シエフが、気を取り直して口を開く。
「簡単に言うと、どこぞの商家の娘と間違えられて、誘拐されてしまったようなんじゃ」
「間違えられただと? あの立ち退きを迫った男たちに誘拐されたんじゃないのか?」
てっきりあの男どもが再びキルシュさんを尋ねて、言うことを聞かない彼女を誘拐したのだと考えていた。
シエフは首を傾げる。
「立ち退き……? ああ! この前の男どもか! あやつらは関係ないぞ? ――とっくに死んでおるからのう」
「死んだ? 貴様がやったのか?」
あの時、シエフは男どもから直接話を聞いたと言っていた。
だから、話をした時はまだ生きていたはずだ。
私の言葉にシエフは頷く。
「わらわの部下がな。今ごろは魔獣どもの腹の中じゃよ」
「だったら、何で間違えられて誘拐されたんだ?」
「まぁ聞け。わらわの部下が目撃者から聞いた話によるとだな……」
シエフの話はこうだ。
キルシュさんが、街の中心部にある市場で買い物をしていた。
その最中に、男に手を引かれ荷車に乗せられて、運ばれていったらしい。
……それのどこが誘拐なんだ……?
話を聞く限りでは誘拐とは思えない。
ただキルシュさんが、男と一緒に何処かへ行ったようにしか聞こえなかった。
「なぜそれが誘拐だとわかるんだ? ただ、知り合いの男と何処かに行っただけかもしれないぞ?」
「そうじゃな。ここまでの話ならそう思える。……じゃが、まだ続きがあるんじゃよ」
「続きだと?」
シエフは、頷いた。
「その後にな? とある商人の元に一通の手紙が届いたのじゃ。『お前の娘を預かった。返してほしければ金塊を用意しろ』とな」
「まさかそれが……」
「そうじゃ、その誘拐されたのがキルシュだ。ちなみにじゃが、商人の娘はもちろん誘拐などされていない。なんせ、その手紙を読んでいる男の隣で、お茶を飲んでいたんじゃからな」
「……」
あまりにもお粗末な内容に言葉が出てこない。
誘拐する娘を間違えるなど、そんなことが現実にあるのか?
「……その商人の娘とキルシュさんは、似ているのか。」
もしかしたら、物凄く似ていたのかもしれない。
何たって、キルシュさんだ。
あの美しさなら、どこぞの商家の娘と間違える可能性も……
「まったく似ておらん。しかも商家の娘は、まだ14歳の小娘じゃ。歳も離れているから普通なら間違えんよ」
「……」
キルシュさんの年齢は、確か27歳。
見た目も立派な大人の女性だ。
とても少女とは言えない。
ソーバが呆れたように言う。
「ソーちゃんもね、犯人が間抜け過ぎてびっくりしちゃったわよー」
ソーバの意見に激しく同意する。
見た目が似ていたとか、年格好が近かったならわかる。
だが、似ても似つかない者を誘拐するなんて、間抜け以外の言葉が出てこない。
「……だが、何故そのことを貴様は知っているんだ? その商人と仲が良かったのか?」
「まぁ、そういったところかのう。たまたま部下が、その商人と商談をしている最中にその手紙が届いたのじゃ」
「それで相談されたと……?」
「うむ。男としては、娘は誘拐されていないから、手紙は無視しようとしたらしいのじゃがのう。わらわの優秀な部下が、これは金儲けに利用できると機転を利かせてな? その件をわらわたちに任せるようにと持ちかけたのじゃよ」
シエフは、腕を組んで自慢げに頷く。
流石、詐欺師の部下だ。
金の匂いには敏感らしい。
「そしてその事件を調べてみると、びっくり! なんと、キルシュが誘拐されていたことがわかったんじゃよ!」
「……」
「ほんと、間抜けな話よね……」
ソーバが虚空を見つめている。
キルシュさんも、とんだ間抜けな犯人に誘拐されてしまったものだ。
「ん?」
すると、こちらに向けて誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
音のする方向に視線を向けると、カノン・シュラハが鬼の形相で走ってきた。
シエフが、口を開く。
「遅かったのう。お主ならまっさきに――」
カノンは来るなり、シエフの首元を掴み上げた。
「おい! 詐欺師! キルシュが誘拐されたとは本当か!?」
「なぜ、お主たちは一々首元を掴むのじゃ! まずは落ち着いて話を聞かんか!!」
◇◇◇
シエフがカノンにも状況を一通り説明した。
話を聞き終えたカノンは、あまりにも酷い内容に啞然としている。
「そんな間抜けな犯人どもがいるのか……?」
「いるんじゃよ。この世の中には想像もつかない間抜けな奴らがのう」
「……私の部下なら即刻、処刑しているぞ」
カノンは、拳を握りしめる。
「それで? その間抜けな犯人どもの見当は付いているのか?」
「まだじゃ。今、わらわの部下が調査しておる。まぁ、すぐにわかると思うのじゃが……お! ぐっとたいみんぐじゃな!」
シエフが空中に半透明の画面を展開する。
どうやら、その部下からの連絡のようだ。
「ふむふむ……なるほどのう……」
ソーバがシエフの肩に手を乗せる。
「どうなのー? キルシュちゃんの居場所とかわかったの?」
「うむ。流石はわらわの優秀な部下じゃ。後で褒美を与えてやらんとのう」
シエフは、画面を消すと皆に向かってドヤ顔で言った。
「犯人の組織もキルシュの居場所もわかったぞ!」
ドヤ顔をする前にさっさと言ってもらいたい。
私はシエフに向かって催促した。
「早く言え。貴様のドヤ顔を見ている暇などない」
カノンも頷く。
「ああ。早く言わないと消し炭にするぞ」
「気持ちはわかるが、そう焦るでない」
シエフが皆を落ち着かせるように言う。
「まず、キルシュの安否だが……無事みたいじゃ」
無事という言葉に胸をなでおろす。
まずは、キルシュさんが無事で何よりだ。
「今は、この街の外にある廃墟に監禁されているようじゃな」
カノンが、虚空から直剣を取り出す。
「よし。私が行って助けてこよう。お前たちはここで待っているがいい」
私も虚空から大鎌を取り出した。
カノンにだけ、良いとこどりはさせない。
「おい。キルシュさんを助けるのは私だ。貴様は引っ込んでいろ」
「何だと? これは人間領で起きた問題だ。魔族は引っ込んでいろ」
カノンと正面から睨み合う。
「ちょっとー? ソーちゃんのことも忘れないでくれるかなー? ソーちゃんが行って、ちゃっちゃと助けてくるから。二人はここで待っていてなさいよ」
ソーバも争いに参戦する。
その光景を見て、シエフが大きく溜息をついた。
「はぁ……だから、落ち着けといっておるじゃろうが」
シエフは私たちの間に割って入る。
「キルシュを助けるのは当然じゃが……彼女を助けるだけでは、腹の虫もおさまらんじゃろ?」
「それは……」
確かにシエフの言う通りだ。
キルシュさんを助けても、犯人どもを八つ裂きにしないと気が済まない。
……いや、その一族すべてを殺さねばな。
キルシュさんを誘拐するなど、大罪だ。
大罪にはそれ相応の裁きを下さねばならない。
「じゃから……我々4人で滅ぼしてやろうではないか」
シエフは、私たちの顔を見渡すと高らかに言う。
「犯人どもの組織――ギルド極北の風ごとすべてな」




