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報告事項1.5:イケガミという男



暗い廊下を進んでいると魔法で送られた声が直接頭に響いて来た。

『こちら池上。屋敷二階、北東側の敵三名を制圧した。ファムルトの連中で間違いないが、こいつらリーダーの人相とは異なる。引き続き警戒巡回に戻る。以上』

簡潔に報告する落ち着いた声。それは間違いなく先程相対していた、不届な男の声だった。


トシロー・イケガミ。通称『黒の』と呼ばれる冒険者。幼い魔法使いを連れた黒髪黒目の男だが、名の由来は黒い異形の腕の方で壊し屋として知られているらしい。この警護任務を請けた際、冒険者が一同に会した場で一人の男がそんな噂を話していた。

それを聞いた当初は野蛮人が混じっているのだろう程度に思っていたが、実際は大分イメージとは異なった人物だった。


最初にあの男を違うなと認識したのは任務の説明を受けた後だ。解散直前に奴は冒険者たちにこう質問してきた。

「互いの連絡手段はどうする?」

と。

同じ依頼を請けた冒険者と言えど、ターゲットの討伐に応じて報酬上乗せという出来高制である以上そこにいるのは同業者でありライバル。であるにも関わらず、有事の際は連絡を取り合いたいと言ってきたのだ。

そんなの荒くれ者と揶揄される冒険者が納得する訳がない。呆けているのだとばかり思っていたがイケガミはそうじゃなかった。


「出来高制なのは知ってるし俺だって金が欲しい。でもそれでバラバラにやった結果、警備に穴が出来て依頼人が殺されてましたじゃ元も子もないだろ。

最低限でかまわない。連絡を取り合いたいんだ」

私利私欲に駆られた有象無象が集まる集団の中で、イケガミだけが依頼人の生命を守るという本来の任務を重視していた。


「ではこうしよう」

あの時、俺はこのままでは任務失敗に繋がるかもしれないと助け船を出した。

「ここに俺が魔法をかけた感知笛がある。吹けば他の笛に方角と合わせて伝わる仕組みだ。これを各パーティーに配る。

各パーティーはターゲットを見付けたら必ずこれを吹く事とする。

ターゲットは複数だ。一ヶ所から来るとは限らない。援護に向かうも向かわないのも自由。横取りされたくなかったら素早く敵を倒せば良い。どうだ?」

そう焚き付ければ他の冒険者たちは皆納得して笛を受け取って行った。


その晩。イケガミはわざわざ俺に礼を言いに来た。

よくこの容姿のせいで僻まれる事は多かったが、冒険者になってからはそれが当たり前になっていた。

そんな俺にとって、年下に素直に礼を言うその姿に内心酷く面食らった。噂とはまるでイメージが違う。

「……別に。俺もタダ働きは御免だ。礼を言われる程の事でもない」

事も無げに言ってやれば、イケガミはきょとんとした顔をする。

「そうか。でも、俺が言っておきたかっんだ。ありがとな」

そう言って、そいつは笑った。


まるで、あの人みたいに──



俺は小さく溜め息を溢すと、立ち止まって窓から外を眺めた。依頼人の私邸は裕福を誇示せんが為に設けられたようなもので、少し小高い丘に位置している。この窓からは深夜の静まり返った街並みが見えた。

先程の襲撃がまるで嘘のような静寂の中で、自分の軽率な行為を少しばかり反省する。


何故あんなにも腹ただしかったのだろう。

あの少女の言う通りたかがキスじゃないか。イケガミが正気でないのは、奴の初撃をかわした後直ぐに気が付いた筈なのに。


狂戦士(バーサーカー)か……」


その言葉がポツリと口を突いて出た。


それがイケガミという人物と噂の齟齬の正体。正面から対峙して嫌でも実感した。あの目はまるで理性の無い魔物のそれだ。

そしてあの右腕。普段左右違う装備で隠していたそこにあったのは呪われた化け物の腕。


今でも左手が痺れている。純粋にパワーでは太刀打ち出来ない。どうにか鍔迫ってはみたものの、あそこでイケガミが力を緩めなければ鋭い爪の餌食になっていただろう。奴が引き裂いた盗賊のように。


盗賊の死体と大切な人の亡骸が、一瞬思い出の中で重なって奥歯に力が籠った。

今更ながら何故自分があれほど荒ぶってしまったのかを理解する。


そうだ。似ていたのだ。イケガミの理性を失った瞳があの魔獣に。

俺から大切な人を奪った化け物に。


探し出さなくては。


必ず、絶対に……

────殺してやる。

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