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報告事項1:どうしてこうもツイてないのか



「どういうつもりだ」

普段、凛と調ったイケメンボイスが流石にこの時ばかりは腹から低い音を立てた。

それと同時に俺の鼻っ先に突き付けられた刃物。声の主、ユーニス・オルコット自慢のロングソードだ。切れ味は先刻賊を斬りつけるのを見ていたので、それが人を殺せる凶器だというのは十分知っている。

「どういうつもりだと聞いている。答えろ! トシロー・イケガミ‼️」

ユーニスの怒気を孕みまくった脅迫に俺はへたり込んだまま身動ぎ一つ取れず、ただただ彼を見上げるしかない。

だってそうだろう? 説明して欲しいのは俺の方なのだから。

「何故俺はお前に襲われ、何故唇を奪われた?

お前の返答に納得出来なければ斬るし、答えなくても斬る。

さぁ、答えろ!」

綺麗な顔ってのは本気でキレるとすげー迫力を生むらしい。日本人とは異なる彫りの確りした端整な顔立ちが放つ眼力の強さは、正直背筋が震える程だ。

相手はこの間成人式を迎えたばかりみたいな青年で、自分より十以上年下。だが武器の扱いは間違いなく向こうが上だし魔法まで使えるという所謂天才だ。対してこちとら警備員と言えど平和な日本でのんびり過ごしていた身。敵う訳がない。

これ、俺死んだかもしれん。

だってコイツ目がマジだもん。ガチギレしてるもん。

今まで何度か死にかけたけど、多分これが一番情けない死因になるのは間違いない。そこだけははっきりとわかる。何故ならユーニスと俺は今回仕事のメンバーで、自分の意思で無いにしろ確かに俺はコイツにキスしているのだ。

俺もコイツも同じ男同士であるにも関わらず、だ。断じて俺の意思じゃない。だが結果は『死因:強制わいせつ罪に対する個人的制裁』となるんだろう。

あんまりだ。あんまり過ぎる。


この場合、俺はいったいどれに嘆いたら良いのだろうか?

男とキスした事に? それとも訳のわからない呪いにかかった事に?

いいや…

多分最初に嘆くべきポイントは、この世界に飛ばされた事だ。



異世界転生やら転移なんてのは、最近よくマンガや小説で見かけるネタだ。

オタクという訳でも無く流行りものにもとんと疎い俺だが、近頃駅で見かけるファンタジーもののイラスト広告は大体がこの【異世界もの】というジャンルなんだと同僚が言っていた。

これだけあっちもこっちも広告が出るくらいなのだからおそらく巷で大流行なのだろう。

異世界に行った主人公はチート能力を得て『強くてニューゲーム』するのがお決まりらしい。

人並みにマンガも読むし、ゲームも嗜む中年なので

「へー。そうなんだ」

程度で聞いていたが、現実に自分の身に起こるなんて誰が想像するだろう。

少なくとも俺は未だに、朝目が覚めたら見慣れたボロアパートの自室にいるんじゃないかって思ってしまう。

ただの現実逃避なのかもしれないが。



あの日、あの時──

日本は東京。俺は夜勤からそのまま二十四時間勤務の当務と呼ばれる勤務を二回、更に急遽体調不良の同僚の日勤を拾って合計六十七時間勤務という長い拘束を解かれ、漸く月の半分ほどしか居ないアパートへと向かう途中だった。

いくら職場にベッドがあると言っても、警備という職業上仮眠中に異状事態が起これば起きて対応しなければならず、そんな緊張感からか自宅の布団ほどぐっすり眠れるはずもない。

夕方の地下鉄。電車を待つ人々を避けながらホーム端をとぼとぼと歩いていた俺は、確かに疲れていた。


事故が起こったのはほんの一瞬だ。

男の怒声が響くと共に急にドンッと背中を突飛ばされた感覚。

まるでスローモーションのように流れる世界の中で振り返り際に視界に捉えたのは、倒れ込む駅員と拳を振り下ろした六十代くらいのスーツの男。そして、ホームの縁。それらが俺から離れて行くのだ。

(そうか。この駅、ホームドア無かったっけ)


そんな思いが頭を掠めた時、電車の警笛が聞こえた。



次に気が付いた時、何故か一人で森の中にいた。

どういう訳かさっぱりわからないが、俺はこの剣と魔法の世界に放り出されてしまったのだ。

噂で聞くチート能力とやらはちっとも無く、森の魔物に追われて逃げ惑い、挙げ句右腕まで食い千切られた。

はっきり言って最悪も良い所だ。なんで熊みたいな野犬の餌にならなきゃならないんだ。あいつ最初はただの兎みたいだったのに。

何度こんな事ありえねーだろって叫んだ事か。夢に違いないって。死にたくないって。

でも残念ながら誰も助けてくれなかったし、夢から覚める事も無かった。


かなりの血を失ったせいか何処をどう逃げたか覚えていない。いよいよ意識も朦朧として動けないって状態で、俺はソレに呪われた。

黒くてデカイ、影のような何か。それが俺をばくりと飲み込んだのだ。

直前に何か言われたような気がしたが、幻聴だったのかもしれない。


夢現の状態から現実に返ってくると、俺を追いかけ回していた魔物は血塗れになって死んでいた。

無くなったはずの右腕には呪いで違う腕がくっついて、どうやらソレが魔物を殺したらしい。

大まかな形は俺の腕なのに、獣のような黒い毛に覆われ伸びた爪も硬く鋭い。そんなものが、まるで元からそうだったかのように俺の意思で動かせ、感覚がある。

気持ちの悪い異形の腕だが、これのおかげで俺はまだ生きているのだ。


呪いによって助けられたというのは変な話しだが事実その通りだし、この呪いは今すぐ俺を殺すような類いのものではないらしい。

呪術は概要を知ってるが詳しくないという魔法使いの見解によると

『呪われてから一週間たってもアンタ元気そうだし、多分徐々に魔獣になる呪いじゃないかしら? 今の所その進行も見られないけど』

との事だ。

信憑性が高いとは言い難いが、俺が診断するより遥かに信用出来る。

何より平然と化け物がいる世界で、戦う術を持っているか否かでは生存率が雲泥の差だ。

どうやって日本に帰れるか分からない現状で、俺は結局この呪いの腕に頼らなければならない。


だから異形の力の安全な使い方を試しつつ、呪いを解く方法を探す事にした。いつか日本に帰れる方法がわかったら、さっさと呪いを解いてしまえるように。

この世界の呪いならこの世界に置いて行くのが道理だろう。


そう思って今、俺は冒険者をしている。

第一目的はこの世界にはあまりいないらしい呪術師を探す事。第二目的は日々の生活費を稼ぐ事だ。


今回の仕事は屋敷の警護だ。

盗賊のやっかみを食らった商人のお宅警備。一ヶ月という長い任務だが、割りも良いしこれでも元警備員だ。当然日本には化け物も魔法も無いが、流石勤続十八年のキャリアは見張りや巡回に大きな支障を与えなかった。

そう、襲撃という異常事態を除いては。

地震、火災、応急救護なら心得がある。不審者への対応も間違いなく警備のお仕事だ。だが賊を制圧するのは日本じゃ警察の領分。勘違いされがちだが不審者ってのは怪しい人って意味であって犯罪者の同義語では無い。

警備員とは、けして戦う職業ではないのだ。


まぁ、その……つまりだな。

俺は使ってしまったのだ。盗賊相手にこの異形の呪われた右腕を。けして安全とは言い難いレベルで。


この黒い右腕の最大にしておそらく唯一の欠点は、呪われた力を解放すると力に体を乗っ取られる事だ。

所謂、狂戦士化(バーサク)という状態なのだが一度こうなってしまうと自分では元に戻れない。敵味方の区別が曖昧で満足するまで暴れるそれは、魔物を八裂きにするぐらいには強いので手に終えないという有様だ。これのせいでいくつかの仕事を失敗したのは言うまでもない。

流石は人を魔獣に変える呪いだけあって腕以外が人の姿でさえこれだ。

正直ヤバい呪いだが、このバーサク状態さえ回避出来れば匂いや音などへの敏感さ、急に襲われても咄嗟に動けるその能力を俺の力として使える事がわかっている。当然それは力を解放して暴れてる時に比べてしまえば弱いものだが、それでもゴリラみたいなパワーだってやろうと思えば出せるのだ。

解放さえ、解放さえしなければいい。そのはずだった。


運が悪かったと言ってしまえばそれまでなのだが、俺と同じく警護の仕事を請け負った冒険者を盗賊から庇った際、不本意ながら力が暴発した。


結果、俺は盗賊を殺し、そして庇ったはずの仲間まで殺そうとした。

のだが……

何故か今、その仲間に殺されそうになっている。


いや、これだと説明になってない。順番に言えば、

・ユーニスを庇ってバーサクしました。

・俺、盗賊を殺しました。

・見境がつかず、ユーニスまで殺そうとしました。

・鍔迫り合いの最中、唐突に相手の唇を奪い、バーサク解除。

・キレたユーニスに素面の俺は殺されそうです。

こういう流れだ。


どうしてこうなった? 男とキスして戻るとか聞いてないぞ。確かに人殺しはこれ以上御免だが、かと言って激昂した相手に今何を言っても通じる気がしない。宥めてどうにかなる様子じゃないじゃないか。


そりゃ俺だってショックだよ?

確かにユーニスって男ははっきり言って美形だと思う。それは認めるよ。なんだっけ? こういう色の金髪。海外の女優さんで見かける…プラチナブロンド、だっけ? サラッサラだしね。鼻筋も通ってて男前だし、体つきだってスラッとしててまるでモデルだ。おまけに身なりだって多分良いものだと思う。冒険者で白を基調にしたローブコートって普通着るか? いかにもお育ちが良いって感じじゃないか。正直こんな顔に生まれたら、一生女に困らねぇなって思う。でもそれだけだ。

いくら綺麗でも男に興味はないし。選べるなら美人とまでは言わないけど女の子が良かった。


なんでコイツだったんだ。

こっちの世界に来てからどこでまた死にかけるかわからないなって思ってたけど、まさかこんな死に方するなんて…。どうして俺はこんなにも不幸続きなんだ。


「いい加減にしなさい!」


もうダメだと諦めた時、おませ少女の怒声が響いた。

声の方に視線を移すと、そこにいたのは十歳くらいのとんがり帽子を被った女の子だ。その子、ナタリアは俺と一緒に冒険者をやっている家出魔法少女。ませてはいるが、なかなか頼りになる子だ。

ナイスだ! ナタリア。その可愛らしさでどうにかこのイケメンを鎮めてくれ!


ナタリアはまるで自分は怒っているんだぞと示すかのように両手を腰に当ててふんぞり反っている。眉を吊り上げて口もへの字口だ。

いかにもお子様が取る怒りのポーズで、あろうことか彼女はユーニスに説教を始めた。

「ちょっとアンタ! トシローは右腕が呪われてて、アンタを助けたから暴走しちゃったのよ⁉️ 狂戦士(バーサーカー)なの! 暴走したら自分じゃ制御出来ないんだから。

キス一つが何よ! それでトシローが自我を取り戻して落ち着いたんだから安いもんじゃない。

みみっちぃ男ね‼️」


血の気が引くとはまさにこの事だ。お子様ってホント怖い。

なんでキレた相手に更に煽るような事を言ってしまえるんだ? こんなの落ち着かせるの一択だろうに。


一度ナタリアに向けられた怒れる色男の視線は、ゆっくりとこちらに戻ってくる。

そら見ろ。ユーニスの表情が怒りを通り越して無くなってるじゃないか。これ殺気だろ⁉️ 完全にキレてる状態で俺に何を言えと?


一言発しただけでも斬り殺されそうな中、それでも何か言わなきゃ殺されるのでなんとか音を出す。

「い、いきなり襲ったのは……本当に申し訳なかったと思ってる。謝罪する。その子の言う通り、呪いのせいで俺にはどうしようもなかった。

……俺がこんな事言うのは変だけど、結果ユーニスにケガが無くて……安心、してる……」

「…………」

嫌な沈黙の後に続いた彼の言葉に光明を見た。

「俺を馬鹿にした訳では無いのか……?」

未だに怒りが収まった様子ではないが、これは良い兆候だ。ただの勘違い。それで納得させられればこのピンチを斬り抜けられる! そう踏んで説得に畳み掛ける。

「馬鹿にするなんて、そんな理由俺にはない!

俺は女性がタイプだ。だからお前に対してやらしい感情なんか持っちゃいないし、嫌がらせやら恨みやらでやるほどお前を知らない。

悪気なんて無かったんだ。信じてくれ」


なんとかこちらの誠意だけでも伝われと必死で訴えかけてみる。相手の目をじっと見てユーニスの出方を伺った。


「助けてもらって何も返さずでは流儀に反する。……今回だけだ」

スッとロングソードは鞘の中へを収まり、青年はローブを翻して踵を返した。

離れて行く白い背中に肩の力が抜ける。い、生き長らえた……。そんな安堵から深い溜め息が出た。


「なんなのよアイツ。一人で勘違いしただけじゃないのよ!」

相変わらずの強気なナタリアに思わずふにゃりと笑みが溢れる。スゲーなこの子。結果助けられたのかどうかわからないけど、間違いなく度胸は半端ない。

宥めるようにポンポンと肩を叩いてやる。すると仕方ないとばかりに唇を尖らせた。こんな仕草は本当にただの女の子だな。


「死ぬかと思ったけど、少し……ユーニスって奴の事がわかったよ」

ポツリと呟く。

所詮俺たちは仕事の為に寄せ集められた冒険者の集団だから、お互い仲間の素性をまったく知らない。実際まだ会って一週間だ。後三週間、少しでもメンバーの事が分かれば幾分仕事がやり易くなる。

あの青年があれだけ怒ったのはプライドが高いせいだろう。若くて才能が有るってのはやっかまれる良いネタだ。そして流儀なんてのを持ち出すくらいには頭が固い。

多分、悪い奴ではないんだろうと思った。


「トシローは甘いのよ! 緩いのよ! だから転移なんかさせられて呪われるのよ!」

「そうだな。だからナタリアにはいっつも助けられてばっかだな」

「そーなのよ! もっと感謝しなさい!」

「感謝して、後で飴買ってやるから。な?」

「…………もらってやるわよ」

まるで仕方無いわねとでも言いたげに答えたナタリアだが、飴が好物なのは知っている。

ナタリアと一緒にいると、昔自分より幼い従兄弟たちを世話してたのを思い出す。魔法一つで小屋くらい簡単に爆破出来てしまえるのに、中身は可愛らしい少女なのだ。



さて、こちらが落ち着いたなら仕事に戻らなくては。

俺は立ち上がると一番近い盗賊の死体へと歩み寄る。そしてその前でしゃがんで一度仏さんに手を合わせた。

別に信心深い訳じゃないが死んだら悪党だろうが皆ただの亡骸だ。俺が殺したって罪悪感もある。一様に簡単な礼は尽くすもんだと思う。まぁ、死んだ相手には伝わらんだろうけど。

そして布の多いその衣服を剥いで身柄を改め始めた。今回の依頼は確かに盗賊からの警護だが、この賊が果たして問題の盗賊かどうかまだはっきりしていないのだ。

急に襲ってきた敵襲。盗賊から恨みを買うような依頼人なのだ。一体いくつ恨みを買い込んでるかわからない。そして相手の情報が有るか無いかでは警備の仕方が大きく変わる。

だからこの行為は仕事の必要行動だ。けして追い剥ぎが目的ではない。


自分でもよくこんな事が出来るよなって思う。死体に、それも自分が殺した死体に触るなんて。

人殺しに対してもだ。確かに正当防衛だった。だが明らかに過剰防衛だし、本来割りきっちゃいけない部分のはずだ。ところが俺は自分でもどうかと思えるくらいにその辺の感覚がドライになってる。

多分、これも呪いの影響なんだろう。獣は自分が生きる為に殺し、食らうから。


こっちの世界に来て呪われて、こういう所が何よりゾッとする。自分が知らない間に自分ではないものになる。

化け物よりもありえない力よりも、殺人よりもずっと恐ろしい。



ユーニスが殺したのも合わせて三つの亡骸の検分が終わった。三人とも同じく左肩に同じ形の刺青。間違いない。依頼にあった盗賊ファムルトの連中だ。

ナタリアの魔法で屋敷内の仲間に伝令を入れる。

『こちら池上。屋敷二階、北東側の敵三名を制圧した。ファムルトの連中で間違いないが、こいつらリーダーの人相とは異なる。引き続き警戒巡回に戻る。以上』

死体を一ヶ所にまとめ、後の処理は夜が開けたら依頼人に確認する事にする。


一通り終えてからナタリアを近くに呼んだ。こういうのは女の子にさせたくない。

「行こう。巡回の続きだ」

するとナタリアは少し遠慮がちに歩いてくる。魔法の杖を自分の前で確り握ってるから、ちょっと警戒しているようだ。少女が小さく溢す。

「……暴れちゃったね」

「いつもは一撃ニ撃食らった所でバーサクしないんだけどな。まさか無傷でなるとは思ってなかったけど、仕方ないさ。次はもっと気を付けよう」

「…………」

左の、人の手の方でナタリアの頬を軽く撫でてやる。

「怖い?」

「こ、怖くないわよ! トシローなんて私の魔法で一撃なんだから! あっという間よ!」

強がりでもいつもの威勢が戻ってきて少し安心する。まぁ、本当にこの子の魔法は強いんだけども。

「よろしく頼むよ」

そう言って手を差し伸べれば不機嫌な顔をしながらこちらの手を握って来る。

ナタリアと手を繋いで歩き始めた。



カエルになった王子様がお姫様のキスで元の姿に戻るっておとぎ話はあったが、俺にかけられた呪いもそんな感じなのだろうか? 我を取り戻した理由がキスなのか同性だからなのか、はたまたあの青年の持つ何かなのかさっぱり検討もつかない。

だがそこに呪いを解く鍵があるなら調べなければならない。そう思うと少し気が思いやられる。

ただの偶然であって欲しいと思いつつ巡回ルートへと足を向けた。

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