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 迷宮の入口には昨日の話し好きとは違う、壮年の番兵が立っていた。右手には手槍を持ち、穂先を天に向けている。俺達が近付いても無言で正面を向き、視線を向けることすらない。

「すみません。迷宮に入りたいのですが」

 番兵は俺の言葉にようやく視線を向けたが、何も言わず、槍の石突を地面に叩きつけた。何なんだ、一体。

 何も言うことが出来ず、数秒経っただろうか、ようやく番兵が口を開いた。

「認識票」

 低く小さな声だったが、なんとか聞き取ることが出来た。俺とリリィが認識票を見せると、番兵は黙って頷き、入口の前から退いてくれた。どうやら通って良いらしい。軽く会釈をして入口をくぐる。昨日の番兵とは対照的な男だ。

 迷宮入口の小部屋に入る。ある程度の明るさはあるものの、やはり外とは隔絶された感がある。

 リリィは詠唱を続けて行った。照明と対瘴気だろう。リリィを中心に明るさが増した。

「それでは、昨日の部屋まで転移します」

 緊張がやや高まる。剣を抜いて右手のみで持ち、左手をリリィの肩に置く。長い詠唱が終わり、視界が一瞬暗くなった。

 視界が明るさを取り戻す。部屋の中央にネズミが3体。俺達に気付いたようでけたたましい鳴き声を上げている。

 剣を右手一本で持ったまま手首を返し、刃を地面に向けて手近なネズミに疾走する。

 唐突に現れたことで混乱していたのか、全く動かないネズミの前に踏み込むように止まりながら斬り上げる。空を切ったように抵抗なく振り上げられた剣の下に、全身を両断されたネズミが転がった。

 その奥に固まっていた2体に火球が飛ぶ。まとめて巻き込まれたネズミは一瞬にして火に包まれ、やがて動かなくなった。

 剣を構えたまま周囲を見回すが、他に見えるものはない。昨日の死骸や血液も綺麗になくなっている。

「やはり巨鼠程度は問題にもなりませんね」

 微笑みを浮かべたリリィが呟く。

「死体の回収はどうする?」

「今はやめておきましょう。荷物を増やしたくはありません」

 勿体無い気もするが、回収がなくなった安堵の方が大きい。

「それでは先に進みましょう。野犬は迷宮を徘徊していることも多いようなので、注意しておきましょう」

 部屋から通路に出ると、昨日来た方向の逆へと進む。

「そういえば、迷宮の地図なんかはないのか?」

「あるにはあるのですが、迷宮自体が拡張と変形を繰り返しているため、基本的には役に立たないと思ったほうが良いでしょう」

 ただでさえ見た目に代わり映えしない迷宮内部を、適当に進むしかないのか。先が思いやられる。

「転移魔法はどうなる? 印の場所が壁の中になったりはしないのか?」

「印の場所に空間があることくらいなら分かりますし、1日2日程度であれば、それほど極端な構造の変化もまずないでしょう」

 何となく不安ではあるが、転移魔法なしでの探索は難しいだろうし、諦めて任せよう。

 ひたすらに、薄暗い通路を進む。分岐があってもリリィは迷うことはない。何かアテがあるのだろうか。迷うのも時間の無駄だと適当に進んでいるだけかも知れない。

 何度目かの曲がり角に差し掛かった時、脛に僅かな衝撃を感じた。

 死角となっていた所に巨大なサソリが潜み、その尾の先は俺の脛に伸びている。

 右手に持っていた剣を逆手に持ち替え、そのまま胴体の中心に突き刺す。サソリは僅かに痙攣したように震え、すぐに動かなくなった。

 周囲を見るが、この1体だけのようだ。サソリの攻撃を受けたらしい脛を見るが、特に問題はなさそうだ。

(スコルピオ)ですね。戦闘能力自体は下位の魔物ですが、尾の先には毒があり、物陰に潜んで待ち伏せを行うことがあります」

 その習性はこの身をもって知った。強化された防具がなければ危なかったのではないだろうか。やはり何の知識もなしに迷宮を進むのは無謀としか思えない。

「この辺りには他にどんな魔物がいるんだ?」

「いずれは未知の領域に進むのです。知らずとも対応できる力が必要です」

 説明してくれる気はないようだ。言っていることは分からないでもない。精々注意するとしよう。

 通路の途中に小部屋の入口が現れる。リリィを見ると入れと言わんばかりに頷く。せめて宝箱でもないものか。

 中に入ると先程と同様の小部屋になっている。案の定、部屋の隅に魔物の姿が幾つかあるのみだ。

 やはりというか、ネズミの群れだった。

 俺がその姿に気付いたのと同時に、ネズミは一斉に俺達に向かって突進してきた。

 リリィがごく短い詠唱を終え、火球がネズミを迎撃するように飛ぶ。ネズミは回避することも出来ず、そのほとんどが火球に飲み込まれた。

 出遅れたのか、やや離れた最後の1体のみが巻き込まれることなく突進を続け、俺に飛び掛かってきた。

 青眼に構えたままの剣を、僅かに持ち上げ振り下ろす。剣は抵抗なくネズミの全身を両断する。

 昨日はまぐれかとも思ったが、今日は魔物の動きがはっきりと見える。やはりレベルアップしたのだろうか。

「また巨鼠ですね。他には何もないようですし、先に進みましょう」

 僅かながら落胆したような口調だ。

「この迷宮には宝があったりはしないのか?」

「このような部屋に現れることがあるそうです。冒険者を誘うためとも言われ、実際にそれを目的とする冒険者も多いのですが、浅い階層ではあまり期待できないかも知れません」

 是非ともお目にかかりたいものだ。次に期待しよう。

 部屋を後にし通路に出ると、相も変わらずどこに向かっているのかも分からないまま歩き続ける。

 しばらく歩いた頃、通路の先に魔物らしき四つ足の影が見えた。魔物も気付いたのかこちらに突進してきた。

 一気に距離が縮まる。シルエットこそイヌに見えなくもないが、牙も爪も異様に長く、その顔付きもイヌとは程遠い。

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