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 窓からの光で目を覚まし、ベッドから起き上がる。

 どれだけの時間眠ったのかも分からないが、妙に体が軽く、頭もスッキリしている。

 ふと視線が部屋の隅に置いた刀に向かう。習慣とは恐ろしいもので、世界が変わっても行わなければ落ち着かないようだ。

 適当な場所を確保して刀を抜き、素振りを始める。

 いつもより軽く感じ、振りも鋭くなっている気がする。眠ることで初めてレベルアップするのもあながち間違いではないらしい。

 気分良く素振りを繰り返しているとドアが開き、魔女の服装をしたリリィが顔を覗かせる。ノックをしろ。

「おはようございます。朝食の支度ができたので、食堂に来てください」

「おはよう。ノックはしてくれ。それと、食事の前に顔を洗いたいんだが」

 リリィは頷くと部屋に入り、テーブルの下にあった空の木桶を持つと、そのままテーブルの上に置いた。いつの間にか桶には水が満たされている。精霊魔法が使える者には便利だが、これくらいのことは自分でしたい。

「この家には井戸なんかはないのか?」

「全て精霊魔法で賄っているため、ありません」

「やっぱり俺には使えないのか?」

「術者の魔力を核として精霊の力を具象化させるものなので、難しいでしょう」

 この家では蛇口を捻る程度のことも出来ないという訳か。泣きたくなってきた。

「それでは、洗顔を済ませたら食堂に来てください」

 落ち込みながらも顔を洗い、食堂に向かう。

 支度は済んでいるようで、リリィは既に食卓に着いていた。

 揃って挨拶を済ませ、食事を始める。昨日の夕食と同じく、見た目には質素なスープとパンだったが、変わらず美味い。

「迷宮内では食事は摂れないので、そのつもりでいてください」

 あの環境で食事をしたいとも思わないが。

「何故だ?」

「恐らくは瘴気の影響なのでしょうが、食品の類はすぐに腐敗したような状態となってしまいます」

 なるほど。転移魔法が必須なわけだ。

 朝食を済ませた頃、僅かに聞こえる程度ではあるが重厚な鐘の音が響いた。外から聞こえてくるようだ。

「8時の時報です。支度を済ませてギルドに向かいましょう」

 人々が活動を始める時間だということか。

「時報は他の時間にもあるのか?」

「12時と18時です。迷宮では聞こえないようですが」

 迷宮内にいると時間感覚がなくなるからな。気を付けるとしよう。

「それじゃ、支度をしてくる」

 自室に戻り装備を整える。

 廊下に出ると支度を終えたらしいリリィが待っていた。

「それでは行きましょう」

 外に出ると、朝の陽光と森林の精気を感じる。やはり素晴らしい環境ではある。

 森を抜け、丘を下り、街に出る。

 既に人々で溢れ、喧騒に満ちた街を歩き、冒険者ギルドに入る。

 ギルド内も外と同様に混雑しており、受付前にはそれほど長くはないが行列が出来ている。毎朝こうなのだろうか。

「ヒロは昨日の報酬を受け取ってください。私は何か適当な依頼がないか探してきます」

「昨日と同じのでいいんじゃないか?」

「巨鼠については余力があれば討伐する程度で良いでしょう。目的とするには容易過ぎたようです」

 腕試しのノリで依頼を探しているようだ。正直昨日の戦闘も運が良かっただけだと思うのだが。とは言え、この世界に長居したくもない。リリィに任せておくか。

「分かった。それじゃ、俺は並んでおく」

 頷いて掲示板に向かったリリィと別れ、受付待ちの最後尾に付く。

 並んだ冒険者の大半は報酬を受け取るだけのようで、それほど時間は掛かっていない。

 程なくして列の先頭となり、空いた窓口の前まで歩く。昨日の受付嬢が担当する窓口だったようだ。やはり事務的な声を発する。

「ご用件は何でしょうか」

「依頼の報酬を受取りたいのですが」

「認識票の提示をお願いします」

 言われるまま、手首に巻いた認識票を見せる。受付嬢は手元の帳簿らしき物を確認すると、一瞬驚いたような表情を浮かべた。

「巨鼠6体討伐の報酬で、180金です」

 置かれた大小の金貨を受け取る。元の世界でも実物の金など見たことはないが、受け取った金貨の色は鈍くくすんでおり、純金には見えない。500円玉程度の円形の金貨が1枚、指先ほどの大きさの長方形の金貨が8枚あった。それぞれ100金、10金ということだろう。まとめて腰の鞄に入れておく。

 受付嬢は左右を確認し、声を潜める。事務的な響きも消えた。

「昨日はすみませんでした」

 お局のことだろうか。苦笑しつつも首を振る。

「昨日のお連れの方はどちらに?」

「依頼を確認している」

 掲示板の方を見ながら答える。リリィの姿はここからでも目立つ。

「お連れの方がハーフエルフだというのは本当ですか?」

 隠しておいたほうが良いのだろうか。まあいいか。

「本人はそう言っている」

「そうなんですか。ハーフエルフに対する偏見も、若い人では薄らいできているみたいですが、それでもパーティを組む人はいないみたいです。もしかして、ヒロさんは本当に悪い魔法を掛けられているんですか?」

 仮に掛かっていたとして、掛けられた本人の答えが役に立つのだろうか。

「いや、そういうわけではない」

 召喚された事自体が悪い魔法かも知れないが。

 受付嬢が微笑みを浮かべる。

「お優しいんですね」

 何か勘違いしているようだ。どうにも純粋というか物事を好意的に捉える人らしい。悪い人に騙されないように祈っておこう。

 ふと掲示板の方を見るとリリィもこちらを見ている。何か依頼が見つかったのだろうか。

「それじゃ、俺は行くよ」

「引き止めてしまってすみませんでした」

 頭を下げる受付嬢に首を振り、受付を離れる。

 掲示板に近付くとリリィが声を掛けてきた。

「随分と話し込んでいたようですが」

「昨日の件を謝られただけだ。それより、依頼は見つかったのか?」

「あれが良いでしょう」

 リリィが指差す紙には『野犬(ストレイドッグ)からの素材入手、報酬、その他詳細はボッタクル商店まで』とある。

 ネズミの次はイヌか。危険度に大分差があるような気がする。

「お金も入ったことですし、ついでに店を見てみるのも良いでしょう。それでは行きましょう」

 冒険者ギルドを後にし、街の中心から僅かに外れたボッタクル商店に向かう。

「野犬ってのはどのくらいの強さなんだ?」

「1階層の魔物の中では最上位の魔物ですが、ヒロならば恐れる相手ではありません」

 いつものことではあるが異様なまでに自信に満ちている。根拠を教えてくれ。

 ボッタクル商店の木製ながら重厚な扉をくぐる。中には所狭しと様々な物が並んでいるが客の姿はなく、正面のカウンターの向こうで店員らしき禿頭の大男が腕組みをしている。入店した俺達に気付いたようだ。

「いらっしゃい」

 大男から発せられたであろう重低音が響く。俺達を睨んでいるようにも見える。鋭い目つきとスキンヘッドが相まって、全く堅気に見えず非常に怖い。視線を受けながらカウンターに歩み寄る。やはりリリィは俺の背中に隠れている。

「野犬の依頼について聞きたいのですが」

 大男は腕組みをやめるとカウンターに両手を付いて、厳めしいスキンヘッドを俺達に寄せた。近くで見ると尚更怖い。2メートルはあろうかという長身に、浅黒く筋骨隆々な上体はタンクトップを押し上げ、そこから伸びた両腕も丸太のように太い。材料調達くらいなら依頼するまでもないのではないか。

「初めて見る顔だが、後ろのはハーフエルフの魔女か? まさかパーティを組む奴がいるとはな」

 大男の言葉からは悪意は感じられず、むしろ感心するように頷いている。顔こそ怖いが、実際は善良な人なのかも知れない。

 大男はカウンターから手を離し、再び腕組みをする。

「俺は店主のボッタクルだ」

 頭にアクセントがあるらしい。ヒットマンと同じアクセントである。

「俺がヒロで、後ろのがリリィです」

 ボッタクルが大仰に頷く。

「うむ。で、依頼の件だったな。ワイルドドッグの牙、爪、毛皮を持ってきてもらいたい。状態にもよるが、牙と爪は1本50、毛皮は全身で500ってところだな。お前のような小僧には荷が重いだろうが、魔女、リリィも一緒なら問題あるまい」

 やはり割に合うのかは不明だが、ネズミ狩りよりかなり良い収入になりそうではある。が、牙や爪はともかく、俺に皮を剥ぐ技術はない。まさかとは思うが、背後のリリィに聞いてみる。

「毛皮を剥ぐことは出来るのか?」

 予想通りではあるが、首を振る。

「毛皮は諦めましょう。今はお金よりも、探索と実戦の時間が大切です」

 勿体無い気もするが、仕方がない。ボッタクルに向き直ると、呆れたような顔をしている。

「冒険者の癖に毛皮を剥ぐことも出来んのか。まぁ、牙と爪だけでも構わんが」

 苦笑を返す。

「依頼の内容はそんなところだ。素材が手に入ったら俺のところに持ってきてくれ」

 聞きたいことは聞けたようだし、店の中でも見てみようか。

「ありがとうございました」

 頷いたボッタクルを背に、商品を見て歩く。簡素な説明の書かれた値札を見るが、バーンの言葉通り、今の所持金ではこの店でも安価な薬品類を買うのが精々のようだ。

 装備に関しては、今のような軽装でも一式揃えるとなると500金以上掛かるらしい。ギルドで見掛けた冒険者達はどうやってあのような重装備を揃えたのだろう。

「何か必要な物はあるか?」

 隣に立つリリィに尋ねると、僅かに考える素振りを見せたが、すぐに首を振った。

「今のところ不足している物はないでしょう」

 言いながらも、リリィは商品の1つに目を向ける。透き通った緑色の小さな石だが、値札には10万金とある。宝石に目が行くとは女性らしいところもあるようだ。

「精霊の力が宿っているようです。ああいった物が手に入れば迷宮探索にも役立つでしょう」

 実利があるらしい。それにしても指先程の大きさの石にこの値段が付くとは、昨日の話の通り、希少価値があるようだ。

「こうしていても仕方ありません。迷宮に向かいましょう」

 ボッタクルに軽く頭を下げ、軽く手を挙げた店主に見送られて退店する。

 リリィは店の外に積まれている麻袋を1枚失敬した。

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