タローとケーキ
実際の暮らしでは、犬には、ケーキをあげないでください。
◇
「ほうら、タロー。今日は、ジョゼッペ・タリーのイチゴショートよっ!」
ジョゼッペ・タリーは、今、雑誌をにぎわすフランスのパティシエさん。たまたま、来日していたデパートの特販で、またまた並んで買ったのだ。
テンション高く、私が買って来たケーキの箱をひらひらさせると、子犬のタローが嬉しそうに走り寄ってきた。
「きゃう~ん♪」
タローも鼻息荒く、待ちきれないような高い声を出して、尻尾をフリフリさせながら、私の周りをグルグルと回った。
美味しそうなケーキを目の前に、タローのテンションもダダ上がりだ。こいつ、犬のくせに、スィーツが大好物なのだ。犬は、飼い主に似るって言うのは、本当なのかも。
やっぱり、美味しいスィーツは二人(?)(一人と一匹)で食べるのがいいよね。
自分のケーキと、タロー用のケーキをお皿に乗せた。
最初は、一口だけ、と思って、とっておきのケーキをあげてみたら、見事にタローのツボにはまったらしく、一口が二口になり、それでも、物足りない顔をするタローのために、今では、一個丸ごとケーキをあげるようになってしまった。
一口食べると、普通のケーキと全然違う。スポンジはふんわりと卵の香りがして、それに合わせる生クリームもふんわりとちょうど良い甘さ。そこに、白ワインから作った香りのいいシロップでマリネしたイチゴが、甘くて、絶品! シンプルな菓子こそ、パティシエの技術が光るのだ。
ああ・・このケーキもいいな。
私が、お皿からゆっくりとケーキを一口づつ、ちょびちょびと堪能し、床では、タローちゃんが、ケーキを、はぐはぐと咀嚼している。それにしても、タローちゃん、美味しそうに食べるね?
「美味しいね?」
私が目を細めて笑いかけると、タローちゃんもこちらを見る。心なしかほほ笑んでいるような気がする。犬って、こんなに感情の疎通って出来たっけ?
え?何?コウチャも欲しいの??
タローちゃんのおねだりに負けて、紅茶も少し分けてあげた。もちろん、水で薄めてからあげたけど。犬って、こんなものも欲しがるのかな? 私は、前に犬を飼ったことがないからわからないけど。
◇
実は、この子犬、数日前に空き地で拾ったのだ。
「あー、一週間、仕事終わったー」
仕事に頑張った金曜日の夕方のことだ。週末は、自宅で引きこもって、何をして過ごそうかな、とウキウキしながら、いつも通りに会社から真っ直ぐに帰宅途中のことだった。
空き地の前を通り過ぎた時に、何か、子犬の悲鳴のようなものを耳にした。
ふと見ると、空き地の隅に、黒い色をした狐のような顔の野良犬が数匹、何かを囲んでいた。 その野犬の間から、
「キュンキュン」
と言う悲鳴にも似た小さい声が聞こえた。 声のした方を見ると、大きな犬に囲まれた隙間から、小さな尻尾がブルブルと震えていたのが見えた。子犬をイジメてるようだった。
「こらあっ!何してんのよおぉぉっ!」
咄嗟に、地面に落ちていた枝を拾って、勢いよく大型犬に投げつけた。私は、弱い者いじめが大っ嫌いだ。強いものが弱いものを痛めつけるのを見ると、心底腹が立つ。
こちらを見た狐のような犬は、赤い目をして、陰鬱な表情でこちらを睨み付けた。この時、私は野犬と対峙して、冷静さを欠いていたようだった。赤い目をした狐のような黒い野犬など、この世にはいない、と言うことに気づいていなかったのだ。
「おうっ!喧嘩上等!受けてたってやるっ!」
私は、アドレナリンを全開し、野良犬(?)に向かって、挑んだ。
「やるか?!このっ!」
牙をむき出しにして、襲い掛かった来た野犬を、木の棒で蹴散らし、そのうちの数匹は、素手でボコボコにしてやったら、野犬は、あっさりと退散していった。
そうやって、取り残されたのは、空き地の隅っこで、丸くなりながら、プルプルと震えるしかない子犬だった。
「あーあ、大丈夫? 怪我してない?」
もふもふの子犬を抱きあげて様子を見ると、まだ怯えているらしくてプルプルしている。怪我はなかったようだ。よかった。
「ふふ・・でも可愛いな。」
あまりの愛らしさに、夢中になり、気が付くと、子犬を撫でまくり、チューをして、モフモフの手触りをすっかり堪能してしまっていた。
あ!怯えている子犬をモフりまくった!
大丈夫だったかな?と、心配になったので、子犬の顔を見たら・・・
撫でられまくって、嬉しかったのだろうか? そこには、見事にデレまくった顔をした子犬がいた。子犬は、『ナデチュウ』(ナデナデ&チュー)がいたくお気に召したらしい。
・・・『ピカチュウ』じゃないからね。
「それにしても・・・どうしよう・・この子」
子犬を腕に抱えたまま、当たりを見まわしてみた。また空き地に放置すると、あの狐犬(?)に襲われるかもしれない。
とりあえず、家で、保護しようか。
そう思って、家に連れて帰って来たのがこの子、子犬である、タローちゃんと名付けた。そして、タローちゃんは、そのまま我が城にいつくことになったのだ。
◇
タローちゃんは、とても良い子だ。 朝は、起こしてくれるし、夜は、一緒のベッドで寝る。
朝起きて、自分のお弁当を作りつつ、余ったおかずとご飯は、タローちゃんの朝ご飯になる。会社から帰ってくると、夜ご飯も人間と同じものがよいみたいで、時折、こうして、とっておきのスィーツを二人(?)で堪能する。ドッグフードのカリカリとか、カンカンは、タローちゃんは嫌いで、一切手をつけない。およそ犬らしくない趣向の持ち主た。
タローちゃんは、もしかしたら、すごいグルメなのかもしれない。
え、ええ、買い主馬鹿とでも呼んでください。タローちゃんが、可愛いすぎるのがいけないのだ。
美味しいスィーツも、夕ご飯も、一人より、二人(?)のほうが、断然、楽しい。タローちゃんは、可愛い。タローちゃんは愛らしい、タローちゃんは正義だ・・タローちゃんは・・タローちゃんは・・と、会社で出来たばかりの友達に、散々タローちゃん自慢をして、3マイル先にも届くような「遠い目」させた挙句に、自分は残業せずに、ソッコー直帰と言うスタイルになりつつある。
タローちゃんのせいで、さらに、会社から直帰。自宅引きこもり、と言うライフスタイルにさらに磨きがかかることになった。あ、でも、仕事はお持ち帰りで、家できちんとしていますので、ご心配なく、はい。
「お前、ケッコンできなくなるかもな?」
あまりのタローちゃんラブのせいで、会社の先輩からも冷やかされるくらい。もちろん、スマホの待ち受け画面も、タローちゃんですよー。
二人(?)(一人と一匹・・・私ってしつこい?)で、ケーキを堪能した後、夜ご飯を作りにキッチンにたつ。難しいものは作れないけど、タローちゃんも食べると思えば、美味しく作ろうと気合いも入る。
「あー、ご飯、美味しかったね。」
そう言って、晩御飯の後は、タローちゃんを抱っこして、お茶しながら、すっかり日々の定例行事となった「食後のモフモフ」を堪能させてもらう。
タローちゃんをいつものように抱っこして、ナデナデして、モフモフして、チューをする。時々、頬ずりとかするのも許してほしい。だって、タローちゃんは、可愛いんだもん。
タローちゃんも、私の膝の上で幸せそうに目を瞑りながら、ウトウトとまどろんでいる。
そうして、二人(一人と一匹)で、夜ご飯を食べて、のんびりと過ごすのが日課になっていた。
・・・このタローちゃんが、実は犬ではなかった、と言うことを知ったのは、もう少し後のことだった。