ゲートキーパー狩り
この魔力の持ち主は何者なのだろうか?
ユリウス・ヴィクトリアヌス II世、こと、魔王ユリウスは、異世界へ亡命したはずのゲートキーパー、通称、「クロノスの門番」の探索にいそしんでいた。ゲートキーパーが、残した魔力の残渣を追って異世界へと足を踏み入れていたのだ。
漆黒の髪を短く切りそろえ、広い額は知的な優秀さを物語っていた。 闇を思わせるような深い紫色の瞳に、彫が深い顔立ち。長身で、肩幅が広い。王者としての威厳を十分に湛えた姿。
その形のよい唇を軽くほころばせ、ユリウスはその魔力の残渣について、思いを馳せていた
― 花のような芳香がある甘い香りがする魔力
こんな魔力の残渣は、初めてみた。それはかすかに甘く、媚薬のようだ。きっと本人の傍にいたら、酩酊してしまうかもしれない。
この魔力の持ち主は女に間違いない。そして、こんなに美しい魔力の持ち主は、どのような姿をしているのであろうか?
―何がなんでも見つけてみせる。王宮へ召し上げてみせるぞ。
ユリウスは、執拗にその女を追い続けた。まだ見たこともない女に惹かれていた。それを執着と呼ぶのだが、ユリウスは、自分でもそれに気づいていなかった。魔王ユリウスも、もうすぐ30へと年齢が届く年頃だった。
そうして、執務の合間合間に、頻繁に異世界への扉を開いていた。
「また、異世界へ行かれるのですね?」
今日も、探索に出かけようとしていた所に、側近のラファエロが見つけ、ユリウスに問いただした。
「ああ、何が何でもゲートキーパーを見つけなくては。」
父であった前魔王が交代するときに、王位継承権をめぐり、大量のゲートキーパー、通称、「クロノスの門番たち」を巻き込んだ泥沼の争いになった。そのために、主要なゲートキーパーたちは、王位継承権の戦いの犠牲になり、そのほとんどが命を絶ってしまっていた。
「クロノスの門番たちも、今や圧倒的な数が足りておりませぬし。何とも愚かな結果になったものです。」
「ああ、本当にその通りだ。おかげで、この時代になってこんなに苦労するとはな。」
ユリウスは、忌々し気に口を開いた。
「早いうちに手を打たなければ、魔力の循環量が増え、手に負えないことになりそうですね。」
ラファエロは、尊敬にも似た眼差しで、目の前のユリウスを見つめた。王の中の王、と呼ばれるくらい、器が大きく、堂々としている魔王様。
ユリウス様の魔力量は、歴代の魔王の中でも、最強に分類されるほどの力の持ち主だ。そのユリウス様でさえ、クロノスの門番の力が足りずに、苦労されている。
つくづく、前王の時代の王位継承権争いが、いかに愚かだったか、如実に示すものではないか。
「 本来のゲートキーパーの仕事は、王位継承権の争いに加担することではない。」
「仰る通りです。陛下」
ラファエロも、頷いた。
「全く、皮肉なことになったものだ。クロノスの門番のトレースは、王族にしかできないとはな。 そのために、ゲートキーパーたちは命を落として行ったと言うのに。」
ユリウスは、口元は形よく締まった口元に、皮肉は笑みを浮かべていた。魔王になってからと言うもの、皮肉な笑いをすることが多くなったような気がする。
そもそも魔王国は、魔力が自然に発生する場所に位置する。自然界から立ち上ってくる魔力, 瘴気とも言うが、その影響をうけて、人間も、動物も、植物までもが魔族化する。その瘴気を、「クロノスの門番」と言われるゲートキーパーが管理し、適切な量の魔力が循環するように調整するのが、ゲートキーパーの本来の役割なのだ。
「 重要な役割を持つゲートキーパーが、今では、魔王国に両手の指で数えられるほどしか残っておりませんしね。」
「 ああ、なんとか不足しているゲートキーパをいかに補うかが、悩みの種だな。」
そうして、ゲートキーパー不足の対策をどうしていくのか、悩みに悩んだ後で、老人たちの話に聞くところによれば、20数年前、王族の権力争いを忌み嫌い、数人のゲートキーパーは、異世界へと亡命していたそうだ。
「亡命したゲートキーパーを連れ戻しに行かれるのでしょう?陛下。」
「ああ、その本人か、その子孫を回収して、本来の役割を果たさせなくてはならぬ。特に・・特にだ、ゲートキーパーの中で、中心的な役割を果たした伝説的な力をもつった存在、「リュージュ」と「ミユフィア」の二人は絶対に欠かせないだろう。年にすれば、もう50近いだろう。」
そうやって、ゲートキーパー狩りを初めて、すでに数人は確保していたが、絶対数的にはまだまだ足りなかった。
魔王国の中では、魔力が漏れ出すゲートの調節が十分にできず、危険な魔物や、エネルギーの不安定さから、いろんな問題が持ち上がっていた。
この二人を何とかして、召喚せねばならぬ。もしかして、その二人の子もいれば、その子も召し上げねば。まだ若いはずだから、利用価値は十分にあるだろう。
最近、魔界に、少しずつではあったが、ゲートキーパーの力によるものと思われる異世界への「通路」ができていることは知っていた。興味本位で、それをたどっていくと、いつも同じ世界に到達する。おそらく、未熟なゲートキーパーが力の加減ができていないせいだろうと思った。普通、「通路」は、役目を終えれば、閉じておくものだからだ。それが、開いたままになっているのだ。ただ、その通路が、時間によって、閉じたり開いたりしているのが不思議なことなのだが。
(リュージュたちが、この世界にいるのは間違いない。)
ゲートキーパーが開いた「通路」は、一年から二年に一度移動する。場所は違えど、同じ世界につながっているのだ。そこから、魔力の残渣を追っていくのだ。
こちらの世界の住人は、黒い髪が標準仕様なようだな。
ユリウスは、そんなことを考えながら、ゲートキーパーが残す魔力の残渣を探索する。もう何度目の探索だろう。
こちらの人間に見つかると厄介なので、姿が絶対に見えないように魔術をかけてある。万が一、術が抜けて見られてもいいように、こちらの人間に近い服装を整えてあった。
最近、またゲートの出口が変わったようだ。いつも、うっすらとゲートキーパーの残渣を感じるのだが、ふとした時に、それが途切れてしまい、捜索を困難なものにした。
それに・・・ユリウスは、宮廷内で未だにくすぶる王位継承権争いについても、懸念していた。ユリウスには弟が二人いる。第二王子のロレンツォと、第三王子のラティファだ。
ユリウスは、正妃から生まれた嫡子だが、ロレンツォと、ラティファは、側妃の生まれだ。ラティファはまだ6歳だし、その側妃の母親はすでに他界しているから、なんら問題はないが、ロレンツォの母親は未だに生存している。ロレンツォを次期魔王として、相当期待していて、未だに、ユリウスの命を狙っていた。
ロレンツォも、虎視眈々を王位を狙っているはずだ。
・・・おそらく、ユリウスの両親と、ラティファの母親を抹殺したのも、ロレンツォ絡みの誰かだろう。
しかし、証拠がつかめない。
しかし、そんな内輪の争いより、優先させるべきは、ゲートキーパーを呼び戻して、循環する魔力の量を調節させることだった。
異世界への通路は確保できているのに、肝心なゲートキーパーの所在がつかめない。
花のような芳香を放つ媚薬のような魔力を持つ女。
ユリウスは、今も探索を諦めてはいなかった。