救出
ロレンツォは、にやりと笑った。
「ここはね、私の宮殿だ。何を叫んでも無駄だよ。 ここでは、誰も俺に逆らえない。誰も助けなんかにくるもんか。」
泣き叫ぶ沙也の耳元で、ねっとりと甘ったるい声で囁いた。
「さあ、それはどうかな?」
ロレンツォが、楽しげに言ったその瞬間、背後で低い男の声が響いた。
そこには、怒りの表情を浮かべたユリウスが立っていた。
「貴重なゲートキーパーへの狼藉は許さん。」
背後には、ラファエロに近衛の兵士が数名剣を携えて控えていた。
「ふ・・・兄上か。気づくのが早いな。」
「ロレンツォ、沙也から手を離せ。」
「魔王様の命令であるのなら、しょうがないな。お嬢さん、いずれまた・・・よろしくね。」
ロレンツォはニヤニヤしていたが、沙也の手を離した。
崩れ落ちるように倒れ込んだ沙也を、ユリウスがすかさず抱きとめた。
ユリウス様・・・
沙也は、なんとか踏ん張っていた意識が急に保てなくなってきたことに気づいた。ああ、意識が薄れて・・薄れていく・・・ 落ちていく・・・ユリウスの所でよかった。ロレンツォなんかでなくて・・・
次第に霞んでいく意識の中で、ユリウスの腕に抱きかかえられながら、彼がはっきりと強い口調で、誰かに命令しているのが聞こえた。
「意識が・・・ほとんどなくなっている。ラファエロ、至急、医師を呼べ。余の宮殿に連れて帰る。」
(もう大丈夫)
朦朧とした意識の中で、沙也は、ユリウスの力強い腕に、しっかりと包みこまれたのを感じた。そして、安堵に包まれて、暗闇の中に落ちていった。
◇◇
「姿見にかかっていた封印をいきなり解いたのですか? それはさぞかし苦痛だったでしょう?」
宮廷医師は、呆れたようにユリウスに言った。
「ああ、あれを解く時には、訓練で痛みになれた兵士でさえ、気を失うほどの激痛を伴う。苦痛を軽減させるために、数回に分けて行うのが普通なのに・・・」
ロレンツォめ、と、ユリウスは、忌々し気に口を開いた。だから、ユリウスでさえも、異世界に行く時も、姿を変えなかったのだ。その魔術を解くのは、激痛を伴うから。
「それほどの苦痛を与えられながら、そこまで意識を保てたのは、はっきり言って奇跡に近いでしょう。それで・・・沙也様は、ロレンツォ様に羽交い絞めされて、泣き叫んでいたのですか?」
宮廷医師は、呆れていた。ロレンツォの女癖のせいで、被害者が後を絶たないのだ。
「ああ、到着が遅かったら、沙也は、ロレンツォの餌食になる所だった。危なかった。」
「よほど、ロレンツォ様が嫌だったのでしょうね。でなければ、意識はこんなに長い間持ちませんよ。」
宮廷医師はくすりと笑った。
二人は、ベッドで意識を失っている沙也を見つめた。
「それにしても、クロノスの番人としては、完璧な容姿ですね。プラチナブロンドに抜けるような白い肌。」
「ああ、瞳の色はアイスブルーだ。こんなにも完璧な姿のゲートキーパーは見たことがない。」
「まるでクロノス神の再来のようですね。」
二人は沙也の姿をまじまじと見つめた。
「余には、ゲートキーパーを保護する義務がある。ロレンツォのような輩から、安全に守る義務があるのだ。」
沙也はベッドの上で、すやすやと眠っていた。相当な体力を消耗したはずだ。目覚めるまでには、まだ、かなりの時間がかかるだろう。
「それにしても・・・」
宮廷医師がため息交じりに呟いた。
「凄い魔力量ですね。ゲートキーパーざっと10人分はある・・・」
「ああ、眠っている時は、魔力が漏れるんだ。姿見の結界を解いただけで、こうだからな。まだ、魔力を抑制する結界を解いたら、どのくらいの魔力量になるのか、想像がつかぬ。」
これをかけた沙也の両親たちの力量も凄いものがある。これだけの魔力量を抑え込む結界がはれるのだから。
「下手に魔力を解放すると、暴走しかねないし、危険だ。 おそらく、まだ自分で魔力をコントロールする方法も知らないだろう。」
「そうですね。慎重に抑制を解放していく必要がありますね。それに、きちんと魔力をコントロールできるように教育もしないと。」
ゲートキーパー数十人の不足分は、沙也一人の魔力量で十分に賄えるはずだ。それは、ユリウスが、異世界でのゲートキーパー探索をもうしなくてよい、と言うことだった。
沙也のおかげで、長年頭を悩ませていた問題が一気に解決できそうだった。




