ロレンツォ現る
王宮勤めの初日のことだった。
「沙也様、ラティファ様が神殿でお待ちしていらっしゃいます。」
ラティファ王子の従者と名乗る男が、沙也を迎えに来た。そうして、沙也が連れてこられたのは、王城の中でも、今まで、全然来たことのない場所だった。
( はて・・・ここは、神殿のようには見えないけどな・・・ )
沙也は、なんだかよくわからないうちに、大きな部屋に連れてこられてしまった。
(ラティファはどこにいるのかな?)
不思議がる沙也を尻目に、そこには、見たこともない男が沙也を待っていた。
その男が着ている服は、高級な品物だし、髪もきちんとしていて、幾つかの本物の宝石も身に着けていた。きっと、高貴な身分なのだろうが、沙也は、なんだか嫌な予感がした。
「へえ・・・君が、異世界から連れてこられた女の子なんだ。」
知らない男が、つかつかと沙也に近寄った。ジロジロと、値踏みをするように沙也を見下ろす顔は、なんだかにやけていて、少し気味が悪い。
「その割には・・・平凡な顔だな。ラティファも物好きだな。」
( え? 平凡な顔?)
それは全くその通りだ。それは否定しない・・・
しかし、初対面の人が言うのは、それはそれで思いっきり失礼なのではないか? と、言うか、この人誰だ?
「えっと、どなたか知りませんが、失礼ですね。私、これで帰らせていただきます。」
くるりと後ろを向いて、来た道を引き返そうとしたが、その男に腕を掴まれた。
「まあ、待てよ。せっかく来たのだから、もう少し付き合ってよ。」
「慎んでお断りいたしますっ!」
と言ったか言わないかの間に、男にぐっと腕を引かれて、よろめいた。
・・・気がつくと、男の腕の中に抱きしめられていた。
なんで? 何で知らない人に抱き付かれてる訳? こ、これは・・・セクハラではないのか?と言うか、セクハラだ。粉まごうことなきセクハラに違いない!
「は、離して!」
なんとかこの男から離れないと、相当、やばそうな動物的直感がする・・・
「自分の立場をわきまえず、威勢がいいね。ラティファのお気に入りなんだって?」
「そんなことないっ!」
ラティファを呼びすて・・・? 王子様を呼びすてにしていい人って一体、何者?
沙也の不思議そうな顔を見て、その男は察したようだった。
「ああ、俺のこと、まだ話してなかったね。俺は、この国の第二王弟陛下のロレンツォだ。俺と知り合いになれて光栄だろ?」
沙也を抱きしめたまま、男は言った。
うう、この男何を言うか。拘束されたまま、お知り合いになれて嬉しい訳なかろうが。
沙也は、負けじと、ロレンツォを睨み付けて、腕の中で暴れた。こういう拘束は、魔王ユリウスに散々されたので、耐性がついたのだ! 自分の適応能力を褒めてやりたい。
しかし、所詮、女の力。男に敵う訳がなかった。
「ふむ・・・」
沙也は、ロレンツォにがっちりと拘束されたまま、じっと顔を見つめられた。
思わず、ロレンツォの顔をアップで見えてしまったのだが、ロレンツォは、彫の深い顔立ちに、亜麻色の髪、少し垂れ目で淡い緑の瞳をしていた。 ユリウス同様に、ロレンツォも整った容姿をしていた。さぞかし、女遊びが過ぎるのだろうと言うような顔をしていたが。
「ああ・・・封印が掛けられているな。それも強力なのが。」
フウインって何だ? と言うか、もう至近距離で見つめるのはやめろ!
「ふうん。ちょっと大人しくしていて。」
ロレンツォは、そういうと、沙也を壁に押しつけて、何か呪文のようなものを詠唱した。
「な・・・何をしたの?」
壁に張り付いて、全く動けなかった。
「今、封印を解くから、ちょっと大人しくしてね。」
そう言って、ロレンツォは、指を天に向けて、ぱちんと指を鳴らした。
あ・・・熱い。
突然、沙也の体全部が炎に包まれたように熱くなった。
「熱い・・・熱いよ。」
そして、目が射すように痛くなった。頭が締め付けられるような苦しみも同時に襲ってきた。
ああ・・・嫌っ。 気分が悪くなり、グルグルと目が回るような感じがした。体全部が焼けただれたような気がした。
思わず、床へと崩れおちた。
「ああ・・痛い・・・熱い・・・」
「 い、息が・・・苦しい。」
強烈な苦痛に襲われて、沙也は、体を丸めて、芋虫のように床の上でのたうちまわるしかなかった。
「ふふ・・・やはりね。」
ロレンツォは、驚く様子もなく、壁にもたれかかったまま、床の上で悶え苦しむ沙也を、口元にうっすらと笑みを浮かべて、面白そうに眺めていた。
「俺が思った通りだ。君は魔族だ。」
どのくらい時間が経ったのか、沙也には全く見当がつかなかった。激痛のあまり気を失いかけたが、そこで、気を失わなかったのは、意識を亡くしたら何をされるかわからない恐怖感のせいだった。
痛みは、少し引いて、少しは息ができるようになったが、激しいショック状態の後で、全身の関節全てがギシギシと音を立てて、鈍い痛みを放っていた。痛みは尾を引いていて、意識も途絶えがちだった。
(苦しい・・・。)
沙也は、冷や汗をかいて、気分の悪さにじっと耐えた。 まるで、激しい二日酔いの上に、満員電車の中で、貧血を起こして倒れた時のような感じだった。
「沙也、君の本当の姿を見せてあげるよ。」
そう言って、ロレンツォは、魔術で鏡を空中に作り上げた。
「えっ?」
鏡に移ったのは、いつもの黒髪の平凡な自分の顔ではなく、真っ直ぐなプラチナブロンドに、アイスブルーの瞳をしたほっそりした美しい女の顔だった。
「うそ・・・」
沙也は、それが信じられなかった。自分の手をみた。
手も白く、ほっそりしていた。肩にかかっていたのは、いつもの黒くて固い髪ではなく、細く柔らかなブロンドの髪だった。
「わ・・私に一体何をしたのよっ!」
「君の本来の姿を取り戻してあげただけだよ。」
こいつ、ロレンツォって名前だっけ。許さん!
「元に戻してっ!」
沙也は怒って叫んだが、ロレンツォにはどこ吹く風だ。
「それにしても・・・君は、綺麗だ。」
ロレンツォが沙也を見る目が甘くなったような気がした。
「それに・・・君の魔力は甘い・・・媚薬のようだ。」
そう言って、ロレンツォは、床の上の沙也の腕を掴んだ。
「いやあっ!放してっ!」
沙也は、叫んだ。こんな奴に触られてたくない。ロレンツォの顔に浮かんでいる淫靡な表情が気持ち悪かった。叫ぶと、頭が割れるように痛むが、叫ぶ以外の方法はなかった。
「そうだ・・・いいこと教えてあげるよ。」
ロレンツォは、沙也を壁に押しつけたと思ったら、突然、唇を押し付けてきた。
「むぅっ・・・!ぐぐぐううう・・・・」
沙也は、抗議の声をあげようとしたが、唇が押し付けられているので声がでない。
「やんちゃなお嬢さんだね。」
ロレンツォはうっとりした様子で、目を細めて言った。
いや・・・
気持ち悪い・・
沙也は、首を左右にふり、イヤイヤをしながら、涙をぽろぽろと溢しながら抗った。
うぇぇぇ・・・気持ち悪い。どんなにイケメンだったとしても、嫌なものは嫌なのだ。
ラティファが彼を嫌う理由がとてもよくわかった。沙也も嫌いだった。
逃げ出したくても、ロレンツォに両手を抑えられているので、身動きが取れない。
・・・ああ、意識が遠のいていく・・ここで、意識を失ったら、きっとロクなことにならない。
「いい加減、あきらめて大人しくしなよ? 君の意識だって、もう半分ほどしかないじゃないか。」
「大丈夫、君は、きっと俺のことが好きになる」
それが、絶対に何かの勘違いであることは間違いがないのだが。
嫌、無理っ。こんなの無理っ。もう、プライドも何もかもすっ飛んでしまった。涙をぽろぽろと溢した。彼氏すらいたことないのに。 流されて、消えてゆきそうな意識を必死で保った。
「嫌っ、いやあぁぁぁ! 誰かっ。」
ロレンツォの唇が離れた隙をついて、沙也は、目に涙を溜めたまま、助けを求めて、泣き叫んだ。それは、悲鳴にも似た声だった。
ロレンツォは、にやりと嬉しそうに笑った。
「ここはね、私の宮殿だ。何を叫んでも無駄だ。誰も助けなんかにくるもんか。」
沙也の耳元で、ねっとりと甘ったるい声で囁いた。
「さあ、それはどうかな?」
ロレンツォが、楽しげに言ったその瞬間、背後で低い男の声が響いた。
そこには、怒りの表情を浮かべたユリウスが立っていた。




