タイムセール、優しい海、可愛いエプロン。
「あっ」
「うげっ!?」
仕事の帰り、偶然スーパーの前で出会ったのは優海ちゃんだった。
彼女は悲鳴のような驚いた声を上げて、そそくさと逃げるように来た道を戻っていく。
嫌われたなぁ・・・。
少し苦笑いをして、とぼとぼとスーパーに入店しようとする。
ところが、優海ちゃんが戻ってきた。
乱暴に買い物カゴを取りスーパーの中へズカズカ入っていく。
お兄さんに買い物を頼まれたのだろうか、どこか不本意そうである。
これは・・・話しかけてもいいだろうか?
無視するのは少し気が引ける、かといって嫌われているような気もするし変に話しかけて無視されるのも悲しい。
仕事の時の私は鉄壁の心を持っているが、プライベートでは違うのだ。
それなりに可愛い物も好きだし、豆腐メンタル。
どうしよう・・・子供相手には素が出ちゃうんだよなぁ・・・。
「タイムセールがまもなく始まりまーす!!本日は今が旬のお野菜!!ぜひともお買い求めくださーい!!」
ハッ、しまった!!!
出遅れた・・・!!他の人達に前列は固められていて取れない。
くっそ!人混みが凄い、これでは商品も見れないぞ!?
どうする社畜灯子!!
「・・・今日の特売、白菜90円。長ネギ78円、だよ」
「!!優海ちゃ」
「タイムセール開始でーす!!!」
その合図と共に人混みが流れだす。
よし、目標は絞れた。白菜を重点的に取ろう。
腕を人と人の間に入れて、横道を抜けるように体を入れていく。
そうすることで体も自然に入っていき、簡単に進めるのだ。
まぁ引っかかるところが無いから有効なんですけどね、あまり考えないようにしています。
ちなみに男性がやると危険です。痴漢呼ばわりされちゃうかもしれませんからね!
そんなこんなで白菜を3つゲット。長ネギを1つゲット。
よっし!遅れたにしては上出来である!
「あ、優海ちゃん」
離れたところで息を荒げていた優海ちゃんに声を掛ける。
両手に握られているカゴには、特売の品は無かった。
「・・・なに」
「さっきはありがとう、助かりました。と言うわけでお礼の品でございます」
「!!」
白菜と長ネギを一つずつ入れる。
長ネギは家にまだあったし、これが精一杯だったので仕方がない。
それに、優海ちゃんが教えてくれなかったら一つも取れていなかっただろう。
心の底から感謝である。
「いい、の?」
「うん、いいよ。優海ちゃんのお陰で取れたんだから当然だよ」
「あんな、酷い事言ったのに?」
「大人げないのは、私のプライドが許さないんだ~」
乱れていた髪を手櫛で整えながら、頭を撫でる。
いつも強気な・・・しかし優しい彼女の目は潤み、大量の涙を流した。
次々と溢れ出てくる涙。
ファッ!?気が付かないうちに、何かやってしまったか!?
「私、本当に酷い子だよ?」
「えっ、酷くないよ。特売の商品を教えてくれたじゃない」
「お、お姉さんだって・・・いつか、わたしのこと嫌いになっちゃう」
「優しい子は大好きだから、絶対に嫌わない」
「・・・わたし、お姉さんの事、好きになりたくなかったのにッ・・・!!」
!?
「ひっぅ・・・でも、もうやだぁッ!!嫌われたくないよぉッ!!」
「え!?き、嫌わないよ~!?」
「お、お客様。どうされましたか?」
「あッ!!すみません。すぐ出ます!」
優海ちゃんが持ってたカゴの中身を私の所に移す。
そしてもう片方の手で彼女の手を引いて、お会計を一緒にすませた。
とりあえず近くの公園に行こう、そこで話しを聞くのが一番かな。
優海ちゃんの話はこうだ。
彼女は器用な子らしく、何でも出来てしまうそうな。
そして、周りの女の子達は妬み、男の子達は何でも出来てしまう優海ちゃんの側に寄ってこないらしい。
要するにプライドの問題だろう。あぁ、私もプライドが云々的なこと言っちゃったんだ・・・反省します。
そして加えて、優海ちゃんの毒舌さ。
故に孤立してしまい・・・人を信じられなくなったと。
ブランコを静かに漕いでいる優海ちゃん、目には痛々しい泣き痕があった。
「・・・ハンカチありがとう、お姉さん」
「どういたしまして」
あぁ、喉が枯れてしまっている。後で自動販売機の飲み物を買ってこよう。
彼女の涙を拭っていたハンカチを貰おうと手を出すが、一向に渡してこない優海ちゃん。
渡しづらいのかなと思い、手から取ろうとするも交わされてしまう。
無言の攻防。
「ッ洗って返すから!!あッ・・・」
「わーッ!大丈夫大丈夫、嫌わないよ!!」
「うぇぇ・・・ッ」
うん、根は優しい子なのだろう。
ただ人と接するのが苦手なだけで、上手く立ち回れていないのだ。
それが致命的。
・・・逆に言えば
「そこを直せば、人気者ってわけだ」
「・・・?」
人に愛されるのは、優しい心、コミュニケーション能力、容姿の3つだ。
優しい心は完璧、容姿も多数勢に綺麗だと言われるだろうからOK。
仕事が出来るかなどは社会人になってから。
小中学生の場合は、今は必要ないだろう。
「挨拶とか、周りの子にしてる?」
「し、してない」
「じゃあまずね、隣の席の子だけでもいいから挨拶してみよう」
不安そうな顔になる優海ちゃん。
そうだ、最初は誰でも不安だ。仕方がない。
「誠意の挨拶を無視する様な子は、居ないよ」
「か、返してくれなかったら?」
「・・・優海ちゃんは、授業とかで仕方なく班を作るときあるでしょう」
「うん、一番嫌いなパターン」
「だよね。その時、一緒の班になった子は話しかけてくる?」
「・・・うん、仕方なさそうに意見とか聞いてくる」
むすっとした顔で下を向く優海ちゃん。
なら、大丈夫そうだな。
「その、意見を聞いてくれる子は絶対に返してくれるよ」
「本当!?」
「うん。最初は戸惑いながら、ぎこちない感じで返してくると思う。けど、毎日挨拶しつづけて、他の子に挨拶もするようになったら・・・」
「・・・なったら?」
「・・・挨拶が、あっちこっちから飛んでくる様になるよ」
最初は一人でも、徐々に増やしていけばいい。
あとから沢山、二人、三人と増えていく。
挨拶されているのを見た他の子は『次は自分かな』何て身構える。
身構えて、興味を示して、そしていざ挨拶されたら・・・。
元気な挨拶が、彼女を待っているはずだから。
「・・・返してくれるかな」
「不安だね、怖いね。最初は戸惑われて、苦しいかもしれない」
「・・・うん、でも、やらなきゃ何も変わらない」
「!!そう、一日の最初は、会話の最初は、挨拶から始まるよ」
顔を上げて月を見る優海ちゃん。
その顔は、やる気に満ちあふれている笑顔だった。
「・・・よし!!がんばる!!」
「おお、その意気だ!!」
「最初は担任に挨拶するぞッ!!」
「担任!?が、頑張れ!!」
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話し込んでしまった。
日はもうすっかり落ちてしまっていて、電灯が付いている。
あっちゃ~、こりゃ親御さんに謝りに行かなければ・・・。優海ちゃんが怒られては申し訳が立たない。
「優海ちゃん、家まで送っていくよ。親御さんに謝らなきゃ」
「親居ないから大丈夫」
「えッ!?あ、ごめ・・・ッ!!」
「勝手に殺さないでよね?父親は居ないけど、母親はいるから」
よ、よかったぁ・・・。
いやよくないけど!!父親いないのはよくないよ!!
「あ、そうだ・・・。お兄ちゃんに、一緒に謝ってくれる・・・?」
「お兄ちゃんね、わかった」
優海ちゃんに案内されてその後をついていく。
お兄ちゃんと兄弟の4人で住んでるのか、伊藤さんと一緒だな。
家に行くのに手土産を買っておいた方が・・・?悠次くんと裕司くんは、甘い物大丈夫だろうか。
でもこれから寄るにも時間が足りないし・・・。
「着いたよ」
「っあぁ、意外と近いんだね」
目の前に立つのは、少し年期の入った一軒家。ここがお家なのだろう。
仕方ない、手土産は諦めるか・・・。
勇気を出してインターフォンを押す。すると家の中からドタバタと足音が聞こえてきた。
わぁ、凄い心配させてしまっていたようだ・・・。
これは土下座するか?私のジャンピング土下座の出番か?
勢いよく開かれるドア。
その先に見えるのは悠次くんと裕司くん、そして・・・
綺麗な蒼髪。
「優海!?お前心配してッ・・・え?」
「えっ」
綺麗な夕暮れ色の双眼。整った顔。
まぐれもなく、我らのエリート上司様だ。
「宮本さん!?」
「伊藤さん!?可愛らしいエプロンですねッ!?」
「お、驚くところそこですか!?あ、まって恥ずかしくなってきた着替えてきます!!」