第5話 荒野の再会
激しい衝撃とともに、ビマは砂埃の舞う荒野に這いつくばっていた。
全身の骨が軋み、鎧は傷だらけに引き裂かれている。信じていた祖国から「ノイズ」としてパージされ、彼はこの荒涼とした五度圏の狭間に放り出されたのだった。
「……ここまで、なのか」
ビマが折れた剣を砂に突き立て、立ち上がろうとしたその時、砂嵐の向こうから足音とともに、見覚えのある気配が近づいてきた。
「……誰だ?」
ビマが折れた剣を構えると、砂煙の向こうから現れたのは、かつて王宮の全てを司っていた宰相ドミナント――ジマだった。
しかし今の彼は、ボロボロの黒いマントを羽織り、錆びついた盾を力なく抱えて項垂れている。
「……ビマ、殿……? まさか、貴方まで……あのような仕打ちを」
ジマの声に、かつての威厳はなかった。
「一体何があったんだ、王都は……。それに、その変わり果てた姿は……ドミナント様、あの『G』の輝きはどうしたのですか!」
「奪われたのです……。トニック王が、サブドミンの毒で『C7』に変質させられた。その瞬間、私の『シ』は帝国の法によって『シ♭』へと書き換えられ、私はドミナントとしての存在意義を失いました。ただの二度マイナー――もはや誇りも、帰る場所もありません……」
ジマは絶望に瞳を曇らせ、砂の上に膝をついた。
「そんな……。あのトニック王が、そしてドミナント様が……」
ビマは目眩を覚えた。戻るべき国も、仕えるべき王も、すべては幻のように消え去ってしまったのだ。
「いいえ。終わってなどいませんわ、ビマ団長」
その時、ジマの背後から、荒野の寒風を切り裂くような、鈴の鳴る澄んだ声が響いた。
振り返ると、マントのフードを下ろす一人の女性が立っていた。聖女エマ(Em♭5)。
王宮の檻に閉じ込められていた頃の、儚げな聖女ではなかった。その瞳には、気高く温かい輝きが満ちている。
「エマ様……! ご無事だったのですか。しかし、なぜあなたがこのような荒野に……」
エマは、砂の上に膝をつくビマへと近づき、彼の折れた大剣の柄に、そっと自分の手を重ねた。
「いいえ。私は自分の足で、あそこを出てきたのです」
「ご自分の足で……?」
「はい。あの白亜の王国の調和が、欺瞞に満ちた平穏であることを、私は知っていました。……誰かに解決されるだけの存在ではなく、自分の力で、この世界の真実を確かめてみたかったのです」
エマはビマの手を引き、彼を立ち上がらせた。
「ビマ殿、私も今、あなたと同じ『♭5』の歪んだ音を孕んでいます。私たちが出会ったのは偶然ではないのでしょう」
ビマは自分の手に重ねられたエマの手を見つめ、それから傍らで項垂れるジマを見た。
ジマもまた、エマの瞳に導かれるように顔を上げた。錆びついた盾が、かすかに光を取り戻したように見えた。
「……そうですな。私たちがここで朽ち果てるには、私たちの持つ響きはあまりにも……複雑で、美しい」
ジマが、小さく微笑んだ。
「行きましょう、五度圏のさらなる深部へ。帝国の手が及ばない、より深いフラットの奈落へ。そこにきっと、私たちの響きが真に救われる道があるはずです」
エマが地平線の先を指し示す。その先には、藍色の闇を湛えた未知の領域が広がっていた。
ビマは大剣を鞘に収め、盾を強く背負い直した。その瞳から、絶望は消え去っていた。
「……御意に、我が太陽の聖女様。俺のこの折れた剣と不細工な盾は、これより、あなたの真実を求める旅路の守護者として捧げましょう」
こうして、傷だらけの騎士と、没落した案内人、太陽の聖女は、互いの「未解決な不協和音」を響かせ合いながら、乾いた砂嵐の中へと歩みを進めた。
それは、白亜の調和を覆す、新たな旋律のプロローグだった。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
ビマとエマは同じ「♭5」を持つ響き同士。音楽理論では、こうした共通点を持つ音同士は不思議と引き合い、まとまりやすい性質があります。「同じ歪みを持つ者同士の共鳴」は、この物語のキーワードの一つです。




