【記録ファイル:吉田渚さんの件に関するご報告】
記録者:吉田渚さんの父親 記録日:08/15/2024
(僅かに聞こえるため息)
……ええ、お父様、お母様。お辛いお気持ちは重々承知しております。せっかく大企業に就職されたのに、大阪からわざわざあんな辺鄙で水際の工場へ配属された挙句……わずか三ヶ月ちょっとで、突然、姿を消してしまった訳ですから。事件性を疑うのも当然です。 そして、渚さんが通われていた大学の助教授とはいえ、学部も違い接点などないはずの私を、警察より先に問い詰めに来た理由も……ええ、分かりますよ。
……はい。私、こんな歳ですがSNSでの発信に力を入れておりましてね。講義の延長線上でね、いろんな歴史にまつわる投稿をしております。直接お会いしたことはありませんでしたが、ネット上では渚さんと繋がりがあったんです。
私が渚さんから最後に相談を受けたのは、彼女がいなくなる三日前のことでした。 彼女、非常に真面目な方でしたよ。文系で数字は嫌いだと笑いながらも、経理部の伝票やら何やらを、毎日遅くまで必死に整理しようと奮闘されていたそうです。
その時、渚さんから何を聞いたのか?……そうですよね、それをお話ししなければ。
……確か、愚痴から始まりました。『数字がどうしても合わないのに、課長は不足分を「水代」として計上しろって言うんです。でも勘定科目録にそんな項目ないんですよ』と。 それと……工場の窓の下にある、古い池。昨夜から、その池で『誰かの足音』がずっと聞こえる、とも言っていましたね。 べちゃ……ぱちゃ、ぱちゃって。 それで、「この現象はどういうことなんでしょうか」と聞かれました。どういうことかと言われましても……こういう教える職に就いていると、何かと経験豊富な専門家だと勘違いされるんでしょうね。
それで私がどう答えたか、ですか? こう見えても土地の歴史には詳しいですから、少しだけ……『水』の歴史についてお話ししました。
古代から、あの土地では豊かな水は『命そのもの』として崇められてきました。だから人は、土地から命を頂戴して生きているのです。ですが、現代でそんな恩を覚えている人間は少ないのが事実です。 では、土地はどう思うでしょうか? 一方的に水を……命を搾取し続けるだけの人間たちを。
そういえば、渚さんは大手メーカーにご就職された訳ですが、わざわざあんな水際で不便な場所に工場を建てた理由、なんだと思いますか? 彼らが本当に必要だったのは、労働力じゃないのかもしれません。定期的にあの土地へ送り込まれてくる、縁もゆかりもない若者……つまり、渚さんのような『搾取される側(水代)』ですよ。
おや、お父様。そんなに顔を真っ青になさって。 大丈夫ですよ。渚さんなら、きっと今もあの土地のどこかで生きているはずですから。
……おっと、お母様? さっきからずいぶん、汗をかかれているようですが?
(激しくむせる音)
まあ、慌てなくて大丈夫です。これで渚さんも、永遠に仕事で悩むことは無くなるわけですから。親子水入らず、ですね。
ごぼ、ごぼごぼ。
[録音終了]




