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8話 採れたてトマトのナポリタン

 「お兄ちゃん、すごいよ! 本当にたくさん実ってる!」


お昼休みのまったりとした時間が流れる『カフェ・ド・ベール』の裏庭で、私は思わず歓声をあげていた。

そこにあるのは、お兄ちゃんが数週間前に「ニナのために最高に美味い野菜を育てる!」と意気込んで耕した、ちいさな家庭菜園。

お日様の光をこれでもかと浴びた緑の茎には、ツヤツヤと輝く真っ赤なトマトが、まるでルビーの鈴のように鈴なりに実っていた。


「ふふん、驚くのはまだ早いぞ、ニナ。毎朝欠かさず、雑草の根を一本残らず間引き、土壌の水分量を完璧に維持してきたからな。さあ、今採れたての最高のトマトだ、受け取ってくれ!」


ピンクのフリルエプロンを誇らしげにたなびかせながら、お兄ちゃんが完熟したトマトをカゴいっぱいに収穫していく。

その成果は一目瞭然で、カゴの中のトマトからは、大地の力強い清々しい香りが溢れんばかりに漂っていた。

お兄ちゃんの頭の上からは、リーフィが「きゅあ! きゅきゅあ!」と、お尻をフリフリさせながらパタパタと飛び出してくる。

リーフィがトマトの周りを嬉しそうに飛び回ると、シャラランと優しい鈴の音が響き、トマトの赤みがさらにぐっと深みを増していくようだった。


「ありがとね、お兄ちゃん、リーフィ! よし、今日のランチメニューは、この採れたてトマトを贅沢に使って、とっておきの一皿を作っちゃおう」


私たちは賑やかにキッチンへと戻り、さっそく調理に取りかかった。

今日のランチメニューは『ナポリタン』だ。

だけど、普通のケチャップだけで味付けするんじゃない。今日はお兄ちゃんが育ててくれた完熟トマトを贅沢に湯むきして、じっくりコトコトと煮詰めて作った、特製のフレッシュトマトソースを使う。


「お兄ちゃん、タマネギとピーマン、それからベーコンのスライスをお願い!」

「任せておけ! 聖剣を……いや、この包丁で、完璧な厚さにスライスしてみせよう!」


お兄ちゃんは愛用の包丁を構え、昨日桃をスライスした時のような凄まじい集中力でトントンと具材を刻んでいく。

その間に、私は大きな鍋でお湯を沸かし、生活魔法『温度最適化』でパスタを一番心地よいコシが残るアルデンテの状態へと完璧に茹で上げていく。


熱したフライパンにバターを溶かし、お兄ちゃんが刻んでくれた具材を炒める。

じゅわーっと香ばしいベーコンの脂の匂いと、タマネギの甘い香りが店内に広がったところで、茹で上がったモチモチの麺と、真っ赤な特製トマトソースを一気に投入した。


ジューーーッ!!!


小気味よい激しい音と共に、酸味の利いたトマトの甘い香りが、湯気となって一気に立ち上る。

フライパンを煽るお兄ちゃんの腕の筋肉が男らしく躍動し、麺とソースが黄金比率で絡み合っていく。

仕上げにほんの少しの隠し味の蜂蜜と、粉チーズをふわりと振りかければ、湯気がホカホカと立ち上る『ナポリタン』の完成だ。


 ちょうどその時、カランコロン、とドアのベルが鳴った。

入ってきたのは、この街の治安を守っている、まだ若い新米衛兵の青年だった。

午前中のパトロールを終えたばかりなのか、お腹をすかせた様子で、鎧を少し重そうに鳴らしながら席についた。


「こんにちは。外まですごく良い匂いがしてきたので、つい入ってしまったんですが、今の時間でも食事はできますか?」

「いらっしゃいませ! ちょうど今、最高の新作ランチが出来上がったところなんです。大盛りにもできますよ、ぜひ食べてみてください!」


私が出来立てのナポリタンを、若い衛兵さんの前のカウンターへとそっと運んだ。

真っ赤なソースを纏ったモチモチのパスタの上で、粉チーズがじんわりと溶けていく。

白い湯気と一緒に立ち上る完熟トマトの爽やかな香りに、彼の目がぱっと輝いた。


「うわぁ、美味しそうだ……! では、さっそくいただきます!」


衛兵さんはフォークで麺を豪快にくるくると巻き取り、大きな口でパクリと頬張った。

ひとくち食べた瞬間、彼の動きがピタリと止まり、そのあと、じわじゅわと至福の表情が顔いっぱいに広がっていった。

午前中の訓練やパトロールで疲れていた顔が、見る見るうちに元気になっていく。


「……美味しい! 美味しすぎます、店長さん! トマトの味がすごく濃くて、みずみずしくて、今まで食べたどんなパスタよりも優しい味がします。なんだか、身体の底から一気に元気が湧いてくるみたいだ……!」

「よかった~! 実はそのトマト、裏庭の畑で育てたトマトなんです」


私が厨房の奥を指さすと、衛兵さんはピンクのフリルエプロンをつけたお兄ちゃんの姿を見て、ガタッと椅子を鳴らして驚いた。

お兄ちゃんがかつて世界を救った伝説の勇者アレクであることに、一瞬で気づいたらしい。


「ア、アレク殿……!? まさか、あの英雄様がここに……っ!?」

「気にしないでいいよ。今はただの妹の助手だからね。午前中の任務、ご苦労だった。お前のように街の平和のために汗を流す者がそうやってガツガツ食べてくれるのを見たら、俺までなんだか誇らしい。ニナ、明日はさらに畑を拡張して、世界一美味い最高級のナスやパプリカも植えてみせよう!」

「そこまで一気に広げなくていいから、まずは今のトマトを大事に育ててよね」


カウンターの隅では、リーフィが自分専用のちいさな小皿の上で、一マイルほどに短く切ってもらったナポリタンの麺を、口の周りを真っ赤に染めながら「きゅあ、きゅあ!」と夢中でつるつると吸い込んでいる。その愛らしい姿を見て、若い衛兵さんも「可愛いなぁ」と、すっかり緊張が解けたように笑顔になっていた。


お店が新しいお客様の温かい笑顔で満たされていく中、私たちの愛しい日常は、今日も美味しくて優しい香りと一緒に、のんびりと続いていくのだった。

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