第12話「再会と新しい告白」
大学生活にも慣れ、静かな午後のキャンパスを歩くことが増えた。図書館に立ち寄るのは習慣のようなもので、レポートの資料を探すためでもあるし、ただあの落ち着いた匂いが好きだからでもある。
けれどその日、図書館の奥で目にした横顔は、何よりも強く胸を揺さぶった。
「……東雲?」
本棚の間に立っていたのは、間違いようのない姿だった。少し伸びた髪、以前よりも大人びた雰囲気。けれど、本を抱えるその仕草や、何かに集中している真剣な眼差しは、あの日と何も変わっていなかった。
彼女は一瞬驚いたように目を見開き、やがて小さく微笑んだ。
「……やっぱり、あなたでしたか」
その笑顔を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。ずっと夢に見た光景。再会したら、伝えようと決めていた言葉が、胸の奥からこみ上げてくる。
だが、口を開こうとしたそのとき、時間が逆戻りしたように、心にかすかな恐怖がよぎった。
また彼女を失うかもしれない。今度も届かないかもしれない。
けれど、その迷いを振り切るように、俺は深呼吸した。
「……元気だったか?」
声が震えていないか気になったが、彼女はゆっくりと頷いた。
「はい。新しい学校に慣れるの、大変でした。でも……あのときのことがずっと支えで。だから頑張れたんです」
胸の奥が熱くなる。彼女が言う「あのとき」とは、きっと告白と、そして別れの言葉。
忘れた日はなかった。彼女に出会ったからこそ、俺は「優しさの連鎖」を信じて生きてこられた。
俺は彼女の手元の本に視線を移した。彼女が抱えていたのは心理学の専門書で、難しそうなタイトルが並んでいた。
「相変わらず、本好きだな」
「……ええ。勉強してみたくて。人の心とか、支え合う力とか。あのとき、助けてもらった経験が、きっと私の原点なんです」
彼女は少し照れたように視線を落とした。
その横顔に、かつての「陰キャ」なんて呼ばれていた姿はもうない。強く、前を向いている人間の顔だった。
――今言わなきゃ。
心臓が高鳴る。頭の中では何度もシミュレーションした。けれど実際の言葉は、シンプルでしかありえなかった。
「……東雲。今度は、俺から言わせてくれ」
彼女が小さく首をかしげる。その瞬間、俺はまっすぐに目を見た。
「好きだ。俺と付き合ってほしい」
図書館の空気が一瞬止まったように感じた。心臓が耳の奥で鳴り響く。
彼女は驚いたように瞬きをして、それから顔を赤らめ、ぎゅっと本を抱きしめた。
「……本当に、いいんですか?」
「当たり前だろ。お前じゃなきゃ、意味がない」
静かな空間に、自分の声だけが響く。
彼女は少しの間ためらったあと、そっと唇を開いた。
「……はい」
小さな声だったが、確かに届いた。
次の瞬間、頬を赤らめながらも彼女は微笑んだ。あのとき別れ際に見せてくれた笑顔よりも、ずっと強く、柔らかく。
俺はその笑顔を胸に刻みながら、思った。
やっと止まっていた時計が、動き出したんだ。
「これからは、一緒に歩こう」
「……はい。今度は離れません」
再会の奇跡は、新しい物語の始まりだった。
彼女と俺の未来は、まだ真っ白なノートのように広がっている。
どんな言葉を書き込むのか、どんな日々を重ねるのかは、これからの二人次第だ。
でも一つだけ、確かに言える。
――この再会を運命だと信じている。
そして新しい告白は、二人の物語を未来へつなぐ最初の一行になるのだ。
一章はここで終わりです
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