第11話 優しさの連鎖
別れの日から、どれくらいの時間が経っただろう。
俺はまだ、東雲が残していった「日記」の最後のページを、何度も読み返していた。ページの端には、震えるような字でこう書かれている。
――私の気持ちは、きっとあなたの中で消えずに残る。だから、どうかこれからも誰かに優しくしてあげて。そうすれば、私の気持ちはずっと生き続けるから。
読み返すたびに胸が詰まり、喉の奥が熱くなる。
けれど不思議なことに、その痛みは以前ほど鋭くはなかった。代わりに、どこか背中を押されているような温もりがあった。
彼女が託した「優しさ」を、俺が誰かに伝えていけばいい――。
それが東雲が望んだことなら、俺にできることは一つだ。
◇
放課後の教室。外はまだ春先の冷たい風が吹いている。
俺はノートを閉じて、隣の席に座る後輩の様子をちらりと見た。
「なぁ、どうしたんだ? 元気なさそうじゃん」
そう声をかけたのは、ついさっきまで机に突っ伏していた女子だ。名前は佐伯。二年生で、東雲と同じようにおとなしい性格だった。
彼女は驚いたように顔を上げ、目を丸くする。
「……別に。ちょっと疲れてただけ」
「本当に? 無理してない?」
「……」
言葉を濁すその表情に、俺は既視感を覚えた。かつての東雲も、悩みを抱えながら誰にも言えず、孤独を抱えていた。
俺は深呼吸し、笑みを作って言った。
「疲れてるなら、少し休んでから帰れよ。無理に笑う必要なんてないし」
その言葉に、佐伯は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
俺の中で何かが確かに動いていた。東雲が残したものを、今ここで使うときだ。
◇
その日を境に、俺は意識的に周囲に目を向けるようになった。
忘れ物をしたクラスメイトにノートを貸す。遅れてきた友達に席を残しておく。廊下ですれ違った一年生に笑顔で挨拶する。
小さなことばかりだ。でも、不思議なほど心が軽かった。
東雲が「巡りゆく優しさ」と呼んでいたものが、こうして形になっていくのを感じる。
◇
数週間後。俺は偶然、廊下で佐伯が後輩の男子に声をかけているのを目にした。
「そんなに落ち込まなくていいよ。テストなんてやり直せばいいし、次がある」
励ましの声に、男子は少し照れくさそうに笑った。
――連鎖してる。
俺の胸に温かいものが広がった。
あの日、東雲が俺に教えてくれた「想い」は、俺だけのものじゃない。俺が誰かに伝えれば、その人がまた別の誰かに伝えていく。
そうやって繋がっていくのだ。
◇
帰り道。夕暮れに染まる校舎を振り返りながら、俺は心の中で呟いた。
「東雲……見てるか? お前の気持ち、ちゃんと生きてるよ」
空は少し霞んでいて、涙と夕日の境界がわからなかった。
でも確かに、俺は前に進んでいる。
――小さな優しさが巡れば、世界は少しずつ変わる。
それが、東雲が残してくれた最大の贈り物だった。




