46話「新たなる魔女!?」
都市を守る堅牢な城門の下を通り抜け、俺たちはバティス帝国の首都カドゥシアにやってきた。
アルカ王国の首都バジラントと比べると、全体的にスケールが大きいような気がするのは気のせいだろうか。
「このままメオラまで直行するのは厳しいか」
「そうだね。今日はここに泊まった方がいいと思う」
「これだけ大きな都市に来るのは久しぶりじゃのう!」
シエラは周囲を見回しながらはしゃいでいる。意外と子供なところがあるんだよな、こいつ。
「まあ、とりあえず冒険者ギルドにでも行ってみますか」
「うん」
なにはともあれ、まずは情報収集だ。俺たちは三つの爪痕がある看板を目指して、帝都の大通りを歩いていく。
道行く人に尋ねながらギルドの近くまで来たところで、俺たちはなにやら人だかりができているのに気がついた。
俺は近くにいた中年の女性に声をかけた。
「すいません、なにかあったんですか?」
「いま、『ヴァジュラ』のメンバーがギルドに来てるのよ! みんなそれ目当てで集まってるの!」
「『ヴァジュラ』って?」
その質問をした途端、女性は唖然とした顔で俺を見つめ返した。
「あんた、知らないの!? Sランク冒険者だけが集まる超エリートクランよ! 新聞くらい読んどきなさい!」
肩をばしんと叩かれ、俺は頭を下げる。
「はぁ、すいません」
「ほら、こっち来たわよ! キャー! ジャック様! こっち向いて!」
女性は俺にはもはや目もくれず、一心不乱に手を振った。
「ジャック様」は日に焼けた筋骨隆々の腕を振りながら、観衆に笑いかける。
試しに彼のユニークスキルを見てみると、〈溶断〉と〈爆破〉だった。〈溶断〉は切断面に高熱を加えながら物体を切ることができるスキル。〈爆破〉は文字通り、触れたものを爆破できるスキルだ。
どちらも火力に特化したスキルで、さすがSランク冒険者というだけはある。
他のクランメンバーたちもそれぞれユニークスキルを二つずつ持っており、生まれついてのエリートであることをうかがわせた。
「ふぅん。彼らがSランク冒険者か。なかなかの人気だね」
「Sランクってことは、強いの?」
「ああ。確実に強いだろうな」
「一度手合わせしてみてぇな! おーい! おらと闘らねぇか!」
「いきなり勝負をふっかけるのはやめろ! ややこしいことになるから!」
「あやつらを倒せば妾たちもSランク冒険者になれるのか?」
「そんなわけないだろ!」
「なんじゃ、つまらんのう」
シエラはしけた顔で「けっ」と口を尖らせた。二人とも、脳筋思考はほどほどにしてもらいたいものだ。
「ヴァジュラ」一行が通り過ぎると、ようやく人だかりは散っていった。Sランク冒険者の知名度恐るべし、といったところか。
俺たちは気を取り直して、冒険者ギルドへ足を踏み入れた。
帝都というだけあり、ギルド内は冒険者の活気にあふれている。事務エリアと酒場エリアはそれぞれ別の建物をくっつけているらしく、広々とした空間が広がっている。
俺たちはいつも通り掲示板をのぞいてみた。緊急性や重要度の高い告知は決まって貼り出されるから、ここを見ればどんな事件が起こっているかが一目で分かる。
しばらく眺めていると、俺は気になる一枚のポスターを発見した。
そこには「魔女の湯 毎日営業中」と書いてある。どうやら温泉の宣伝ポスターのようだ。
「なあみんな、これを見てくれ」
「『魔女』ってまさか……」
「そうだとすれば、確かめないとな」
その「魔女の湯」とやらにもし本物の魔女がいるのだとすれば、その真意を探る必要がある。
「よし! 行くか、温泉!」
「本当か!?」
「やった!」
シエラとニアは途端に顔をほころばせた。
「妾、温泉に入ったことがないんじゃ! さあ、早く行くぞ!」
「おい待て、そんなに引っ張るな! いま行くから!」
「やれやれ……魔女がいるかもしれないっていうのに、のんきなものだな」
呆れ顔で肩をすくめるユウキを尻目に、俺はずるずると引きずられていった。
冒険者ギルドから歩くこと約十五分。地図に示された場所にあったのは、古めかしい木造の建物だった。
「これ、大丈夫なのか……?」
「分からない。でも行くしかないだろう」
俺たちは軋むドアを開いて、その中へ恐る恐る足を踏み入れた。
正面には小さなカウンターがあり、その向こうに一人の鷲鼻の老婆が座っている。
左手には階段があり、右手には通路がある。通路の上には「温泉入口」と書かれた看板が貼ってある。
「あの、すみません。ポスターを見てきたんですけど。『魔女の湯』ってここですよね?」
「ああ、そうさ。ようこそ魔女の湯へ」
老婆はそう言うと、よっこいしょと立ち上がった。
「魔女っていうのはあなたのことですか?」
「だったらどうする?」
鋭い眼光で見つめられ、俺はごくりと唾を飲み込んだ。まさか、敵対の意思があるのか――と思ったのも束の間、老婆は表情を崩していひひと笑った。
「冗談だよ。あたしゃただのババアさ。温泉の効能がお肌にいいもんで、女性向けを狙うために『魔女の湯』ってつけたんだよ」
「そうだったんですか」
つまり「空白」から来た者が名乗る魔女の称号は全く関係なかったわけだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
ということは、心置きなく温泉を楽しめるわけだ。
「よし! それじゃ早速入るか!」
「くふっ、楽しみじゃのう!」
「温泉、温泉!」
「一人500ジラだよ」
俺は老婆に五人分の代金を支払うと、温泉に向かう通路へ歩を進めた。
「それじゃ、ここでいったんお別れだな」
「また後でね、アケビ!」
「ああ」
俺は一人だけで男風呂に向かった。
久しぶりに一人でゆっくりする時間が出来たかもしれない。この機会に旅の疲れを取っておこうと俺は思った。