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44話「嵐は突然やってくる」

 ルイさんの家に通い始めてから数日が経った。


 全員でパヤッカから毎日通うのは大変だということで、様子見は二人ずつの組み合わせで交代して行うことになった。

 ちなみに今日は、俺とユウキの二人パーティだ。


 ゾルダ村はパヤッカから歩いて二時間ほどの位置にある。本当なら魔導車や馬を使えば楽なのだが、今後どんなルートで旅をすることになるか分からないということで、結局購入は見送った。


 そんなわけで、俺たちは起伏のある荒れ地をざくざくと歩いている。


「もうすぐ村に着くな」


「そうだね。もう村の人たちに顔を覚えられてしまったよ」


「そりゃ、毎日『変人』のところに通い詰めてりゃな」


 二人でくすくすと笑い合っていると、風に乗ってほのかに漂ってきた臭いがつんと鼻をついた。

 間違いない。血の臭いだ。


「まさか……!」


 俺たちはようやく遠くに見えてきたゾルダ村に向かって駆け出した。


 それからすぐ村に到着した俺たちは絶句した。村人たちが至るところに血を流して倒れていたからだ。


 そのうちの一人の首に手を当てて確認する。脈はなく、体はまだ温かい。殺されてから間もないらしい。

 殺し方は胸部または背中を心臓目掛けて一突き。被害者は全身が枯れた植物のように萎んでいる。


「この殺し方は……!」


「犯人を知ってるのか?」


「間違いない。”アイツ“だ」


 ユウキは表情を固くしながら拳を握りしめた。その両の瞳には、煮えたぎる怒りと憎しみがこもっているように見えた。

 ここは俺が冷静にならなくては。そう思い、トーンをいつもより落としながら口を開く。


「急ごう、ユウキ。ルイさんが危ない」


「……ああ」


 俺は〈加速〉〈身体強化〉〈質量操作〉を、ユウキは雷魔法を使い、上りの山道を一気に駆け上がる。


 いつもの三倍以上の早さでルイさんの家に到着すると、そこには衝撃の光景が広がっていた。


 家全体が燃え上がっており、その周囲には、ところどころに飛んだ火がパチパチと燃えている。


 その明かりをバックにして、緑のドレスを身にまとった女性が、右手で持った木の杖を掲げている。その背中には、ロープで結えられた大きな石板を背負っている。

 杖の先端からは無数の茨が伸び、ルイさんの体にぐるりと巻きついて締め上げている。


 茨の魔女はこちらに顔を向けると、親友に再会したときのように、にかっと笑いながら手を振った。


「あっ、キミはあのときの! 元気だった〜?」


「茨の……魔女……ッ!」


 ユウキは全身から殺気を放ちながら剣の柄に手をかけた。使い魔のルナはそれを察して、近くの地面に降り立つ。


「ほら、キミが早く言わないから面倒くさいことになっちゃったでしょ〜? そろそろ言ったら?」


「ぐあああっ……!」


 茨に締め上げられたルイさんは、苦悶するばかりで全く口を割らない。そんな彼の様子を見た魔女は嘆息した。


「まあいっか。ものは手に入ったし、あとは自分でどうにかできそうだから。キミはもう用済みってことで!」


 茨の魔女は杖を持ち上げると、尖っている方の先端でルイさんの身体を突き刺した。胸部を貫通した杖にルイさんの血が伝う。


「ぐふっ……!」


「ルイさん!!」


「来るなっ……!」


 ルイさんの瞳にまだ光が灯っているのを見て、俺たちは立ち止まった。彼はなにかしようとしている。そう感じた。


「なになに? まだなにかしようっていうわけ?」


「私だっていちおう“賢者”の末裔だからね……ごほっ……それ相応の準備はしてある……!」


「ふぅん。それじゃ、やってみせてよ」


 ルイさんは大きく口を開けると、命の限りに叫んだ。


「ヴァルマ・カベク・グパ・カグフェン!」


「っ……!」


 その瞬間、周囲一帯を吹き飛ばす勢いで猛烈な爆発が起こり、俺たちは後方に吹き飛ばされた。


 爆炎がようやく収まったところで、俺たちはふらふらと立ち上がった。

 そこにあったはずの家は木っ端微塵に吹き飛び、跡形もなくなっていた。周囲の木々は根っこからなぎ倒されており、爆発の威力を物語っている。


 そして茨の魔女はどうなったかというと。

 何事もなかったかのように、変わらずそこに立っていた。


「なっ……!?」


「もう、危ないなぁ」


 茨の魔女が杖を引き抜くと、解けた茨の中から萎れたルイさんの死体が転がり出た。


「まぁいいや。これで四人目終了〜♪」


 俺たちには目もくれず、茨の魔女は背を向ける。ユウキはその姿を見据えながら、ぼそりとつぶやいた。


「……おい、待てよ」


 茨の魔女はそれでも歩みを止めない。


「待てって言ってるだろうがァッ!!」


 茨の魔女は振り返って半身になり、ユウキの刀を杖で受け止めた。


「うっとうしいなぁ。キミに用はないんだけど」


「こっちにはあるんだよッッ!!」


 雷魔法で速度を増したユウキは茨の魔女に斬りかかっていった。一方の魔女は、それをいとも簡単に杖で受け止めていく。

 加勢しようと思った俺が魔剣を抜いたところで、ユウキは叫んだ。


「手を出すな! こいつは私が倒す!」


「へえ。アタシのこと倒せると思ってるんだ。それじゃ、ちょっとだけ遊んであげる」


 茨の魔女は斬撃をいなしつつ、杖から茨を生み出し、ユウキに向かって放った。ユウキは刀に炎を纏わせると、それらの茨を即座に切り刻んでいった。


「もしかして前より強くなった?」


「ああ! お前をぶち殺すためにな!」


「そうなんだ! 頑張っちゃってカワイイ♪」


 迫り来る茨をときにかわし、ときに切断しながら、ユウキは魔女の首筋を狙う。魔女は背を反らしてそれを避けたが、ユウキはそこからさらに一歩踏み込み、返す刀で胴体を斬りつけた。


「やったか!?」


「残念でした〜!」


 茨の魔女は舌をぺろりと出し、斬られたばかりの腹を指差す。ジュージューと焼けている傷口は、みるみるうちに閉じていった。

 茨の魔女のユニークスキルは〈光合成〉。光のあるところでは体力や傷が回復し続けるというものだ。


「ダメなんだ。完全に斬り落とさないと、回復されてしまう」


「そんなのありかよ……!?」


「ありなんだよね〜、これが。それじゃこっちからも行くよ」


 茨の魔女は杖から出現させた十数本の茨をねじり上げると、鋭い先端で素早く突いてきた。

 太くなったその束を斬り落とすことができず、ユウキは苦戦しながら駆け回る。


「なんかつまんなくなってきたし、そろそろ終わりにしよっか?」


 茨の魔女がパチンと指を鳴らす。その瞬間、ユウキがステップを踏んだ地面から何本もの茨が生え、ユウキの体を縛り上げた。


「グルオオオオオ!」


「邪魔だよ、ネコちゃん」


「ギャン!」


 飼い主の窮地に〈縮小化(ミニマイズ)〉を解いて飛びかかったルナを、茨の魔女はいとも簡単に蹴り飛ばした。ルナは近くの崖に激突し、地面にくずおれた。


 ユウキに歩み寄った茨の魔女は、彼女の鼻を悪戯っぽくつんと突いた。


「最後に言い残すことは?」


 ユウキは魔女の顔面に唾を吐きつけた。


「地獄に堕ちろ!」


「あ、アタシの顔に唾を……!」


 茨の魔女はわなわなと震えたかと思うと、鬼のような形相で杖を振りかざした。


「死ね! クソアマ!」


「クソアマはテメェだろ」


「が……っ!?」


 俺の分身体が〈硬化〉した手で杖を受け止めている間に、俺の魔剣が茨の魔女の左腕を切り落とした。首を狙ったつもりなのだが、瞬時に避けられてしまったらしい。


 茨が解けた隙に、分身体はユウキを抱えて離脱。俺もいったん距離を取った。目的は茨の魔女を倒すことではなく、ユウキを無事に救うことだったからだ。


「……アンタ、名前は?」


「アケビだ。アケビ・スカイ」


 茨の魔女は般若のような面で俺をにらみつけながら、ドスの効いた声を上げた。


「覚えておくよ、アケビ・スカイ。その首、必ずもらいに行くからね!」


 茨の魔女は切断された左腕の傷を右手でかばいながら、ものすごい速度で走り去った。


 俺の分身体はユウキを優しく地面に下ろし、消滅した。


「大丈夫か、ユウキ?」


「アケビくん」


「うん?」


「私は弱いなぁ……」


 地面にへたりこんだユウキは、ぼろぼろと涙をこぼしながら俺を見上げた。


 俺は何も言うことができず、隣に座り込んで彼女の肩を抱いた。すると、彼女は俺の胸に顔を埋めてさらに泣いた。


 それからユウキが泣き止むまで、俺たちはしばらくそうしていた。

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