第30話 大きな翼を広げて
これはサクラザカたちが『浮かせる能力』に遭遇する数時間前のことだった。
「……ここがフレインタリアか」
アルタイルはジロー、ベガとともにその街を歩いていた。
どうもここら辺は商店街が並んでいて栄えているらしい。
「フレインタリア北地区は特に人口が多いですしね。いろいろ設備が整っているし、歴史的建築物も多いから観光にも最適なのですよ」
「そうらしいな」
さらに進むと、俺たちはより人が多い路地に出る。
「……おい。ベガ」
「……?」
俺はそいつに手を差し出す。
「迷うと面倒だ。しょうがねえから、手繋げ」
「……はい?」
ベガは目を細め、アルタイルのことを見つめる。
「もしかしてさ」
「……?」
「子ども扱いしてる?」
――子どもじゃないのか?――
アルタイルは心の内でそんなことを思った。
口にはしなかった。もしも、喋ったらベガが不機嫌になる。そしたら、より面倒なことになるのをアルタイルはわかっていた。
「あー。レディーをエスコートするのが男の役目だからなー」
「そうなの。えへへ」
「…………」
棒読みで言ったのにも関わらず、ベガはレディと言われたことに喜んでいるようだった。
彼女はアルタイルの手を握る。
そんなところにジローは言う。
「あの。……僕は」
「おめーはいらねえだろうが」
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街を進むと、あちこちに帝国の騎士がいるのがわかった。
念のため、アルタイルは深い帽子をベガに被らせる。帝国の中でも……上層部の人間しかベガの顔は知らないが、念のため被らせた方がよいと考えたのだ。
「まあ……バレたとしても、そいつら全員叩き潰せばいいだけだけどな」
アルタイルは苦笑いしながら、そんなことを言う。
「……さて、何をするか」
この街に来た理由はとある人物を探すだけ、
だが、実際……フランチェスカという名前だけしか手がかりが無いため、探しようが無かった。
そんなことを悩んでいる彼にベガは言う。
「ねえ。アルタイル」
「……あ?」
彼女はある店を指差した。
「あそこ行こうよ」
「……なんでだ?」
「いいから」
ベガに引っ張られるがまま、アルタイルはそこに向かう。そこは小さな玩具店だった。
「……おもちゃに興味があるのか。やっぱ子どもじゃねえか」
「は?」
「まあ、そういうやつもいるんじゃねえか」
アルタイルは一瞬冷や汗をかいた。
そんな彼のことを気にせず、ベガは言う。
「私。昔から勉強ばっかりさせられてたから、こういうのあんまり近くに無かったんだ」
「……そうか」
アルタイルは、ベガが魔法に関して秀でた能力を持つことを思い出す。それは……才能だけとは言えないほどの力だった。
だから……それに関わるなんらかの教育を受けていたことは彼女を見ればわかる。
「……んで?」
「……え?」
アルタイルは彼女に問いかける。
「どれが欲しいんだ?」
「……いいの?」
「……レディーにプレゼントするのが男の役目だからなー」
「やったー!」
ベガはその店のとある手のひらぐらいの大きさの、糸で編んで作られた人形を手に取る。
「これが欲しい」
彼女がそう言うと、アルタイルは店主に札束を出し、言う。
「これくれ」
「まいどあり」
すると、ベガはまた何かを手に取り、店主に札束を渡す。
アルタイルはそれを見て、ベガに言う。
「おいおい。まだ買いたいものがあったのか? なら、先に」
「ううん。これは私が買いたい」
「あ?」
彼女が持っていたのは、先ほどの人形と同じ大きさで、木で作られ鷲の形をした彫刻だった。
それをなぜかアルタイルに差し出す。
「プレゼント」
「……はい?」
「お返ししたいの」
アルタイルはそれを受け取り、しばらく眺めていた。
すると、店主があることを言う。
「昔はその彫刻にある魔法がかけられていたんだけどね。どんな魔法だかわからなくなっちゃったんだよ。発動する機会が無いし。まあ、普通にお守りとして持っとく分にはさほど問題は無いんじゃないかい?」
「…………」
アルタイルはその彫刻を見て、少し微笑む。しかし、すぐにその笑みを消し、言う。
「わかったよ。受け取っとく……」
そして、ベガの手をつかみ、小さくその言葉を放つ。
「ありがとな」
「……?」
ベガにはその声は聞こえなかった。だが、なんとなくアルタイルが嬉しかったことを悟った。
「うん」
そうして、二人はジローのいる人混みの方へ戻っていった。
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「それにしても……」
アルタイルは周囲の様子を確認する。
「帝国の連中が多いな」
騎士たちがいるのは当たり前だが、監視にしては妙に人が集中していた。
どうも裏に帝国の目的があるような……。
ドスっ!
「……?」
アルタイルは人混みの中で自分に誰かがぶつかったのを感じた。
「……あ?」
「……ああ。すみません」
そこにはフードのついたローブを着た少女がいた。顔をよく隠していたのがわかった。
「……!?」
しかし、アルタイルはそんな中で信じられないものを見た。
少女の両腕に大きく穴が空いていたのだ。
「…………」
少女はフードの隙間から透き通るような薄い金髪を見せながら、人混みの中に姿を消した。
アルタイルはそんな少女のことが妙に気になった。
「……ベガ」
「ん? どうしたの?」
「悪いが、ジローから離れないでいてくれ」
「……えっ」
アルタイルはベガの手を離し、人混みの中を進む。
あの両腕に穴が空いた少女というのが……何かフランチェスカに繋がる手がかりになる。
アルタイルは直感でそんなことを思っていたのだ。




