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異世界の執行人  作者: Kyou
第4章 どんなに傷ついても……
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第21話 空が赤く染まる

――そんなものなの?――


 灰色の瞳をした少年がサクラザカを見つめる。


「……もう……無理だよ」


 日の光で焼ける体を目にし、サクラザカは言う。


「……こんな体じゃ……戦えない」


――……そうかい? でも、それを望んだのは君だ――


 サクラザカは自らの体が吸血鬼になっていると自覚した日のことを思い出す。


――君は……過去の君自身を捨てたからこそ……今、ここで戦えている。違うかい?――


「…………」


――なら……もう恐れるものは何もない。ただ戦うだけ……――


「どんなに壊れても……戦うだけ……」


――どんなに心が折れても、体は動かせる。だから、戦う――


「どんなに辛い現実を目の当たりにしても……現実を見捨てられる。だから……戦う」


――それが……――


「それが……お嬢様を守るために僕がやれることだから」



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 空がしだいに赤く染まる。


 その赤い空を美しく思いながら、少年は立ち上がる。


「……ちっ。まだ生きてやがったか」


 タクトは舌打ちをしながら、サクラザカの前に歩いていく。


「……いいかげん諦めたらどうだ?」


「…………」


 サクラザカは無言でタクトを見つめる。その頬から炎を発しながら……。


「……すみません。少し……見苦しいところを見せてしまって」


「……あ?」


「でも……ここで諦めるわけにはいかないんです」


 彼は夕日を背後に、蛇のように鋭くタクトを捉える。


「僕の大切なものを守るために……僕はまだ戦う」


 がぶりっ。


 サクラザカは自らの左手に噛みつき、血を吸う。


「……あなたの……名前は」


「……タクト」


「タクトさん……ですか」


 そして、燃える体の炎の勢いが強まる。弾き飛ばされた腕が再生するも、燃えて皮膚が再生しきれていなかった。


「……覚えておきます」


「なぜだ?」


「……それが……最低限の礼儀だからです」


 サクラザカは魔素を操り、光の剣を作り出す。


 それを握りしめ、サクラザカはタクトに向かっていく。


「…………」


 無言のまま、その剣をタクトにではなく、横に振るう。


 バギンっ!


 奇怪な音を立てて、金属の破片が飛んだ。


「……っ!?」


 タクトはその光景に驚いていた。


――……メルメルの撃った弾丸を斬ったのか?――


 後ろにさがり、サクラザカの振るう剣を避ける。


「……お前。さっきより反射神経が鋭くなってないか?」


「…………」


 依然として、サクラザカは黙っていた。


 タクトは自分の推測が当たっていると確信した。


「お前は危険だ」


「……!?」


 瞬間、タクトは地面の小石を蹴る。


「…………」


 サクラザカは体を反らせ、小石の軌道を読む。


 ビュウウンっ!


 その小石は異様なほど速くサクラザカの目の前を移動した。


「……おい。そんなことしてる暇あんのか?」


 タクトはサクラザカに殴りかかっていた。


「……ええ。わりと」


「……っ!?」


 サクラザカは足に身体強化の魔法をかけ、その攻撃を避ける。


「意外と……遅いですね。……なるほど。それ以上速く動くと、体がもたないんですよね」


「……こいつ」


 瞬間、サクラザカの剣がタクトに向かう。


「能力を発動……」


 しかし、能力のかかったタクトの体はサクラザカから離れる。


「……やはり、氷結晶がないときついですね。すぐに能力を発動されてしまう」


「おやおや。氷結晶が無くちゃ何もできないってか。笑わせるぜ」


「……そういうわけでは無いんですがね」


「あ?」


 サクラザカは突然、走り出した。


「……んだ? 何をやってやが……」


 その走っていく方向をタクトは見る。その先にはメルメルがいた。


「……なるほどなあ。俺には勝てないが、メルメルを人質にすればどうにかなる……と」


 タクトは笑みを浮かべる。


「あめえんじゃねえか? おらあ!!」


 地面を蹴り、タクトは一気にサクラザカに向かう。


 だが……。


「あ?」


 タクトとサクラザカの間に光が発生する。


「……ちっ!」


 その光は槍の形に変わり、タクトの方に向かっていく。それに気づくと、タクトは自分の体に能力をかけ、それらを避ける。


「さっきより狙いが正確になってやがる。……ちくしょお!」


 このままではサクラザカがメルメルのところにたどり着くのを止めることができない。


 そのことを感じ、余計にタクトは苛立つ。


「サクラザカああああああああああああああ!」



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 サクラザカはメルメルに対し、一直線に向かっていく。


 そんな彼にメルメルは銃口を向け、引き金を引く。


 ダアアンっ!


 その弾丸を避け、さらにメルメルとの距離をつめる。


「…………」


「…………」


 ともに無言のままだった。


 メルメルはその銃を投げ捨て、剣を取り出す。


 だが、サクラザカには向かわず、横に向かって走り出した。


「……なんだ?」


 その行動をサクラザカは奇妙に思った。わざわざ銃を捨ててまで距離を取る意味がわからなかったのだ。


「……まさか」


 バシュっ!


「っ!?」


 突然、サクラザカの頬を何かが傷つけた。


「…………」


 彼はその傷に触れる。どうもえぐられてできたような傷の形状だった。


 まるで、弾丸をかすったかのような……。


 ある程度の予想を立て、メルメルの方を見る。その少女は立ち止まり、こちらを見つめていた。


「……なるほど」


 メルメルの周りを一つの()()が回っていた。それはまるで惑星の周りを公転する衛星のようだった。


「……あなたの能力は……()()だ。それが鍵なんだ。何か……不思議な能力ですね」


「…………」


 メルメルは依然として何も言わず、剣を握りしめる。そして、サクラザカに斬りかかる。


 ガギイインっ!


 サクラザカは光の剣でそれを受け止める。しかし……。


「……しーた……いこーる……(よん)……ぷらす……ろくぶんのいち……π(ぱい)


「……っ!?」


「……あーる……いこーる……10(じゅっ)……せんちめーとる」


 妙だった。少女が唱える言葉の意味を、サクラザカはわからなかった。しかし、何か嫌な予感を感じさせた。


「……こてい……そくど……およそ……600(ろっぴゃく)めーとる……まいびょう」


 瞬間、鋭い瞳でサクラザカを見つめる。


 同時にメルメルの周りに浮かぶ弾丸が、2周ほど回転したのがわかる。


「……能力……解除」


 弾丸が突然、回転の軌道からはずれ、サクラザカに向かっていく。


「……なっ!」


 弾丸との距離はおよそ30センチだった。そんな距離で避けられるはずが無かった。


 バシュっ。


「うぐっ」


 その弾丸はサクラザカの腹に食い込む。


 そんな異様な能力を前に、彼は一度メルメルから離れる。


「……あちゃ……」


 サクラザカの様子を見て、メルメルは呟く。


「……そくど……誤差……ありすぎた。もっとちゃんとすれば……頭……狙えたのに……」


「…………」


 サクラザカは左手に噛みつき、傷を再生させる。


「あなたの能力は……物体を回転させるもの……だと思いましたが、どうやら少し系統が違うようですね」


「……?」


「物体の速度を……()()……そう()()している。あなたの周りを回転するという運動に保存することで、一定の速度に保っている」


「…………」


「いわば、『速度を回転に保存する能力』と言ったところでしょうか」


 サクラザカは広場で無意識のうちに同じ場所を回っていたのを思い出す。それも、メルメルの能力によって引き起こされたものだということがわかった。


「……避けたはずの弾丸が、回転の軌道にのって、再び戻ってきた。そう考えれば、思いもよらない場所から弾丸がやってくるのも理解できます」


「……だから?」


「…………?」


 そんなサクラザカの推測を聞いたメルメルは……。


「私の能力を……理解したところで……」


 その幼い子どもは……幼さに似合わない笑みを浮かべた。


「どうして()()を理解した気に……なってるの?」

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