第19話 覚悟
「……終わりか」
「がっ……はっ……」
グロウブは、血まみれで倒れているサクラザカのもとに歩く。
「……しかしまあ、『浮かせる能力』に耐えながら、ここまで戦い抜いた人間はお前が初めてだ」
そして、背後に大量の光の玉を発生させる。
「そのことを誇りにして、死んでいけ」
ガブリっ!
「……?」
サクラザカはさらに左手に噛みつく。
「……まったく……まだ戦うというのか」
溢れる血でサクラザカの頬が赤く染まる。そんな彼の姿にグロウブは呆れていた。
「どんなに再生しても無駄だ。確実に実力の差が……」
「……ううう!」
「……?」
奇妙なことが起こっていた。
「……魔素吸収レベルが上がっている?」
サクラザカの体がさらに吸血鬼に近づいていたのだ。
「自らの人間の血を蝕んででも……お前は強さを欲するのか。なぜ……そこまで……」
「……それが」
「……?」
「それが僕の生きる理由だからだ!」
「…………」
グロウブは光の剣を作り出し、手に持つ。
「……くだらない。人を殺すために生きるなど……」
そして、過去の自分を重ねる。
「わかった。……もう何も聞かない。お前はその程度のくだらない人間だとわかった。ここで死ね」
光線がサクラザカに向かっていく。
ドガガガガガガガっ!
大量の石の破片や砂ぼこりが舞う。しかし、依然としてグロウブはそこから離れない。
さらに剣を持つ手の力が強まる。
そして、光線を撃ち終わると、グロウブはサクラザカのいたところに斬りかかる。
「……っ!」
しかし、斬り裂いた埃の先に、サクラザカはいなかった。
「……どういう……ことだ」
瞬間。
グロウブは直感で後ろに剣を振るう。
ガギイインっ!
光の剣と氷の剣が激しくぶつかる。
「うおおおおおおおおお!」
サクラザカはさらに剣の力を強める。
突然、背後から現れたサクラザカにグロウブは疑問を抱く。
――こいつ。なぜ急に……――
ふと、サクラザカの足が色濃く赤く発光していることに気づく。
――まさか……身体強化を何重もかけているのか――
「くっ」
氷結晶により、光の剣が破壊される前にグロウブはそれを投げ捨て、後ろにさがる。
しかし、サクラザカの攻撃は終わらない。
「……甘いぞ。そんな身体強化ごときではな」
グロウブは宙に浮く黄色と赤の魔素を操り、サクラザカの背後から光線を発生させる。それは氷の剣を持つサクラザカの腕を宙に吹き飛ばす。
吹き飛んだ腕は『浮かせる能力』の影響を受け、空に落ちていく。
しかし……。
「……なっ!」
サクラザカの目はそれでもグロウブを捉えていた。足にはさらに身体強化の魔法がかけられていた。
「こい――」
サクラザカの蹴りがグロウブの顔面に与えられる。
「ぐおお!」
その勢いでグロウブは地面に叩きつけられる。
「……貴様……」
「あなたは……少し勘違いをしている」
「……っ!?」
「僕は……愚かじゃない」
サクラザカは血まみれになりながらも、グロウブをじっと見つめる。
「……僕が殺す人間は……絶対に罪を持つ人間だ。特に……財団に所属している人間は……お嬢様に危険を及ぼす……」
そして、左手に噛みつき、蛇のように鋭い瞳でにらみつける。
「害虫だ!」
「……なん……だと……」
「だから……殺す。ただ……それだけだ」
その時……サクラザカの背後に光の玉が発生する。それは形を変え、鋭い光の槍に変形する。
グロウブはその光景に驚く。
「……こいつ!」
――魔素吸収レベルが……200を越えている!?――
「バカな……」
グロウブも同様に光の玉を作り出す。
そして……。
ドゴゴゴゴゴゴっ!
互いの弾幕が轟音を響かせながら、ぶつかり合う。
「……ちっ」
ここで、グロウブにはさらに攻撃に魔素を集中させるという手もあった。
しかし、それをすると、周囲の魔素をすべて使いきってしまう。そうなれば、吸血鬼であるサクラザカの方が有利になるのは一目瞭然だ。
「……ふざけるな」
すると、グロウブの耳が鋭くなり、両側の頬に青い痣が発生した。
彼はエルフの亜人だったのだ。
――……もしも、俺ではなく妹が亜人だったら……妹の人間の血が薄くて、あの日吸血鬼にならなかったのかもな――
そして、より魔法の精度が高まる。
――もしも……俺がただの人間だったら――
サクラザカに光線が降り注ぐ。
――あの日、死んでいたのは俺だったかもしれない――
しかし、サクラザカの足は赤黒く変色し、光線を次々と避けていく。
一気にグロウブとの距離を詰めていく。
「……だが……もしも俺が亜人じゃなければ……守れるものも守れない弱い男だったのだろうな」
グロウブは黄色と赤の魔素を集め、光のナイフを作り出す。
そして、それを握りしめ、サクラザカに斬りかかる。
「うおおおおおおお!!」
「…………」
無言のまま、サクラザカはグロウブのナイフを弾き飛ばす。そして、その勢いを利用し、光の槍をグロウブの首に突き刺す。
「ぬおっ……」
「……あなたの罪は……」
そして、サクラザカは拳を赤く発光させる。
「生き残ったくせに……すべてに諦めてしまったこと……です」
「……っ!」
次の瞬間。
拳がグロウブの顔面に叩き込まれる。
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「ああ」
結局、俺は何も守れないまま、終わるのだろうか。
妹を殺し、罪ない子どもから家族を奪い……決めた信念すら突き通せないまま、死ぬ。
「……まあ、俺にはお似合いの人生だったのだろう」
「……お兄ちゃんはそれで満足なの?」
「…………」
そこには同じく緑の髪を持ち、懐かしい顔立ちをした妹がいた。
そんな妹の姿を見た俺は……もう耐えきれなくなっていた。
「泣かないで。お兄ちゃん」
「…………ごめん」
ただ謝ることしかできなかった。
「あの時……お前を殺さなければ、もしかしたらまだ……」
「ううん。きっと変わらなかったと思うよ」
「……?」
妙に清々しい笑顔をしながら彼女は言う。
「むしろ……あの時、私を殺さなければ、きっと被害はあの家だけじゃ済まなかった。そしたら、私はきっと誰にも顔向けできないまま……生きていかなければならなかった」
「…………」
「だから……もっと自分のやったことに自信を持ってほしい」
「……俺は」
「お兄ちゃん」
なんだか悲しそうな瞳で、妹は語りかける。
「お兄ちゃんのしたいことは……なに?」
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「俺は!」
グロウブは自らの顔に緑の魔素をつける。それにはサクラザカの拳を決して放さないという意地があった。
「……!?」
その行動をサクラザカは理解できなかった。グロウブの頭蓋骨がどんどん崩れていく。
「あなたは……何を……」
すると、グロウブは手に魔素を溜めていく。それはやがて一つの魔弾を形成していく。
「絶対に……タクトやメルメルに手出しはさせない。ここでお前を殺す!」
「……っ!?」
その時……サクラザカの腹にその魔弾が撃たれた。
そして、サクラザカの体は真っ二つに弾け飛んだのだった。




