第7話 『認識』
人のいない路上でタクトとメルメルは立っている。
タクトは地面を蹴り走り出す。メルメルも建物に隠れる。
「……面倒ですね」
アデルは手に赤い魔素と黄色の魔素を集める。それは光線を作り出した。
「まずは……」
アデルは向かってくるタクトに拳銃を向けた。
「……そんな拳銃ぐらい弾き返せるぜ」
「兄さん! 避けて!」
「なんだと!」
タクトは遠くから聞こえるメルメルの声に気づく。
ダンっ!
「うぐっ!」
銃弾はタクトの肩に食い込む。慌てて、タクトがその弾丸を抜き取ると、弾丸はまるで氷のように透き通っていた。
「これは……『氷結晶』か!」
タクトにとって、それは初めて見る物では無かった。
『氷結晶』。
それは、武器や防具を生成する特殊能力によって、まれに産み出される物質である。
氷結晶の特徴はさだかではないが、特殊能力、魔法など様々な能力を無効化する力がある。
また、それが生物であるとも言われている。
「まさか……帝国が量産しているとはな……」
アデルはタクトからの攻撃を防ぐと、作った光線を建物に打ち込む。すると、建物は次第に崩れていった。
「…………」
アデルは再度、光線を作り出す。
ザっ!
そこにメルメルが剣で斬り込む。
「…………っ!」
だが、またしてもアデルは一瞬で消えた。メルメルの直感がアデルの場所を捉えていた。
「……兄さん! 後ろ!」
タクトが振り返ると、確かに後ろにいた。
バシュっ!
「くそっ!」
光線をくらい、体ごと押される。タクトは体勢を整え、メルメルの前で立ち止まる。
「……兄さん……大丈夫?」
「…………く」
「…………? 兄さん?」
「……くははははっ!」
タクトが急に笑いだし、メルメルは呆然としていた。
「兄さん? 大丈夫? ……もしかして、おかしくなっちゃった?」
「くくくっ。そりゃおかしくもなるさ!」
路地に笑いが響く。その光景に敵であるアデルは奇妙に感じる。
「行くぜ! メルメル」
「え?」
タクトはメルメルを抱きかかえ、アデルの方へ走り出す。
「……えええ!?」
メルメルは驚きを隠せなかった。いつもは、二人で別々の位置から攻撃するのが一番の戦法のはずだった。
アデルは氷結晶の弾丸を撃ってくる。それをタクトは避け、一瞬でアデルの前まで行く。
「くらいやがれ!」
タクトの拳がアデルに向かっていく。
「フフフッ。何か考えがあると思ったけど、どうやら、そうでもないようね。……能力を発動!」
タクトの目の前からアデルは消える。
「これであなたの攻撃は当たらない!」
ドシュっ
「……え?」
小石がアデルに体に食い込んでいた。
「うぐっ!」
その場にアデルは座り込む。
タクトはそれを見下ろす。
「……てめえの能力は『対象の視界の中を動く能力』……だよな?」
「ひっ……」
「俺たち二人の見ている景色の中をお前は自由に移動していたんだ。だが、連続して移動することができない。だから、必ず背後を取るようにしていたんだ。でなければ、また追いつかれて攻撃を食らってしまうからな。しかし、相手も背後が見えてないんだから、背後に移動することができない」
タクトはメルメルの瞳を指さす。
「そのために俺たちと戦う時は、必ず俺たち二人を相手にしていたんだ。建物をわざわざ破壊したのは、メルメルに戦いの様子を見せるため。そうすれば、片方の人間がもう片方の人間の背後を見る状況が増え、相手の背後に移動することが可能だったってわけだ。……おそらく、俺たちが二人組だからこそお前が送られてきたのだろうな。まあ、最後は逆に移動する場所がメルメルの視界か俺の視界の中だったから、小石の狙いを絞らせてもらったが……」
それを話し終わると、タクトはアデルをにらみつける。
「さて、能力がわかっちまえば、こっちの物だ。なぜなら、メルメルの目をふさいで、俺がお前を叩き潰せばいいだけなんだからな……」
「……ごめんなさい。……許して」
アデルは涙目になりながらも、許しを乞う。
「ちょっと待てよ……。別に殺すわけじゃあねえよ」
「え? それじゃあ……」
タクトは笑みを浮かべながら、アデルを見下ろす。
「……これから邪魔できないようにボコボコにするだけだ」
「……ひっ……」
ドボっ!
笑みを無くし、タクトはアデルの腹に蹴りを入れる。
ヒュウウウンドゴオオオオオオ!
アデルの体は建物を貫き、遠くまで吹き飛ばされる。
その光景をタクトは眺めていた。
「……もしかしたら、うまくダメージを与えられなかったかもしれねえな。やっぱりまだこの体は使い慣れてないから仕方ねえ」
「……兄さん……相手が女でも……容赦ない」
「何言ってんだ? 今は俺も女だからいいんだよ。……それに……」
タクトは再び笑みを浮かべ、メルメルに言う。
「俺たちの業界はそんなに甘くねえ。……そうだろ?」
「……うん……」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
#
「……うう」
だいぶ体を負傷したが、まだ動ける状態だった。
「……くそっ! あのサングラス野郎。今度会ったらぶちのめしてやる」
アデルはタクトに対する恨みを口にしながら、歩き出す。
「今度は……帝国の全勢力を用いて、苦しませながら殺してやる」
「……良くないですね」
「……っ!」
そこには黒髪で眼鏡の女と、赤髪の女がいた。
「おいおい! 買い物中にすげえ奴に出くわしちまったなあ」
「確か……帝国と言っていましたよね」
アデルは嫌な予感がしていた。
「……もしかして、最近話題になってる掃除屋の吸血鬼」
「……話が早くて助かります」
「ひっ……」
その黒い瞳がアデルを見つめていた。それには、確実な敵意という物が宿っていた。
「あなたが帝国の人間なことは置いておいて……確か、苦しませながら殺す……とか言っていましたよね?」
グワワアーン
サクラザカの足が黒く変色する。
「良くない。……そういったことを言うのは非常に良くないです」
そして、さらに赤く発光する。
「あなたの罪は自分以外の人間がどうなろうとどうでもいいと考えていること。……そして、あなたへの罰は……」
サクラザカは足を持ち上げる。
「僕らに拷問をされることです。……別に僕らがあなたにまったく同情しなくても構いませんよね。あなただって他人のことを考えないんだから……」
「ひっ……ひやあああああああああああああああああああああ!」
悲鳴が昼のフレインタリアに響く。
だが、そんな声は民衆の声でかき消されてしまった。




