第2話 フレインタリアの幻影
「はあっ……はあっ……はあっ……」
訳もわからず走っていく。
あの首無しの鎧に連れてかれ、この街にやってきた。
鎧はもちろん怖い。だが、それ以上に恐ろしいことがある。それは自分がどうやって生きてきたのか、まったく記憶に無いことである。
「あっ」
ふと、道の石畳のくぼみに足をひっかけ転ぶ。その時に腕をこすったからか、血が流れていた。
「…………私は……誰……?」
そんなことを考えながら、穴の空いた両腕を眺めていた。
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夕方、俺とサクラザカは食料の確保のため、街に出ていた。
「なあ、サクラザカ。財団って……本当に悪いやつらだけなのか?」
「どうしたんですか? 急に……」
俺は……光を透過する男や、ジェナ、水色の髪の少女など、今まで戦ってきた人間たちを思い出す。
「あいつらは決して純粋に悪い訳じゃなくて、なんかただ利用されてるだけなんだと思うんだ」
「……それで?」
「だから、そいつらを殺すのは俺のやりたいこととは違うんだ。なんて言うか、もっとそいつらを正しい道に戻すべきだと……」
「……それは無理です」
サクラザカは断言した。
「……ジェナちゃんは財団をやめましたが、彼女は自分のやっていることに耐えられなくなったからやめたんです。が、それは稀の考えでしょう。他のメンバーはその行いが間違っているとわかっていても、彼らは受け入れているのです。いわば、それが彼らの生きる理由です」
その男は目を細めながら言う。
「だから……助けることなんてできないんです。それに……」
サクラザカは目を開き言葉を放つ。
「逆らう人間はどんな理由があろうと、一人残らず殲滅する。そう決めたので……」
「…………」
そんな話をしながら、広場にたどり着いていた。
「ところで、サクラザカ。話が変わるんだが、お前って吸血鬼の住む館から来たんだよな」
「ええ。そうですよ」
「そいつのこと好きなの?」
「…………」
サクラザカはこちらを見てくる。なんだか表情は無いが、怒っている雰囲気だ。
「お嬢様はもちろん好きですが、恋愛対象として見るわけにはいけません。その資格が僕には無いので……」
そう言いながらも、なんだか歩き方が微妙におかしくなっている。どうやら、本人が気づいていないパターンだな。
「まあ、それならいいけどよ。もっとこう……他にかわいいと思う子ぐらいいるんじゃねえの? 例えば、ジェナとか……」
「……ジェナちゃんですか?」
「ああ。顔もかわいいし、優しいし、悪くは無いと思うんだが……」
「……あまり考えたことが無かったですね。それに彼女に限らず、財団と戦い始めた時から、そういった物に関心がなかったというか……」
……なんかこいつの中では空回りしてんな。結局、そのお嬢様とやらのことが大好きなだけじゃねえか。
その時、俺たちに起こっている異変に気づいた。
「……なあ、サクラザカ。俺たち、なんでずっと広場を回っているんだ?」
「……え?」
それは無意識だった。話をしていて、自分たちが歩いていく方向を考えていなかったのだ。
「よお。そこのガキども」
不意に、広場のベンチから声が聞こえた。
そこにはサングラスを髪に乗せた男と、キャスケット帽を被った少女がいた。
「そこの眼鏡をかけた方が……サクラザカでいいんだよな?」
こいつら。まさか財団の……。
「悪いが、てめえらにはここで死んでもらうぜ」
その瞬間だった。
サクラザカの目の前に男が移動していたのは……。
「ぐっ!」
サクラザカは腕を組み、防御する。そこに男の蹴りが炸裂し、サクラザカは広場の奥に弾き飛ばされる。
男は口にニヤリと笑みを浮かべ、言葉を放つ。
「ほう……。俺の蹴りを見切るとはなあ。大したやつだ。……やはり吸血鬼の反射神経はすげえなあ」
「くっ」
男がもう一度サクラザカに近づく。俺も援護に向かった。
「サクラザカ!」
だが、目の前に少女が立ち塞がる。
「……行かせない。……タクト兄さんの……邪魔……させない!」
「くそっ!」
少女は剣を取り出し、斬りかかる。俺は魔法で光の槍を作り、それを受け止める。
キイイインっ!
音が広場に響き渡る。
「くっ」
小柄に見えるのに、剣が重い。
もちろん魔法で作った物は実物よりも軽く、弾かれやすい。だが、それにしても力強い剣さばきだ。
おそらく戦い慣れてやがる。
「うおおっ!」
俺は少女の剣を弾き返し、距離を取る。そして、サクラザカの方を確認する。
どうやら、男に吹っ飛ばされ、どこかに飛んでいったようだ。
「あっちは任せるしかねえな……」
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「ぐっ……」
サクラザカはタクトの攻撃を受け、弾き飛ばされる。そして、いくつか建物を貫き、別の広場にやってくる。
「……何なんだ。あの能力は」
その蹴りや拳の威力は常人の物ではなかった。サクラザカはタクトが亜人か、あるいは強化する特殊能力を持っていると考えている。
「どうやら、後者のようですね……」
建物の穴からタクトが歩いてくる。その脚には切り傷ができていた。
サクラザカはその傷からの血の匂いから、タクトが人間に近いと考えている。
「……くくっ。どうやら、特殊能力が何かわからねえってとこだな。お前……」
「…………」
それは図星だった。
いまだにその威力の正体がわからなかった。
だが……。
「ここであなたを殺します」
「ああ?」
ダっ!
サクラザカは地面を蹴り、タクトの近くに寄る。それに対し、タクトは拳をつき出す。
それを捉え、サクラザカは避け、蹴りをタクトに与える。
が…………。
「……甘いぜ。お前……」
「なに!」
バキベキッ!
タクトに触れた脚が折れ、離れていく。
サクラザカは確かに身体強化の魔法をかけていた。だが、まったく攻撃が通用しなかった。
「くくくっ。あばよ」
「くっ……」
サクラザカの顔面に拳を叩き込まれる。その勢いでサクラザカは建物にぶつかり、崩れた瓦礫に埋もれていく。




