第11話 少し昔のお話
二人が川から離れた後、俺も川に近づいてみた。
「俺も少し言い過ぎたな。教える身にはなったとはいえ、まだまだだ」
川の景色は美しい。雲がまったく無く、川の水面が安定している時にしか、これは見れない。
腰からある一本の剣を取り出す。それは氷のように透き通っていて、白い光を反射する。
「やっぱり、ここの景色は最高だな。お前が見たらそう思うのか? グリーン」
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「まさか、こんなに早く迷うとは」
村の大人たちの言いつけを守らず、入ってはいけない森の中に入った。
結果、俺は帰る方向がわからなくなった。こんなことなら、ちゃんと言いつけを守るべきだった。
足は森の枝や、つたに引っかけてだいぶ傷ついていた。そして、ついに血を流し出した。
朝迷い混んだというのに、もうすでに昼を越えていた。
「こりゃ、早めに帰らねえとな」
俺は森で必死に出口を探した。すると、その隙間に光が差し込んでいるのを見つけた。
「出口だ! ついに帰れるぞ」
走り、その光の中に飛び込んだ。しかし、そこは出口ではなかった。
「なんだ。ここ?」
そこには草原が広がっていた。草原の真ん中には一件、家が建っていた。
俺はその建物の近くに寄り、煙突から出る煙を眺めていた。
「誰か住んでるのか?」
よく見ると家の扉が開いていた。近くに寄ると中には誰もいないことがわかる。
俺は中の様子を見てみた。
すると、俺はテーブルの上に大量の本を見つけた。それらは、『始まりの人』や『魔人襲来』といった小説ばかりだった。
「誰!?」
「……えっ」
俺が本をペラペラめくっていると、扉に日傘をさした少年がいるのに気がついた。見たところ、俺と同じくらいの歳のようだ。
「すまん! 勝手に入って悪かった。今、出てくからさ」
「ん……君、足を怪我してるのかい?」
少年は俺が勝手に入ったことよりも、脚の傷の方が気になったようだった。
そういえば、人に会った驚きでそのことを忘れていた。少年は俺の前で座った。
「ちょっと見せてみて」
「ちょっ! 大したことねえよ。少しくらいどうってこと無いさ」
そして、その少年は俺の傷に手をかざす。
驚くことに、その傷がどんどん治っていった。
「えっ! 今、何したんだ!?」
「何って……魔法だよ? 知らないの?」
「はあ! 魔法なんて本当にあるのかよ! すっげえええ」
俺はたちまちその魔法に夢中になった。
「どういう仕組みなんだ!?」
「……どういうって? 普通に使えるんじゃないの?」
「いやいやいや。そんなわけないじゃん」
少年は不思議そうな顔をしていた。いや不思議なのはこっちの方だわ。
「あっ。そういえば、怪我、治してくれてありがとな。俺はライリー。森で迷ってここに来たんだ」
「ははっ。森で迷ってここに来るなんて初めて聞いたよ。僕はグリーン。人間の言うところの吸血鬼ってとこかな」
「……おうっ。よろしくな。グリーン。……はあ! 吸血鬼!」
少年はこちらの反応を見ると、顔をうつむかせる。
「そうだよね。やっぱり吸血鬼だって聞くと皆、怖がるよね」
「かっこいい」
「えっ」
今度はその少年が驚いた。
俺はどんどんわくわくしてきた。
「吸血鬼ってさ。夜の王って感じがしてすげえかっこいいじゃん。そんな存在に会えるなんて俺、すげえ嬉しいよ」
「吸血鬼が……かっこいい?」
少年はなぜか涙を流した。
「えっ!ちょっと大丈夫かよ!?なんか悪いこと言っちまったか?」
「いや、違うんだ。嬉しいんだ。かっこいいって言ってもらえて」
「なんで、それで泣くんだ?」
俺はいまいち理解できずに困惑していた。
「改めてよろしく。ライリー」
「おっおう。よろしくな。グリーン。そうだ!良いものやるよ」
「良いもの?」
俺は近くの机に手をかざす。そして、光を集中させる。
しだいに、光は目に見える物質を作り出し、形を変えていった。やがて、その物質は一本の剣を生み出す。
「わあ。すごいなあ。なんだい?これ」
「これはな。特殊能力って言うんだ。俺にしかできない能力なんだぜ」
「すごいなあ。僕にも何か使えるのかなあ」
「どうだろうなあ。俺が使えるようになったのは崖から落ちた時だったからな」
少年は目を丸くし、状況をつかめずにいた。
「崖から……落ちた……? よく生きていたね」
「気づいたら手に剣を持っていてな。それを崖に刺して助かったんだよ」
「でも、すごいなあ。……そうだ! 特殊能力を教えてくれない? 僕も君に魔法を教えてあげるからさ」
「おっ。いいのか? 俺からもぜひ頼むぜ」
そうして、俺たちは仲良くなった。
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それから、俺とグリーンは時々、その森の草原で出会った。会うたびにいろんな遊びをし、12歳の少年たちはすぐに打ち解けていった。
また、魔法を教わってから、その力を使い、俺は村で大きな活躍を得ることができた。
だが、グリーンのことを親に話すと、俺はなぜだか怒られてしまった。どうして、そんなに怒られたのか。当時の俺は森に入ったからだと思っていた。
ある日、俺は再び草原に行った。しかし、そこには家など無かった。まるで、彼がいたのが幻だったかのように彼は消えてしまった。
ようやく、俺はわかった。吸血鬼というのは、世間では嫌われ者である。どうもだいぶ昔、吸血鬼が世界を支配し人々に恐怖を与えていた時代があったらしい。
そのため、あの森には吸血鬼が住んでいると言われているから、村の大人たちは森に入るのを禁じていたのだ。
それから8年が経った時、俺は旅に出た。理由はあいつを探すためだ。あんなに仲良くしていたあいつを見つけずにいるのは、俺の心が許さなかった。
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俺は今、市場にいる。
「やあ。お客さん。一つ買い物して行きませんか?」
卑しい顔をした商人が、そこにはいた。まあ、旅の途中の暇潰しには良かったので、品を見ていくことにした。
「……なんだ。これは?」
俺はある薬品を指さす。
「それはですね。あまり……人前では言えないんですが。人を違う生き物に変えてしまう薬なんですよ。……どうです? 一ついかがですか?」
「いやあ。さすがにそんな危ないものはもらえないよ」
そうして、俺はすぐにその場を去ろうとした。その商人は言葉を放つ。
「まあ、必要になったら。言ってください。すぐに駆けつけますから」
商人の顔は醜く微笑み、俺は鳥肌が立ってしまった。気分を悪くしそうだったので、すぐに泊まっている宿屋に戻った。
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「遅かったね。ライリー」
部屋のベッドにはクロエが座っていた。今はこいつに戦い方を教わりながら旅をしている。
「ちょっと変な商人に捕まっててな。それにしても、気味が悪かった」
「珍しいねえ。ライリーが苦手な人がいるだなんて」
「わりと俺は人見知りするタイプだからな。ある程度付き合いがあればそれなりに接することはできるのだが」
さすがにあの商人とは仲良くなれなそうだ。
俺は部屋に届いていた夕刊を受け取り、読み進める。
「なるほど。明日、この町に皇帝が来るらしいな。なんでも、ここら辺に別荘があるとか……」
「へえ。そうなんだ。その人は面白いひとかな」
「そうだな。少し調べておいても良いかもしれないな」
そして、俺は夕刊をテーブルに置き、明日に備えて睡眠を取るのだった。
「おやすみ。ダーリン」
「……その呼び方はやめてくれるか? 別に付き合ってるわけでもないんだぞ」
「照れてるライリーはやっぱりかわいいね」
俺は無視し、目を閉じる。
まさか、これが俺の人間としての最後の夜になるとは思いもしなかった。