第10話 僕はあなたのことが……
「どうしたの!? サクラザカ! ちゃんと説明をして!」
僕は今、お嬢様の手を握り、森を走っている。
理由はあの新聞を見たからだ。40人の兵士が来るのはさすがにやばすぎる。
僕は焦っていた。前回、1人でもあれだけ強かった兵士が、40人もいるとなると、その強さは想像を越えていた。
早く遠くに逃げないと!
「ねえ! サクラザカってば! 放して!」
「ちょっ! お嬢様!」
お嬢様は僕の手を放した。すると、急に頭を抱えていた。
「ううっ」
「大丈夫ですか? どこか痛むんですか?」
問いかけても、お嬢様はそのまま、うめいているままだった。
「なんで、こんなことをするの……?」
「お嬢様……今、あの館にいると危険なんです。だから今の内にこの森から逃げないと」
バタッ
「……お嬢様?」
彼女はそこで倒れていた。顔は青く、苦しそうだった。
「お嬢様! しっかりしてください! お嬢様! お嬢様!」
辺りに自分の声が響くのを感じる。その音を聞いてか、木にとまっていたカラスの群れが飛んでいった。
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「アリアには呪いがかけられているんだ」
「えっ」
僕は一瞬耳を疑った。呪いと言ったのだろうか。
ライリーさんはベッドに横たわるお嬢様に回復魔法をかけながら、話し出す。
「この館でこいつを見つけた時にはもうかけられていた。それはこの館から一定の距離を離れると発動する。高い熱や頭痛を起こし、最悪の場合は死に至る呪いだ」
「そんな…………」
回復魔法をかけ終わり、ライリーさんはお嬢様に向けていた手をおろす。
「もう峠は越えたな。おそらく安静にしていれば、治るだろう」
「……良かった。……本当に良かった」
お嬢様の前でうずくまる僕を、見下ろしながらライリーさんは言う。
「何が良かったんだ?」
ドスッ!
彼は僕の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。背中に痛みを感じた。
「今、ちょうどタイミング良く俺が森で会ったから良かったものの、お前一人だったらどうなってた? ひょっとしたらアリアは死んでたかもしれないんだぞ。それを踏まえて何が良かったか、言ってみろ」
ライリーさんの表情は今まで見たこと無いぐらい怖く、怒りを表していた。その表情に僕は何も言い返せなかった。
胸ぐらを放されると一気に体の力が抜け、壁の前に座り込んでしまった。
「お前はこれからこいつを守っていかなくちゃならねえんだ。なのに、こいつを危ない目に合わせてどうする。やるべきことをちゃんと見極めろよ」
「……………はい」
その返事は後悔と懺悔の心で溢れていた。それを聞き、ライリーさんは部屋を出ていく。
僕はもう一度お嬢様の顔を見た。昨日までに比べてその顔はやつれていた。
「僕のせいで……お嬢様を……」
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あれからしばらくして、僕は自分の部屋で考えていた。
どうすれば、お嬢様を助けられるのか。そのことばかりが頭を埋めた。しかし……良い考えなど浮かぶはずも無かった。
執事服はだらしなく脱げていて、鏡で自分を見てみると、その顔はひどく疲れていた。
「何が正しくて、何が間違っているんだろうなあ」
ずっとそんな疑問にぶち当たっていた。
突然、部屋の扉が開いた。そこにはお嬢様がいた。僕はお嬢様の姿を見て、焦った。
「お嬢様! もう体は大丈夫なんですか?」
そう問いかけるとお嬢様はこちらを睨む。当然のことだ。あれだけひどいことをしたのだから。
お嬢様が手を見せる。おそらくこの後、顔を叩かれるのであろう。僕にはその覚悟ができていた。
しかし、予想ははずれ、お嬢様は僕の手をつかんだ。そして、部屋の外へ引っぱった。
「あの……お嬢様! どこへ行くんですか?」
「いいから、着いてきて」
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20分ほどかけて、僕とお嬢様はあの川に来ていた。辺りは暗く、もう夜だった。
「あの。お嬢様? いったい何を…………」
僕はその景色に見とれてしまった。
月の光を映し、川が輝いていたのだ。それは昼とは違った美しさを醸し出していた。
空の星や月の光と水面に映った月の光は絶妙なコントラストを描いていた。
「すごく……綺麗……ですね」
「昔ね。よくライリーさんに連れてきてもらったの。世界にはこんなに美しいものがあるんだって、教えてくれた。だから、私は今もいろんな知らないことを知り続けているんだって。私の周りはまだ未知で溢れているんだって、ここに来るとわかるんだ」
「お嬢様……」
「今回、あなたに私の呪いについて話してなかった私も悪いの。でも……サクラザカ……」
お嬢様はこちらを向く。
「一人で抱え込まないで……。苦しみや悲しみは分かち合えばいい……。そんな風に閉じこもらないで、私のそばにいてほしい。あなたは……私の……」
彼女は少し考えて、それから言った。
「執事なんだから」
僕は膝から崩れ落ちた。すでに涙も流していた。彼女は苦しみを与えられたことに対し、怒っていたのではなかった。
彼女は僕が一人で考えるのを許せなかったのだ。彼女が一人で考えて悲しむ僕を見るのが嫌だったのだ。
涙は止まらない。こんな風に誰かに優しくされたのはいつぶりだろうか。
同時に自分が、お嬢様のため……と言っておきながら、彼女のために何もしていなかったことに気づいた。
ずっと自分のことばかりだった。そんな気しかしなかった。
「お嬢……様……ごめん……なさい……。僕は……結局……お嬢様のことを……考えて……いなかった」
「それは違うわ」
お嬢様は僕に言う。
「あなたは私のことを考えてくれた。だから今回のことが起きた。そのことを許すわけではないけれど、あなたにはもっと自分のことも考えてほしい。お互いのことを考えるのも必要だけど、あなたが自分のことを考えないのは私が許さないわ」
「お嬢様……ありがとう……ございます」
その日、僕は小さい子どものように泣いた。こんなに泣いたのは初めてだった気がした。
お嬢様は僕が泣き止むまでそばにいてくれた。




