第9話 僕は世界を知りたい
三週間。長いような短いような間だが、僕が異世界に来てからそのような時間が経っていた。
快晴の日ざしを受け、道を走る。
ビシッ!
木剣と木剣がぶつかり合う。その反発で体は大きく跳ね返される。
僕は足に身体強化の魔法をかけ、一気に彼との距離を縮める。足は赤く発光している。
「そんな動きでは俺は倒せないぞ」
「やってみなくちゃわかりませんよ。ライリーさん」
僕は左斜め下から剣を振りかざす。ライリーさんはそれを受け止め、跳ね返す。
その跳ね返す力を利用し体を回転させ、もう一度追撃する。だが、それもライリーさんには読まれてしまった。
「がはっ」
僕は木剣ごと吹き飛ばされた。その勢いで地面に尻餅をついてしまった。
「今のはマシだったが……まだまだだな。……ほらっ」
そう言って、水の入った袋を投げつける。僕はそれを目で捉え、つかみ取る。
「魔素探知はもう完璧だな。そいつに浄化魔法をかけておいた」
どうりで、なんか水色に光っていたわけだ。
水を飲み、喉を湿らす。やはり、運動をした後の水分補給は最高だ。
ライリーさんに稽古を始めてもらってから、だいぶ時間がたった。だからか、この人が不器用ながらも、僕やお嬢様のことを思って親切にしてくれていることに気づき始めた。
唐突にある疑問が浮かんだ。
「そういえば、ライリーさんは誰から戦い方を教わったんですか?」
「そうだな。単純な戦闘はクロエから教わった。だから、わりとあいつには敵わないところもある」
クロエさんって、実はすごい人だったりするのだろうか。まあ、剣を突きつけられた時の恐怖は忘れられない。
「魔法に関しては、アリアの父親から教わった」
お嬢様のお父さん。前の皇帝。いまだに謎が多い人物だ。
「俺が昔、森で迷った時にな。ちょうど同じ年頃だった俺らはすぐに仲良くなった。その時に教わったんだ。だが、それから会わなくなってな。次に会ったのはあいつが死んだ時だった」
「そう……だったんですか」
「いまだに俺は帝国軍……当時の反乱軍をあまり信用していない。やつらから聞いたあいつは俺の知っているあいつとは大きく違っていたからな」
帝国軍。この世界を征服している帝国が従える軍隊。だが、その本性は謎のままだ。
「お嬢様のことはいつ知ったんですか?」
「アリアは、あいつが死んでから、森の奥にある館……ここで見つけた。アリアが五歳の時だったかな。母親はどこに行ったのかわからなかった」
お嬢様の母親については、お嬢様自身もまったく覚えていないらしい。
何か妙な感覚がした。そこに大切なものが隠されているような……。
「さて、そろそろ稽古を再開するぞ」
ライリーさんの声で、僕は一旦思考を切り替える。
「はいっ!」
そのまま僕とライリーさんは木剣を打ち合った。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「いたたたたっ」
打ちつけられた腰を撫でる。
「本当に稽古の時は容赦ないなあ。あの人」
今、僕は書斎にいる。この書斎を見てから僕も読書に興味があり、暇な時はここで本を読んでいる。もちろん、お嬢様の許可をもらっている。
この三週間、多くの単語を学んで、ある規則性に気づいた。それはこの世界の文字が五十音を元に作られていることだ。だから、発音が同じため、会話は普通にできたのだろう。
しかし、単語ごとに多少の文字の違いがあるため、決してスラスラ読めるわけではない。
「ええと。これは『青い』……『魔素』……『正四面体』……『回復魔法』……」
どうやら、青い魔素を正四面体の頂点に並べることで回復魔法の配列を組むことができるらしい。
魔法は魔素の配列によって使える魔法が決まる。そして、発動にはその配列に並べられた魔素にどのような魔法を使うのかをイメージしなければならない。
僕が使っている身体強化の魔法も、赤い魔素を正三角形の頂点に並べ、使いたい箇所の動きをイメージすることで使える。
ただ、魔素探知だけはこれに当てはまらず、いまだに解明されていないらしい。
書斎の扉からお嬢様が入ってきた。
「あら。こんなところにいたの?」
「はい。今の内にいろんな魔法を知った方がいいので」
「……よくがんばるわね。使えない魔法なのに」
この世界ではそれぞれ個人に、魔素吸収レベルというものがある。そのレベルはどれだけの強さの魔法を使えるかを示している。
例えば、僕は魔素吸収レベルが16なので、レベル10の身体強化の魔法を使える。
しかし、回復魔法はレベルが20なので使うことができない。
また、魔素吸収レベルはどれだけ魔法を両立して使えるかを表す場合もある。
例えるなら、僕はレベル10の身体強化とレベル3の魔素探知を同時に使える。合計でレベル13で、僕のレベルの16より低いからだ。
逆にレベル10の身体強化とレベル15の武器強化は同時には使えない。
でも、僕はいろんな魔法を知るべきだと思った。
ライリーさんは、どんなことでも、相手の気持ちを理解できたやつが上に行く、と言っていた。だから、
「相手を理解できた方が、戦いで勝つ可能性が大きくなると思って」
「ふーん。まあ、私がいれば大丈夫だから心配すること無いのに」
確かにお嬢様はとても強い。だけど、ライリーさんが言うには敵には相性というものがあり、どんな人間でも100パーセント勝てる相手はいないそうだ。
だから、きっとお嬢様にだって苦手なものがあるはずだ。
すると、お嬢様が僕に話しかける。
「そうだ。サクラザカ。お茶を持ってきてくれるかしら?」
「はい。すぐにお持ちします」
僕は本をしまい書斎を出て、キッチンへ向かった。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
僕はキッチンへ向かう途中、エントランスの扉から何か気配がした。
「誰か来たのかな」
僕は恐る恐る扉に近づき、開けてみる。そこには、
「あのう。すみません。水を……くれま……せんか…………?」
今にも倒れそうな少年がいた。歳は14歳くらいに見える。
「えっ。あの……大丈夫ですか?」
「水を……くだはい」
「水ですね!わかりました」
僕は急いで水汲み場へ行く。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「ぷはあっ。いやあ、助かったでござるよ。本当にサクラザカ殿は命の恩人ですぞ」
その少年は水を受けとると、すぐに頭から被った。すると、さっきまで干からびていたのが嘘のように肌が潤っていた。
「ところで、あなたはどちら様でしょうか?」
「拙者はカッパのサブローでござる。いやあ、川を下って、森で迷っていたら、つい頭の皿に水を入れるのを忘れていて、これからは気をつけねばいけないですなあ」
サブローさんはハキハキと話し始めた。若干、そのテンションに着いていけなくなっていた。
「ところで、ここから川にいきたいのですが、どこにあるかわかるでござるか?」
「川……ですか? 川ならそこの道を真っ直ぐ行けばすぐですよ」
「おう。そうでござったか。いやあ、やっぱり歩く時は道を歩くのが一番でござるなあ」
逆にどうして森の中を歩こうとしたのだろうか。
「そうだ。これは兄上たちと一緒に作った新聞でござるよ。助けてもらったお返しにどうぞ!」
「ああ、ありがとうございます」
最近では、文字を使うタイミングがあると楽しくなってきた。ええと、なになに……タロー新聞……絶対この人のお兄さんの名前だ。
「いやあ。本当にありがとうでござる。この恩はいつか返すでござるよ! では、さらば」
「はい。お元気で」
彼は門の向こうへ行った。僕も扉を閉め、中に戻る。
それにしても、変わった人だったなあ。まさか、他の人がやってくるとは。ライリーさんやお嬢様に話したらびっくりしそうだな。
僕はもらった新聞を読み進める。
「ええと……『新しい魔法の発見』……へえ、すごいなあ。……えっ」
そこにはまだまだ僕が知らない世界のことが書かれていた。
「『森へ向かう兵士たちが次々と失踪』……か」
やはり、あの事件のことも詳細ではないが、書かれていた。
「『それなのに最近では森への調査が多い』……『うわさでは都合の悪い兵士たちを殉職させるために調査に向かわせている?』……なんだこの内容は」
あの騎士の男がどれだけ焦っていたかがわかった。彼はあの仕事を遂げなければ、帝国に見捨てられていたのだろう。
新聞には、あくまでうわさと書かれているが、男の様子を見る限りおそらく本当だった。
帝国軍が信用できない理由がよくわかった。
そして、ここからが恐ろしい内容だった。
「『三日後、40人ほどの兵士を森へ調査に向かわせる。果たして、森の真相はあばかれるのか』……えっ」
平和な日々というのは長く続かないものである。