第29話: 衰退した都市
灰色の霧がコトラットの空に低く垂れ込めていた。
夕暮れだろうと、夜だろうと、朝だろうと……この世界は、希望を抱くことを忘れてしまったかのように変わらない。人間とは実に不思議なものだ。天気までもが、彼らと共に憂鬱になるらしい。
ソーニャとザラビスの背後で、青いポータルの光がゆっくりと消え去ると、冷たい風が荒れ果てた通りを吹き抜けた。
ソーニャは湿った地面に尻もちをつき、胸元を押さえていた。さっきまでの過酷な修行と長い逃亡のせいで、呼吸は荒く、肩は激しく上下している。
辺りには暗い森と、風にそよぐ枝の音だけがあった。
ザラビスは数歩先に立つと、指を鳴らした。
カチャリ。
ポータルがまるで内側から鍵をかけられた鉄の扉のように、音もなく閉じられる。
彼は少しだけ振り向く。
「よし。これでコトラートの町からは十分に離れた。次元の痕跡も完全に断っておいた」少し間を置いて、彼は付け加える。「……少なくとも、当分の間はな」
ソーニャはゆっくりと立ち上がり、ほこりだらけのスカートとジャケットをはらう。
「ポータルなんて大嫌い……」彼女はぼそりと呟く。「体の中身をねじ曲げられるような感じがするの」
ザラビスはどこか余裕のある様子で頷く。
「人間の体は、空間を飛び越えるようにはできていないからな」それから彼は少し考えるようにして言った。「……それとも、お前が単に乗り物酔いしやすいだけか」
ソーニャは鋭く睨みつける。
「私が酔いやすいだけなんかじゃない!」
二秒間の沈黙。
次の瞬間、ソーニャの体がふらりと傾いた。
ザラビス:「ほらな」
ソーニャ:「だまれ!」
ザラビスの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。ほんの少しで、ほとんど見えないほどだったが……
ソーニャにはちゃんとわかった。
そして不思議なことに……それを見ただけで、彼女の心は落ち着きを取り戻した。
二人は見知らぬ森の中を歩き始める。木々はどれも高く曲がりくねり、まるで空へ手を伸ばそうとする痩せた腕のように見えた。
ソーニャは自分の体を抱きしめるように腕を組む。
「それで……これからどうするの?」
ザラビスの足が止まる。
ポータルから出てから今までで、初めて彼の表情が完全に真剣なものへと変わった。
おどけた様子もなく、
だらけた雰囲気もなく、
奇妙なことを言っては楽しんでいる悪魔のような姿は、そこにはなかった。
その瞳は鋭く、すべてを見通すような光を帯びていた。
「ソーニャ」
彼の声の調子に、ソーニャは自然と背筋を伸ばした。
「お前の力の成長が速すぎる。たった一晩で魔眼に目覚め、独自の技まで生み出した」
ソーニャはゆっくりと瞬きをする。
「それって……悪いことなの?」
「普通の人間にとってか? 極めて悪い状況だ」
ソーニャは慌てる。
「ええっ!?」
ザラビスは小さくため息をつく。
「お前の体はまだ準備ができていない。お前自身も理解していない力に、魂が無理やり適合させられている状態だ」彼は真っ直ぐに彼女を見つめる。「このまま無理を続ければ、体の内側から崩壊するぞ」
ソーニャは押し黙り、
指をぎゅっと握りしめる。
「……でも、私は強くならなきゃいけないの」
夜風が二人の間をすり抜けていく。
ザラビスはしばらく彼女を見つめていたが、やがて小さく鼻を鳴らした。
「ああ。それはわかっている」
「だからこそ、俺たちはお前の街へ向かう」
ソーニャは少し驚く。
「なんでそこへ?」
「お前が土地勘のある場所だからだ」彼は当然のように言う。「次元をさまようネズミのように逃げ回るよりも、お前が状況を把握できる場所で戦う方が、俺にとってもやりやすい」
ソーニャ:「……言い方がすごく失礼なんだけど」
ザラビス:「俺は悪魔だからな」
「それって最も手抜きな理由だと思う」
「ふん。だが一番効果的な答えでもある」
そう言うと、ザラビスは手を差し出した。
ソーニャは首を傾げる。
「え? 何するの?」
ブワッ——
ザラビスの体が黒と赤の光の粒子となって弾け、
暗いオーラがゆっくりと渦巻く炎のように形を変える。
そしてソーニャの目の前に……
一振りの長い剣が姿を現した。
刃は真っ黒で、まるでマグマの血管のように赤い筋模様が走っている。柄は細身だが、それだけで身震いするほどの重厚な気配を放っていた。
剣はソーニャの顔の前までゆっくりと浮かんでくる。
次の瞬間、ザラビスの声がその剣の中から響いた。
「俺がお前の剣になる」
「前にも同じようなことを言っただろう?」
ソーニャは口をぽかんと開ける。
「き、剣になれたの!?」
「まあな」
「なんで今まで言ってくれなかったの!?」
「それが普通のことだと思っていた」
「全然普通じゃないから!」
剣がまるで考え込むように、くるりと小さく回転する。
「……人間という生き物は、いちいち面倒くさいな」
ソーニャはゆっくりと柄を握る。
手に伝わる温度は、ほんのりと温かい。
まるで生きているかのよう。誰かの手を握っているような感覚だった。
ザラビスの声が再び響く。
「この形の方が安全だ」
「それに、目立たずお前を守るには最も適している」
少し間を置いて、彼は付け加える。
「……それに、こっちの方が格好いいだろ?」
ソーニャは小さく鼻を鳴らす。
「意外と見た目を気にするタイプなのね」
「俺は長く生きすぎているからな」
「少しぐらい格好良くなければ、退屈で死んでしまう」
その言葉は冗談めいていたが、その響きの奥には、何か別のものが潜んでいるように感じられた。
——孤独。
ソーニャはそれについては何も触れず、
ただ剣をさらに強く握りしめた。
「わかった」
「じゃあ、帰りましょうか、悪魔さん」
剣が小さく震える。
「ふん」
「いいだろう。お前のちっぽけな世界を、とくと見せてもらうとしよう」
荒廃した街
二人が目的の場所に辿り着いたのは、夕暮れ時のことだった。
今にも崩れ落ちそうな古びた建物の上を、灰色の霧がゆっくりと流れている。
朽ち果てた木製の門の前には、大きな看板が掲げられていた。
——「ようこそ、コト——」
文字の残りは、すっかり焼け落ちて読めなくなっている。
この街では、看板でさえ生きることに絶望してしまったらしい。なんとも悲しい光景だ。
ソーニャは歩みを止め、
ゆっくりと目を見開く。
「……これが、私の街なの?」
ザラビスの声が剣の中から響く。
「理論的にはな。間違いなくお前の故郷だ」
「精神衛生的に言えば……この場所にはカウンセリングが必要だな」
二人はゆっくりと街の中へ入っていく。
通りは静かだった。不気味なほどに静かで、
家の扉は壊れ、窓ガラスは割れ、壁のあちこちには古びた血痕さえ残っていた。
ソーニャは唇を噛みしめる。
「昔は……こんなんじゃなかったのに」
ザラビスは何も答えなかった。
彼でさえ、この空気に充満する恐怖の臭いを、はっきりと感じ取っていたからだ。
その時——
足音。速い。
金属の擦れる音。
下品な笑い声。
細い路地の奥から、汚らしい身なりの男たちが十四人も現れた。目は血走り、野性的な光を宿している。ナイフや鎖、中には手製の武器を持っている者もいた。
そして彼らはソーニャを見るや否や……
その笑顔を、邪悪なものへと変えた。
「おい! 女がいるぞ!」
「へへっ……なかなかの上玉じゃねえか」
「一人ぼっちで来るとは、いい度胸してるぜ……」
ソーニャは反射的に一歩後ろに下がり、
手が小さく震える。
すると手にした剣が、低くうなり声を上げるように震えた。
ザラビスの声が素早く響く。
「ソーニャ」
「落ち着いて、息を吸え」
ソーニャは何とか自分を鎮めようとする。
「よく見ろ」
「あいつらは昨日片付けたゴミどもと同じだ」
ソーニャの瞳が、ゆっくりと冷たい色に変わっていく。
だがザラビスには、彼女の心臓がバラバラになりそうなほど速く打っているのがはっきりとわかっていた。
そして彼は、生まれて初めて明確に理解した。
ソーニャはまだ、ただの子供なのだと。
どれほど強大な力を得ようとも……彼女は恐怖を感じる、ただの少女なのだと。
ザラビスは少しの間沈黙し、
それから——
ほんのわずかだけ、剣から放たれるオーラの出力を上げた。
ほんの少し。
だがそれだけで、ソーニャの周囲の空気は、ふわりと温かく包み込まれる。
「さあ」
「もう二度と、お前が被害者になることはない。それをあいつらに教えてやれ」
ソーニャは目の前の悪党たちを睨みつける。
呼吸がゆっくりと整い、
魔眼の赤い光が、彼女の瞳の中で鮮やかに燃え上がった。
「……そうだね」
前にいた男たちは、逆に笑い出す。
「何だあの目! 強がってるだけじゃねえか!」
ソーニャは剣をさらに強く握りしめ、
次の瞬間——
彼女は地面を蹴り、一直線に突進した。
「死ね! 死ね! みんなまとめて変態野郎がああ!!」
ザラビスは剣の中で大きく笑い出す。
「はっはっは! それでこそだ——」
「だまれ!」
「……はいはい、わかった」
宇宙最強クラスの悪魔でさえ、タイミングが悪ければ怒られる。世の中、案外平等にできているらしい。
街路での戦い
最初の男が鉄の鎖を振り回して襲いかかる。
シュッ——
「左腕の下、かわせ」ザラビスの的確な指示が飛ぶ。
ソーニャは素早く身をかがめる。
カチャリ!
鎖が彼女の




