表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚無王ザラビスは退屈している  作者: 釘宮・連
ザラビスの起源に関する注釈
16/101

第16話:ノーマルと呼ばれるもの

昼下がりの空は晴れ渡り、あまりにも平凡な光景だった。


桜神学園の訓練場には熱風が吹き荒れ、砂埃が生徒たちの周りを舞っている。叫び声、指導者の指示、訓練道具のぶつかる音が入り混じっていた。


今日は基礎体力測定の日。


本来なら……ごく単純なはずの行事だ。


Gクラス男子会場


怜治レイジは最初の課題の前に立っていた。赤い打撃用の人形だ。


あれは厚手で頑丈にできていて、普通なら何度も打ち込まなければ動かすことも難しい代物だ。


彼は一瞬、それを見つめた。


(心の中:

調整しなければ……。

人間というものは……普段、どれくらいの力が出るんだ?)


彼は拳を構え、


——打ち下ろす。


ドンッ!!


その人形は……砕け散った。


吹き飛んだのでも、ズレたのでもない。


まるで濡れた紙くずのように、木端微塵になったのだ。


沈黙。


生徒たちは顔を見合わせる。


誰かがおそるおそる、ポチポチと拍手をした……。


担任教師は口を開けたまま閉じることができない。こんな状況に対応するマニュアルなど、存在するはずもないのだ。


怜治は少しだけ肩を落とし、


「ああ……悪い。力、入れすぎた」


声はあくまで軽やかだ。


まるで本当に、些細なミスを犯したかのように。


鉄製人形


次の課題の道具は、さらに頑丈だった。


上級生用に設計された、鉄製の人形。


怜治は少し考える。


(心の中:

また破壊したら……さすがに怪しまれる。

かといって、弱すぎても……それも不自然だ。)


……人間って、面倒くさい。


彼は一発、打ち込む。


カンッ!!


怜治はすぐに手を引っ込めた。


表情がくるりと変わる。


「いてっ!! めっちゃ硬いじゃんか!!」


大げさに手を振り回して痛がるそぶりを見せる。


生徒たちはどっと笑い出した。


「ハハ! さっきの赤いのだけは強かったのにな!」


「こっちは一発でKOかよ!」


「最初だけカッコつけやがって!」


怜治はうなだれたまま、


まだ痛がる演技を続けている。


(心の中:

……これが、社交的な交流ってやつか?

彼ら……笑ってるな。)


(心の中:

これは……一種の受け入れ方、なのか?)


少し間を置いて、


答えは自ずと見えてきた。


(心の中:

違うな。これは……からかいだ。)


……ああ、そういうことか。


Gクラス女子会場


美邪流ミジャルンは隣の会場から漏れてくる笑い声を聞いていた。


彼女は動きを止め、


そちらを一瞥する。


「はあ……もう」


腕を組みながら、


「やっぱり。お兄様、きっと今……人間ごっこの実験中だわ」


小さく笑みがこぼれる。


それは嘲りではない。


どちらかというと……全てを理解している、という表情だ。


異なる視線


会場の端の方に、学園外から来た一人の女生徒が立っていた。


長い黒髪。


無表情な瞳。


彼女は笑いもせず、


驚きも見せず、


ただ……静かに見つめていた。


その視線の先にいたのはただ一人——


怜治だった。


Bクラス会場へ


測定が終わり、


怜治と美邪流は上級生のエリアへと移動した。


そこの空気は全く違っていた。


より静かで、


研ぎ澄まされ、


そして……一段と真剣だ。


会場の中央には——


由香ユカがいた。


手には木剣を持っているが、


その周りに立ち昇る気配は……並外れている。


試合が開始された。


由香の動きは軽やかで、


無駄がなく、


焦ることもなければ、迷うこともない。


相手の攻撃が迫る。


彼女は体を滑らかに捻り、


流れるように避ける。


シュウィンッ!


木剣がほのかに輝いた。


暖かく、


穏やかな光。


技:神聖のシンセイノヒカリ


バキッ!!


相手の剣が弾き飛ばされる。


そのまま一連の流れで、


由香は相手の体勢を完璧に封じた。


傷つけることもなく、


過剰な力も使わず。


勝負あり。


会場に拍手が沸き起こる。


美邪流は目を輝かせ、


「わぁ……由香さん、すっごくカッコいい……」


怜治もゆっくりと拍手を送る。


(心の中:

あの動き……合理的だ。

無駄がない。)


……美しい。


彼は由香を見つめる。


その瞬間、


彼の瞳がわずかに変化した。


どこか……柔らかく。


(心の中:

彼女は……相変わらずだな。)


よいことだ。


ひとときの思索


皆がそれぞれに忙しい中、怜治は少し離れた場所に立ち、


空を見上げていた。


(心の中:

『勇者』か。)


(心の中:

この時代にも……まだ、存在するのだな。)


だが……アトラクルの時代では、この概念は全く違うものだった。


朧げな記憶がよぎる。


それは人間の歴史などではない。


それよりも、はるかに古い。


人類が生まれる前。


神話という概念が生まれる前の時代。


カルナ・ラギヒマ。


エズラ・マルレンタ。


彼の記憶の片隅に、今も残る二つの名前。


(心の中:

彼らは姿を消した。

何か別の存在へと、変わってしまった。)


(心の中:

……そして人間は、その概念を真似たのか?)


彼は周囲を見回す。


生徒たち。


鍛錬。


渇望。


(心の中:

これは……進化なのだろうか?

それとも……ただの『なりきりごっこ』に過ぎないのか?)


沈黙。


(心の中:

……だが、悪くない。)


黒崎澪


夕暮れ時。


狭い部屋。


しんと静まり返った空間。


一人の少女がノートパソコンの前に座っていた。


黒崎澪クロサキ ミオ


画面が明るく輝く。


検索ワード:


「怜治」


記事。


学校のデータ。


フォーラム。


——何もない。


痕跡と呼べるものが、ほとんど存在しないのだ。


澪はペンの先をくわえ、


「……変だな」


彼女は頭の中の記憶を呼び起こす。


紅い瞳。


「この世界で……あんなの、普通じゃない」


さらにキーボードを叩く。


より深く、


より具体的に。


だが、結果は同じ。


彼女はタイピングを止め、


画面を見つめる。


「……データにないなら……」


「……直接、見に行くしかないか」


表情は変わらない。


だが、その瞳の奥には新たな色が宿っていた。


——目的。


「会わなきゃ」


憧れでもない。


恋心でもない。


ただ、純粋な好奇心。


エピローグ


街の片隅で、


怜治は一人、歩いていた。


人々の間を。


ざわめきの中を。


彼が理解しようと努めている、何かの中を。


(心の中:

人間は……笑い、

争い、

学ぶ。)


……生きている、ということか。


彼は足を止める。


(心の中:

俺は……それを真似ている。)


自分の手を見つめる。


(心の中:

だけど……なぜ、だ?)


沈黙。


いつものように、答えは単純だった。


「……暇だからだ」


風が吹き抜ける。


そして、何の変哲もないこの空の彼方で、


何ものかが依然としてこの世界を見下ろしている。


ザラビスは今、人間になるための学びの途中。


そして世界は……ゆっくりと、その異質さに気づき始めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ