第88話
「メサイア……?」
一桜達の進化……突然変異? を目の当たりにして状況についていけずにぼんやりとしていた頭が一気に冷める。
メサイア……救世主。地球上の伝説や宗教上のあれやこれやが使われがちなダンジョン関連の命名だが、救世主なんて宗教的にも特別な意味を持つ称号がそこいらのオッサンが与えられるなんて常軌を逸している。
脳内で聞こえた声から推察するに、原初の種子の中でも特殊な物を取り込んだ上、一桜……と言うより、テイムモンスターが特殊な進化を迎えた際に解放されるレアジョブ……と言った感じはする。
そう考えると宗教的な意味合いよりもレア度を考慮した名付けなんじゃないか? とも思うが……
「え、何それ……メサイアって何……妾知らん……こわ……」
解説を求めて視線を向けた先のラピスは狼狽えているし、トーカも何の反応もない。完全に置いてけぼりだ。
名称のヤバさはさておき、問題はそのジョブの内容だ。
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Advanced Status Activate System Ver. 5.13J
◆個人識別情報
名前:高坂 渉 性別:男性 年齢:39
所属:日本迷宮探索者協会 広島支部(特例甲種)
ジョブ:メサイア 武器種:制限無し
◆基礎能力
筋力:S 体力:S 魔力:S 魔技:S
敏捷:S 器用:S 特殊:S
◆ジョブスキル
《リヴァイヴ:アクション》▽
対象一名に対する回復魔法
戦闘不能状態を解除する
《ファーストエイド:アクション》▽
対象一名に対する回復魔法
負傷を小程度癒やす
《武器顕現:アクション》▽
望んだ武器を魔素を用いて生成する
効果時間:10分
クールタイム:5分
◆追加スキル
Null
◆アビリティ
【カード化:アクション・パッシブ】▷
【全体化(特殊):エンチャント】▷
【テイミング:アクション】▷
【ナイトの心得:パッシブ】▽
ナイトとして戦ってきた証
ナイトのスキルを常時使用可能
【見様見真似:パッシブ】▽
武器を変更した際、最適なジョブのスキルを自動的に習得する
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……自分の目をごしごしと擦る。何か見えてはいけない物が見えた気が……見間違いじゃない。これはマズい。
以前、求道聖蘭や迷宮会とコトを構えた時に回復魔法の使い手についての話をあかりから聴いた。
回復魔法が使えるジョブ・セイントは非常に貴重で、今現在でも十六人しかいない。
当時、求道聖蘭が十七番目のセイントではないかと目されていたが、俺と美沙によってきっちりケリをつけた。
つまり、俺がこの世で十七番目の回復魔法使いということになる。何ならセイントなんて名前よりもさらに仰々しいメサイアだ。
レベル1で習得しているスキル自体も危険だ。
《リヴァイヴ》のスキルの効果が戦闘不能状態の解除だが……もしかしたら死者蘇生の効果があるんじゃないだろうか。
例えば、混成パーティの皆が必死で声を掛け続けながら心臓マッサージを施している探索者……あれは恐らく、死んでいる。
しかし死んでいるのと同時に「戦闘不能状態」でもある訳だ。
あの探索者に《リヴァイヴ》を使用したら、戦闘不能状態とともに死亡状態も解除されるんじゃないか?
回復魔法ってだけでも大変珍しいのに、死者蘇生となったら……下手したら権力者に飼い殺しにされるか、暗殺されるかのどちらかだろう。
「おとーさん」
ふと声を掛けられてそちらを向くと、一桜が微笑みながら頷いた。一桜は俺の側まで近づいて、小さな声で俺に話しかけてきた。
「おとーさん、目立ちたくないもんね。……でも、今のスキルで何が出来るかは知っておいた方がいいと思う」
一桜の言わんとする所は、やはり回復魔法の事だろう。
確かに、俺が今疑問に思っている事は杞憂かも知れない。だが、杞憂である確証も無い。
「分かってる。だが……」
「だからね、一桜がやってみるよ。一桜もイデアル・メサイア……おとーさんと一緒だからね。おとーさんはそこで見てて」
言うが早いか、一桜が軽やかな足取りで混成パーティの倒れた探索者のもとへと駆け寄る。
一桜が膝立ちになって胸の前で両手を組み、祈りを捧げるような格好で頭を垂れる。
すると一桜の体がふわりと輝いた。輝きが一桜の身を離れ、探索者を包み込む。
すると、これまで血の気の失せた真っ白な顔でピクリとも動かなかった探索者の頬に赤みが差し、瞼がピクピクと痙攣し始めた。
これまで心臓マッサージで心肺蘇生を試みていた混成パーティの皆は大きく目を見開いて一桜を見ている。
眼前で起こった奇跡に驚いているのは混成パーティの探索者だけではない。
樫原さんも、ガリンペイロの皆も、何ならうちの女性陣も、皆声が出せずにいた。
「おとーさんおとーさん、多分おとーさんの思った通りだよ」
てててーっと駆け足で戻ってきた一桜が背伸びをして俺に告げた。
「……死んでても、生き返る?」
「うん。でも体に魔力が残ってないと意味が無いっぽい……? だから魔力が無くなるくらいほっとかれた人とか、おかーさんのおねーさんみたいな魔力が無い人には使えないねー。でも魔力のある人だったら寝てても気絶してても、死んでても起こせるね!」
にっこにこで報告する一桜の頭を撫でてやりながら、少し思考を巡らせる。
魔力……つまり、ステータス保持者のみだが、本当に「戦闘できない」バッドステータスを解除するスキルなのだろう。
誰でも対象に出来る訳じゃないにしても、やはり蘇生出来るのは強い……強すぎる。
「あ、でもリヴァイヴだけだと起こすだけでほっといたら死にそうなのは同じだから、一緒にファーストエイドを使ったらいいかも?」
「なるほどな……」
「死んでなくてもファーストエイドは怪我してる人の役に立つし……今はケラマちゃんもタゴサクちゃんもいないから、一桜がみんなを治してくるねー!」
一桜が俺から離れ、駆け回りながらファーストエイドを乱発していく。
これまでポーションで向上した治癒力で治していた傷が立ちどころに塞がっていく一桜のスキルにどよめきが起こる。
……まあ、うん、そうだよな。
普通はセイントくらいしか使えない回復魔法だ。ケラマ以外にも使える魔物が増えたとあれば、そりゃあビビるだろう。
俺は俺でファーストエイドに全体化を組み合わせて、俺と美沙とあかりの傷を癒やす。
一桜やド派手な戦闘を繰り広げているヒロシマ・レッドキャップ……いや、一桜達に言わせれば「イデアル種」か。
イデアル種に皆の目が釘付けになっている今なら、俺が多少変な事をした所でバレはしない……と思いたい。
「渉さん……一体何したんスか? 明らかにポーションの治り方じゃないんスけど」
美沙だけでなくあかりや静香も怪訝そうな視線を向けて来る。
「帰ったら説明する、あかりには……ちょっと迷惑をかけるかも知れない」
「ええ、もうあんな有様ですから、厄介事の一つや二つ増えた所でどうでもいいです。でも今度一緒にご飯食べに行きましょうね、二人きりで」
あかりがイデアル種の大暴れを諦観の表情で一瞥して、ため息と愚痴を吐き出した。
それでも交換条件を突きつけてくるあたりは流石だ。
「……考えとく」
「やったー! じゃあ頑張って埋めて騙して誤魔化します! 今からデートコース考えとくから予定ちゃんと開けられるようにして下さいね! あ、でもそれは霧ヶ峰さんのお仕事ですよね? 分かってますよね? 高坂さんの予定が入らないくらいの激務をぶち込んだりしたら本棚に隠してるBL本をSNSに公開しますからね?」
「いやちょっと待って下され! 高坂氏はうちの社員でござるが出向先は栄光警備でござるよ!? 親会社のお偉いさんが首突っ込むには上から過ぎませんかな!? あと九音嬢もですけど何で拙者のお宝の位置を把握してるんですか!? 結構念入りに隠したつもりなんですが!?」
途端にテンションマックスで静香に詰め寄るあかりに嫌な脅され方をされて静香が泣きそうな顔をしている。
九音はほぼ同居人に等しい静香がガン詰めされているのを見ない振りをしてバフ掛けに専念している。逞しい子だ。
俺の背後であかりと静香がギャースカやってる間、空気になっていた綾乃がスッと近寄って来た。
顔を合わせるのも話すのも久しぶりだが、元気そうで何よりだ。
「高坂さん、この後なんだけど」
「ああ、綾乃……そういやお婆さんはどうした? 大丈夫なのか?」
「ああ、ばっちゃまはつい先日お亡くなりに……って、それは一旦置いといて、大事な話ー!」
そうか、お亡くなりになってしまったのか。
こちらからのメッセージに全く返答が無かったのは看病だけでなく弔事や各種手続きで忙しかったからだろう。
随分明るく振る舞っているが、内心ではどう思っているか分からない。みんなでケアしてやらないとな。
「私も異能封じの影響受けちゃって、しっかりとしたビジョンは見えないんだけど……一桜ちゃん達が頑張ってあの鳥倒す所までは見えたんよ」
「……一桜達だけでか?」
「うん、一桜ちゃん達だけで。他はお荷物……って言い方はアレかな? で、あの鳥が死んだら少しの間入口の障壁が消えるから、その間にレイド参加者を逃がして欲しいんよね」
「少しの間……って事はまた戦闘判定が発生するのか?」
「そそ、あの鳥はどんだけ殺しても死なないから。すぐに復活しちゃうんよ。流石フェニックスって感じだよねー。んで、ブレス一発でオシャカになる程度の戦力なんて残ったって足引っ張りだから逃がしちゃおう」
綾乃が随分と辛辣な提案をする。
しかし、綾乃からしたら祖母が無くなって帰ってきたらこんなトラブルに巻き込まれた訳だからイラついているのかも知れない。
「分かった、樫原さんに根回しをして撤退の準備をしよう。俺達がしんがりを務めたらいいのか?」
「うんにゃ、そもそもあの鳥はダンジョン・コアから探索者を遠ざけるためのデコイなんよ。鳥が死んだらダンジョン・コアの部屋に行く通路の障壁も一時的に消えるから、撤退はこっちに任せて高坂さんはコアに突撃してくんないかな?」
「……なるほど、ならAチームのメンバーを逃がす為に一桜達を充てよう。一桜が負傷者の回復に回ってるが、恐らく間に合わないだろう」
俺が提案すると、綾乃の後ろからぴょこっと九音が飛び出して妙なバトンを振る。
「聞いてたよー、タイミングを合わせてみんなに指示を出すからご心配なくー」
イデアル種に進化したとは言え、どことなくぼんやりしている九音に任せるのは少し不安だが……いや、アレはアレで気合の入っている表情と言えなくもない。
「ああ、よろしく頼む」
「頼まれましたぞー」
それだけ言い残すと、九音は静香のもとへ駆け出して行った。やっぱり仲がいいなあいつら。
「渉さん、私も一緒に行きますからね。何だか嫌な予感がしますから」
「いや、お前もみんなと一緒に避難してくれた方が……」
「絶対行きますからね!」
美沙がぎゅっと俺の腕を掴む。ポーションが効き始めているのか手の力が回復している。腕がミシミシ言ってるのは怖いのでやめて欲しい。
「……分かった、無茶すんなよ」
俺はそう了承するしかなかった。
それからしばらく一桜達の戦闘を見守っていたが、美沙は俺の腕を離そうとはしなかった。
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「さーん、にーい、いーち……はい合わせてー……いまー」
九音が四季の歌に合わせて指揮者のようにバトンを振ると、疲弊し始めたフェニックスへ二葉が特撮の必殺技のような飛び蹴りを放ち、クロスするように六花が駆け抜けながら抜刀術に似た攻撃を追撃とばかりに浴びせかける。
二人が安全圏へ離れた瞬間、七海と三織が水の魔法で弾幕を形成し、八宵の矢が怯んだフェニックスの弱点を射貫く。
「これでとどめーー! ぴゃーーーーー!!」
見事な連携攻撃にフラフラになったフェニックスの頭上に、五月の激しく輝くハンマーが叩きつけられた。
地面に縫い付けられたフェニックスの頭が灰へと変わり、首や体、翼や足までも灰になりグズグズと崩れていく。
魔物討伐時のように金色の粒子にはならなかったが、明らかに倒したと分かる変化に探索者の皆から快哉の声が上がる。
しかしこれで終わりではない。次なる作戦の為に、樫原さんと九音が声を上げる。
「Aチームは直上層へ撤退してください! 」
「イデアル種のみんなー。立てそうにない人がいたら担いだりだっこして手伝ってあげてー」
『はーい!』
九音の指示に、残り八体のヒロシマ・レッドキャップ……いや、イデアル種が声を揃えて返事をする。
一桜が回復させた探索者は歩いて、回復が間に合わなかった探索者は他の探索者や一桜達が介抱しながら上への階段を目指す。
俺と美沙は撤退する皆を尻目に、登り階段とは真反対の位置にある狭い回廊へ向かった。
百メートル程を通り抜けてダンジョン・コアの小部屋に駆け込むと、そこには直径三メートルくらいの大きさの巨大なクリスタルが宙に浮かんでいた。
俺にはそのクリスタルに見覚えがあった。呉で東洋鉱業を襲った巨大ゴーレム……その額にあった弱点のダンジョン・コアと同一の物だった。
あの時は遠目からでしか見ていなかったからホクロか何かのようにしか思えなかったが、こうして至近距離に寄るとその大きさがよく分かる。
「渉さん! ボーっとしてないで早くコレ壊さないと! フェニックスが復活しますよ!」
「あ、ああ、そうだな。急がないと」
ダンジョン・コアの異様な迫力に飲まれかけていたが、美沙につつかれて正気を取り戻した。
俺はもはやボロボロの剣を振り上げ、乗せられるスキルをマシマシにして叩きつける。
ダンジョン・コアは澄んだ金属音を響かせて壁に向かって吹っ飛んで衝突した。
細かな結晶の破片をばら撒きながら砕け散ったダンジョン・コアの成れの果ては金色の粒子へとその身を転じた。
「よし! 美沙、逃げるぞ!」
「はい!」
俺はダンジョン・コアが完全に消滅するのを待たずに反転し、もと来た道を急いで引き返した。
回廊を出た時、既に探索者は撤退した後だった。残された灰に火が灯り、蠢いている。マズい、フェニックスの復活が思ったよりも早い!
ボス部屋のドームの中程まで差し掛かった辺りで、足元を大きく揺るがす地震に襲われた。
俺はどうにか踏みとどまったが、美沙が大きく転んでしまった。
「美沙!」
「渉さん、逃げて! あたしは大丈夫ですから!」
美沙はそう言って俺に避難を促すが、そう言う訳にもいかない。
灰の中からフェニックスが顔を出し始めているし、さっきの地震で天井が崩落し始めている。ダンジョン・コアの部屋に向かう通路も瓦礫で埋もれている。
ダンジョンが消滅する時、中に居る探索者は皆外に追い出されるが……美沙がそれまで生きていられるかどうかは別問題だ。
天井から降る瓦礫に押しつぶされて死ぬか、フェニックスに焼き殺されるか……どちらにしても、ダンジョンの消滅には間に合わないだろう。
「おとーさーん! はやくー!」
「高坂さん、ヤバいってー! 早くこっちにー! 崩れるよー!」
階段では一桜達イデアル種や綾乃が俺達に叫んでいる。
今、美沙を見捨てて走れば俺だけは助かるだろう。でも、それは違うと思う。
ずっと俺を想い続けてくれた美沙だけは助けないと。……例え、俺が死ぬ羽目になったとしてもだ。
なあに、これでもメサイアとか言う何かよく分からんジョブになったんだ。
霊験あらたかな聖霊やら仏様やらみたいなスピリチュアルな何某が助けてくれたりするんじゃないか?
「美沙、ごめんな」
「渉さん……? 一体何を」
俺はカバーリング・ムーブで美沙と八割復活したフェニックスの間に瞬間移動する。
そして武器顕現で棍棒を生成し、美沙にありったけのバフを込め、シールド・バッシュとスタン・コンカッションを発動し、美沙をアッパースイング気味に打ち据えた。
放物線を描いて吹っ飛んだ美沙は、階段でこちらに呼びかけていた一桜のもとへと一直線に飛んでいき、イデアルの数名によって受け止められた。ナイスキャッチだ。
無事……とは言い切れないが、とりあえず美沙を生かして避難させる事が出来たのを確認して、俺も階段へと向かった……が、遅かった。
天井が崩落し、階段への入口を完全に塞ぐくらいの巨大な瓦礫が行く手を阻んでしまった。
ここまで質量の大きい瓦礫だと、シールド・バッシュのノックバック程度では動きもしないだろう。
「渉さん! 渉さん! やだ、やだ! 何でこんな事したの!?」
「高坂さん、この岩そっちからどうにかなんない!? みんなで押してんだけどビクともしないのー!」
瓦礫の隙間から皆が俺に呼びかける声が聞こえる。美沙の悲痛な声も聞こえていたが……辛いな。
「一桜、いるか!?」
「!? はい!」
「俺の身に何かあったら、後の事はお前に任せる! 俺の娘なら、うまい具合にやってみせろ!」
「うん……うん! 一桜、がんばる!」
遺言みたいな指示になってしまった。美沙が半狂乱で声にならない声を上げている。本当に申し訳ない。
だが、俺も状況に任せて死ぬ訳にはいかない。無傷での脱出は無理だろうが、せめて生きて外に追い出されるよう足掻いて見せよう。
アーマーも無い、薬類も無い。四季やあかりのバフも無い。何なら実体のある武器も無い。あるのは新しいジョブとさっきスキルで生み出した棍棒だけだ。
一回ブレスをまともに受けたら、爪やくちばしの一撃を受けたら、落下する瓦礫に当たったら……多分、その時点でオダブツだろう。
一世一代の大立ち回り、命を掛けた大縄跳びの始まりだ。
「うおおおおおおオオオォォォ!」
恐怖に震えて縮こまりそうな身に喝を入れる為に一発雄叫びを上げ、棍棒を振りかざして突撃をしようとした時──
《間に合いました!》
久しく聞いていなかった澄んだ女の声が脳内に響き、世界から色が失われた。
……体が動かない。指一本すら動かせない。コンクリ詰めにされたらこんな感じだろうか? 一体何が起こっている?
《これは何なんだ? ……トーカ》
《はい、これまで応答出来ずに申し訳ありません。これからの事を説明する為に、管理者:高坂渉の意識のみを加速させています。ほっぺたが痒かったとしてもしばらく我慢して頂けたら幸いです》
《これからの事?》
俺が尋ねると、俺の眼の前にトーカが現れた。
《はい。結論から申し上げます。このままでは管理者:高坂渉は生き残る公算は限りなく低いです》
げんなりするような事をズバッと言ってくれるなあ。
そうだろうなとは心のどこかで考えていたが、実際図星を突かれると若干凹む。……いや、ちょっと待てよ?
《このままでは、って言ったか?》
《はい。管理者:高坂渉の頼れる瀟洒で可愛いサポート人格である私が抜け道を用意しています。ただし、二つ注意点があります》
《注意点とは?》
《まずひとつ。これから管理者:高坂渉の足元に落とし穴型テレポーターを設置します。これはダンジョンの脆弱性を流用した物です。ダンジョン最下層で発動する事のないトラップですから、どこに飛ぶかは分かりません。よろしいですか?》
《……もしかしたら、今よりも危険な場所に飛ばされるかも知れないって事か? だがしょうがないだろ、このままじゃ死ぬんなら飛ぶしかない》
俺の返答にトーカが目を見開いて、まるで予想外な物を目にしたようにぱちくりと瞬いた。
《メサイアにクラスチェンジした事で、胴に入った肝の据わり方をするようになりましたね。重畳です》
《知ってるのか? メサイアの事》
《はい。ですが、ここからが二つ目の注意点です。ダンジョン・コアの放つ異能封じが未だに効いている現状において、異能の塊である当個体や原初の種子が能力を発揮するのは非常に危険な行為です》
《……だろうな》
これまで姿を見せるどころか応答すらしなかった程だ。
原初の種子の力でもってテレポーターのトラップを設置する為にどれだけの危険を冒すのか、俺には想像すら出来ない。
《ですので、トラップを設置後、当個体と原初の種子の能力は休眠状態に入ります。リブート予定は未定です》
《……そうか。具体的な目処も立たないのか》
《はい。来月か来年か、はたまた半世紀か……少なくとも、現在管理者:高坂渉に掛かっている一ヶ月分の異能封じが解除されない事には休眠状態は解除されない事でしょう。アシスタントとして質問にお答え出来なくなります。ご注意下さい》
《そんなに!?》
昨日までは異能封じは翌日には解除されるデバフだったはずだ。いつの間にそんな事になってるんだ!?
《恐らくダンジョン・コアが破壊される瞬間に受けたのでしょう。奥方様も同様でしょうが、個体名:高坂梨々香のタイム・ルーラーでバフの経過時間を早めれば対処可能でしょう。問題は管理者:高坂渉です》
《俺はこれから、どれくらい危険かも目的地がどこなのかも分からない場所に飛ばされて、原初の種子の力も使えないのか……》
《その通りです。ステータスシステムとスキルシステム、ならびにアビリティは利用可能です。スキルカードや追加スキルを積極的に利用し、生存を第一に活動する事をお勧めします》
言うだけ言うと、トーカの体が足元からゆっくりと崩れていく。
《時間です。管理者:高坂渉の神経加速を解除します。──またお会い出来る日が来る事をお祈りしております》
《待ってくれ、まだ聞きたい事がいくつか──》
トーカを呼び止めようとしたが、それは叶わなかった。
まるで空気中に溶ける煙のようにトーカの姿が掻き消えた瞬間、
「うおっ」
足元が、抜けた。
「おわあああああああああ!?」
ふわっと体が浮かんだような錯覚を覚えたすぐ後、急激に視界が沈み、落下と共に頭に血が上る。
落下式のテレポーターは、同じダンジョンの下層へと送り込むトラップだ。
例えば第三階層で引っかかると第四階層よりも深い階層に転移させられる落とし穴だ。
だが、俺がさっきまで居たのはダンジョンの最下層だ。これ以上下がない所から落ちたら、一体どこに落ちるのか?
俺も知りたい。だが、今はまだ分からない。暗黒の只中をひたすらに落下している俺には、ここがどこだか分からない。
叫び声を上げたところでどうにもならない事に気が付き、叫ぶのをやめてから……もう五分くらい経っただろうか。
スカイダイビングでもそんなに落ちたりしないだろう。テレビで見た時は一分も経たずにパラシュートで着陸していた。
……そうだ、パラシュートだ。俺は今何の装備も無い。このまま地面に叩きつけられたら死んでしまわないだろうか?
そんな不安が胸をよぎる中、俺は暗闇を脱した。
天を埋め尽くす真っ暗な黒雲から飛び出すように落ちて来た場所は……どこだここ!?
岩をくり抜いて作ったような構造物があちこちに建っており、地面が見えない。
地平線の彼方には岩山がそびえ立ち、やたら広大な構造物郡を取り囲んでいる。
急速に地面が近づいている。それが地面ではなく、建物の天井だと気付いた時には、もう手遅れだった。
俺はとにかく、自分にかけられる防御系のバフをありったけ掛け、頭を守る為にうずくまるような姿勢を取る。
ぎゅっと目を閉じ、歯を噛み締め……衝撃が体の四方八方を突き抜け、俺は意識を失った。




