第82話
「オーク討伐完了を確認! 混成パーティBは一旦下がって下さい! ガリンペイロさん、先頭行けますか!?」
「はい、準備出来ています。柿崎さん、琉輝彌、行くぞ!」
「あいよー! でもちょっと疲れて来たんだけどなぁ!?」
「確かにちょっと休みたい……あ、はい! 頑張ります! あかりんが見てるぴゃーーーーーーーーー!!!」
本日何度目かのパーティ交代が樫原さんより告げられ、田町さん達混成パーティBが下がり、笠木さん達ガリンペイロが前線に出る。
戻ってきた混成パーティのタンクはオークが振り回す錆びた鉄剣が当たったのか、腕や足を負傷している。笠木さんがポーションのカードを取り出して現物に戻し、負傷箇所にバシャバシャかけている。
飲んでも効果のあるヒールポーションだが、傷なら直接ぶっかけた方が早い。現に傷口からシューシューと湯気が上がり、出血部位の肉が盛り上がり血が止まる。
俺も五号警備員なりたての時に中広ダンジョンでハメられて入院した時、ヒールポーションのお世話になったが……ビフォーダンジョン時代の薬品とは治癒速度が段違いだ。
厚生労働省や製薬会社が躍起になって流通を阻止しようとした理由も頷けるというものだ。少なくとも絆創膏と消毒薬は完全に陳腐化してしまう。
「流石にオークはデカいし筋肉の塊だし、ちょっとカスってもダメージがキツいよなあ……錆びっ錆びの剣だったけど、破傷風の心配はいらねーよな?」
「胴体に直撃食らってたら臓物をばら撒くタイプのグロ映画みたいになっちまうところだったな、命あっての物種だから慎重にやんねーとな」
怪我が塞がった混成パーティの大剣使いと槍使いが傷があった部分をさすりながら神妙な顔つきで話し合っている。
別に彼らが油断したとか、舐めてかかったと言う理由ではない。疲労の問題もある。
もうすぐ午後六時に差し掛かろうかと言う所だが、まだ一度も休憩を取れていないのだ。
今俺達が進んでいるのは第十七階層だ。これまで第五階層、第十階層でボスエリアが挟まっていた。
前例から考えると、第十五階層でボスが出現、休憩場所として利用出来るとの目算で、休憩を取る算段を立てていた。
しかし、実際のところはボス部屋は存在せず、五番目の道中階が目の前に現れるに至った。
これに当惑したのは誰あろう樫原さんだ。
数年前、戦場エリアの存在を知った自衛隊および探索者協会は、大規模攻略レイドを組めるくらい探索者が増えるまで積極的攻略を控え、情報が出回らないように制限をかけた。
自衛隊も大勢の犠牲を出して倒したドラゴンスケルトンを再度倒す事には消極的で、とにかく迷宮漏逸を防ぐ程度の討伐巡回で運営していた。
大本営が立案した攻略プランも、実際に第十五階層にボス部屋があると知っていた訳でなく、これまでの流れから当然あるものだろうと早合点したからズレてしまった。
「皆さん、なかなか休みを入れられなくてすみません! 次の階段が出てきたら階段を背にして順番に休憩を取りましょう!
樫原さんが皆に呼びかける。あまり返事はない。
疲労が溜まっているのもそうだが、皆この戦場エリアの雰囲気に飲まれてしまっている。
もとより能天気……いや、明るいムードメーカーである琉輝彌君はいつでも元気いっぱいだが、他の探索者は戦火が暗雲を照らし、常に悲鳴や断末魔が轟く非現実的な環境に滅入ってしまっている。
日本にあるダンジョンで、このような戦場エリアは存在しないとされている。実際、シーカーズアプリのダンジョン情報を全体検索しても戦場エリアは出てこない。
同じような原爆の被害を受けた長崎県の平和記念公園にはダンジョンは無いし、本尾町にある本尾ダンジョンには浦上天主堂を模したカテドラルエリアがあるとされているが、戦場エリアは無い。
荒事と隣合わせの探索者も、ここまで悪意を込められた人間の業を模しているエリアにぶち当たるのは初めての事だろう。
こうなると皆がPTSDを発症しないか心配になってくる。
だが、俺達サンブリンガーズも他所を心配出来る状況ではなくなっていた。
「ちー姉様、大丈夫ですか? まだ痛みますか?」
「大丈夫です。いただいた水薬のお陰で怪我は治りました。……しかし……」
美沙が千沙さんに歩調を合わせて体を気遣う。千沙さんはこれまで見せたことのない沈痛な表情で自分の手を見つめている。
……先程、第十六階層で千沙さんがオーガ相手に攻撃を食らってしまった。それも大事件なのだが、それ以前に千沙さんの攻撃や機動が精彩を欠いていた。
まるで力を封印されていた頃の美沙……いや、それよりももっと出力が落ちている。まるで月ヶ瀬の力の大半が抜け落ちてしまったかのようだった。
おかしかったのは千沙さんだけではない。
あかりは念話が飛ばせなくなり、美沙は月ヶ瀬の力もユザーパーの力もご先祖様からもらった刀も出せなくなっていた。
とはいえ、二人ともステータスは生きているので戦闘に問題は無い。これまでがチート過ぎただけで、適正なダンジョン活動とはこういうものだ。
ただ、原初の種子の力が異能に分類されると初めて知ってびっくりさせられたのは事実だ。
俺も俺でユーバーセンスが途絶し、トーカも音信不通になってしまった。
アビリティや事前にスキルシステムに残ったままになっている作成したスキルはそのまま使えるようだが、御山でやったように原初の種子の力を好き勝手に使う事は出来ない。
不思議に思ってステータスを開いてみると、【異能封じ(中)】なる見たこともないデバフが付与されていた。
確認してみると美沙もあかりも同様のデバフが付与されており、これこそが極端なパワーダウンの原因である事は一目瞭然だった。
俺達はステータスがあるので、どうにか戦えているが……千沙さんは月ヶ瀬の力が封じられてしまったら一般人相当の力しかない。
基礎鍛錬分の戦闘能力はあるかも知れないが、それでも深い階層の魔物相手にはどう頑張っても太刀打ち出来ない。
しかし不調を理由に地上に帰還させようにも一人で帰す訳にもいかず、かといって千沙さんを帰す為だけに戦力を分散出来る状況でもない。
俺達は戦力として期待できない千沙さんを守りながら最深部を目指す羽目になってしまった訳だ。
事態が判明してすぐに俺達は樫原さんに千沙さんの事情を報告した結果、しばらく戦闘の輪番から外れて千沙さんのフォローをするよう仰せつかった。
「これはしょうがないですよ。こんなデバフがあるなんて探索者協会も分からなかったでしょうし、あたし達を狙い撃ちにしたような効果だから、他の探索者は誰も不便しませんし」
「しかし……月ヶ瀬の長姉ともあろう者が、このような無様な姿を晒すことになるなんて……」
千沙さんの目からぽろりぽろりと涙がこぼれ落ちる。
長年月ヶ瀬姉妹最強の姉として頑張ってきたのに、封印が解けた妹に一瞬で追い越され、ダンジョンに来てみたらそこらの探索者どころか一般人並にまで弱体化されてしまったのだから無理もない。
しかも本来持ち回りで戦う予定の俺達の足を引っ張るという、武門の長姉としてはおおよそ耐え難い事実を突きつけられて、プライドがズタズタになってしまったのだろう。
美沙は、ぎゅっと拳を握ったまま涙を流す千沙さんの肩を抱いてポンポンと優しく叩いて慰めている。
「大丈夫です、デバフが無くなったらちゃんといつも通りの強いちー姉様に戻りますよ。だからしばらくは遠慮せず守られててください」
「なんで……私、あの時美沙さんに酷い事を言ったのに……弱いから帰れって言ったのに……なんでそんな私に優しくするんですか……?」
千沙さんが言うのは、同時多発的に魔物が地上に出現して、広島城に向かった時の事だろう。
俺は拳銃自殺を図ったあかりの命を救う為に魔素を極限までに吸収して意識混濁状態だったし、美沙と千沙さんが鉢合わせになった現場を見てはいない。
ただ、その後雨の中で泣いていた美沙からある程度の事情を聞いている。
千沙さんの一言が美沙を傷つけたのはまごうことなき事実だ。
それでも美沙は優しい微笑みを浮かべて千沙さんの肩を抱く。
「そりゃあ、あの時は悲しかったですけど、あたしが弱かったのは事実ですし……何より、ちー姉様は家族ですもん。戦闘関係に厳しいけど、大好きな自慢の姉様ですよ」
美沙の慰めを受けて、千沙さんは美沙にしがみついてわんわん泣いた。美沙は千沙さんの頭をよしよしと撫でている。
周囲の探索者が何事かとギョッとしていたが、樫原さんから事情を説明されて納得しているようだった。先んじて樫原さんに根回ししておいて良かった。
シーカーズのAチーム用グループチャットでは出番の無い控えパーティの皆が「家族仲良いみたいで羨ましいなあ」だの「お姉様……守護りたい」だの「百合に挟まる男絶対許さないマン」だのと雑談に花を咲かせている。
あの二人は姉妹だぞ、百合じゃない。
しかし、実際問題として異能封じのデバフは非常にマズい。
サンブリンガーズの成り立ち自体が原初の種子や月ヶ瀬の異能をアテにした物なので、戦闘力がほかの探索者パーティとほぼ同等になってしまっている。
この原爆ドームダンジョンにおいて、俺はナイトとして、美沙は魔剣士として、あかりはアイドルとしてやっていくしかない。
アビリティこそ残っているが、いざと言う時の切り札が封じられてしまったのは、シンプルに困る。
「高坂さん、とりあえず頭数を増やして軍備増強を図りませんか?
あかりが近づいて来て耳打ちする。念話が使い物にならない以上、スマホで連絡するか直接話すかしかない。
俺はあかりの提案を了承し、戦力不足を物理的に補う為に一桜、三織、四季、六花、ラピス、タゴサク、ケラマを召喚しておく。
先程ステータスを確認してみたところ、俺のレベルが六十三となっていた。
端数切り上げで十の位が同時使役数となるので、俺の上限は七体となる。
ケラマは貴重な回復リソースとして役に立つし、タゴサクは移動に難のあるケラマのサポートとして相棒の位置を確立している。
ラピスは見た目こそちびっこだがその本体はカオスドラゴンであり、魔素の消費をセーブして戦ったとしても十分戦力になりえる。
ヒロシマ・レッドキャップは戦力としてはそこまで強くはないものの、コミュニケーション能力がしっかりと根付いてきた事もあり雑用から伝令まで幅広い命令をこなせる。何より一部の探索者の士気がバカ上がりする。
「ふむ、なるほどのう……これはアレじゃな、ちょっとやりすぎたんじゃな」
ラピスが周囲をきょろきょろと確認して独りごちる。それを聞き逃さなかった俺はラピスに訪ねた。
「やりすぎた、とは?」
ラピスはゴスロリ服を揺らしながら俺のそばに寄り、ちょいちょいと手招きをする。
俺は屈んでラピスの顔に耳を近づけるとぼそぼそと説明を始めた。
「うむ、上層でナオビとか言う魔素をせき止めるカラクリを置いたじゃろ? それにミサの姉のステータスに依らぬ魔物の蹂躙、さらには原初の種子の能力を使ったインチキボス討伐……ダンジョンからすればルール無用の残虐ファイトと変わらんが故、ええかげんにせえよとツッコミが入った訳じゃ」
「じゃあ、このデバフは俺達の行動のせいだと?」
「あまり派手にやってしもうたようじゃからな……おそらく最大の原因はナオビじゃろうな。魔物を地上に放つのがダンジョンの目的じゃと言うに、魔素自体を吸収されたら立つ瀬がないじゃろ。今後何が起こるか分からんから、留意して進むようにの」
話は終わりだとばかりにラピスが俺に一度だけぎゅーっと抱きつき、離れていった。どうやら樫原さんに状況を確認しに行ったようだ。
「ラピスちゃんは何と?」
いつの間にか俺の背後を取っていたあかりから唐突に声をかけられビクッとしてしまった。
「あ、ああ。異能封じのデバフは俺達がやりすぎたからかも知れないそうだ」
「……やりすぎた?」
「俺達の攻略が正規のルートを逸脱し過ぎたせいじゃないかって事だ。ナオビで魔物の発生を抑制したのが主な原因かも知れないんだと」
「うーん……確かに、今回が初の実戦配備ですし、ほぼぶっつけ本番みたいな運用してますからね……分かりました、霧ヶ峰さんに連絡を取っておきますね」
あかりがスマホを取り出し、静香にメッセージを打ち込んでいる間にガリンペイロの面々が戻ってきた。
「魔物おらんよー! 下に降りる階段を見つけたから一旦やすもー!」
長岡さんが大声で俺達控えメンバーに報告する。皆の顔から緊張感が抜け、疲れがあらわになった。
ラピスに状況を伝えていた樫原さんも、ほうと一つ大きくため息をついた。
「分かりました! 皆さん、聞きましたね? 一旦休憩にしましょう!」
樫原さんの指示に皆が一斉に動き出し、ガリンペイロが来た方向へと進み出す。
俺もあかりの肩を軽く叩き、美沙達と一緒にAチームの皆を追いかけた。
§ § §
休憩とは言ったが、テントを建てて本格的に休む訳ではない。
ボスエリアは魔物の再出現に比較的長い時間がかかるため、安全地帯として扱われる事が多い。
しかし今俺達がいるようなザ・ダンジョンといった趣の迷路では、魔物が散発的に再出現する。
その為、気を抜いている所に魔物が現れて戦闘態勢を取れずに死亡……と言う事故が時々起こる。
単独パーティであれば全滅一直線だが、複数パーティのレイドであれば防ぎやすい。
つまり、見張り要員を置く事で敵襲を未然に防ぎ、それ以外のメンバーはは奇襲を警戒しながら休まらない休憩を過ごす必要が無くなる。
今回の休憩で最初の見張り要員は混成パーティAとなった。
樫原さんと数名が休憩場所を挟んで階段の反対側で魔物の出現を警戒している中、それ以外の面子はレジャーシートを敷いて思い思いに過ごしている。
惣菜パンを腹に流し込んですぐに昼寝する奴もいれば、ずっとスマホをいじっている奴もいる。
田町さんは一桜と話をしている。柿崎さんは初日のテンパリ具合が嘘のように安定しており、ペットボトルのお茶を飲んでいる。
通路隅に衝立が置かれているのは簡易トイレだ。
長い間ダンジョンにいるのだから、出るものも出る。人間である以上、どうしても抗えない生理現象である。
各種メーカーから携帯トイレも販売されているが、カード化出来る物となると値が張る。掃除も面倒だったりする。
どうせ放置していれば数時間のうちにダンジョンが吸収するのだから、排泄物の処理を気にする必要もない。要るのはただ一つ、プライバシーへの配慮だ。
ちなみに、どうしても衆目が気になる人なんかは休憩場所から少し離れた行き止まりで用を足す人もいるが、再出現した魔物に襲われる可能性があるのであまりオススメは出来ない。
30分くらい経って、混成パーティAが戻ってきた。入れ替わりで混成パーティBが立哨警備に当たる。
そうして皆が十分に休息出来たのを見計らって、樫原さんが皆を呼び寄せた。
「このまま進んで、ボス部屋が出てくるとは限りません。ですので、今日はこの階層で仮拠点を設営し、一夜を明かそうと思います」
異議の声は上がらない。多少休めたとはいえ、皆の顔にはまだ疲れが残っている。
樫原さんはスマホを取り出し、マップを開いて確認する。
「ここから二つ手前の丁字路の北側に大きな行き止まりの部屋があったのを覚えていますか? そこをキャンプ地とします。十分後に移動を開始しますので、荷物を片付けておいて下さい」
樫原さんの指示が終わるのを待たずに、あちこちでレジャーシートを畳む音がし始めた。さっさとキャンプ場所に向かいたいのは皆同じようだ。
美沙もさっさと片付けを終わらせ、千沙さんと手を繋いで出発を今か今かと待っている。
俺もやおらに立ち上がり、一桜達を呼び集めた。
今日はここ最近で一番疲れたように思う。せめてゆっくりと眠れればいいんだが……




