第81話
皆の興奮が収まったところで、Aチームは樫原さんの指示の下、少し休憩を取る事にした。時間も午後一時を少し回った所だし、昼飯も兼ねた一時間休憩だ。
一番大きな照明であるシャンデリアがオシャカになったとて、この第十階層の壁面には多くのランプが設置されており、十分な光量を確保出来ている。
それでもやや薄暗い為、樫原さんが持ってきたバルーン投光器が臨時の光源として活躍した。お祭りやイベントの臨時駐車場でよく使われている、ナイロン製のバルーンの内側でLEDライトを焚くアレだ。
これも金属部が魔鉄製なのでカードにする事が出来る。わざわざ軽トラで配置・回収する手間が省けるのはいいなぁ、栄光警備の備品として揃えて貰えないだろうか?
「監督が来年から揃えるかもって言ってましたよ、あのバルーン投光器」
俺の物欲しそうな目に気がついた美沙がこっそり俺に耳打ちする。マジで?
「イベント会社に資材のレンタルを頼むより安上がりな価格設定にして自社持ちにするとか……でも、その前に栄光警備に依頼が来るかどうかっスけどね」
「霧ヶ峰ホールディングス系列のイベントとかはウチがやるだろ? 資機材はあって困る物じゃないし、カード化出来るなら尚のことだ」
「でも、そうすると紛失が怖くないスか? バカデカバルーン投光器を見失うバカタレはそうそう居ないっスけど、カード化した状態で棚の裏とか車内の隙間に落っこちたりなんかしたら……」
「鍵の取り扱いと同じようにするしかないだろ、キーストラップに結着の上でベルトに付けたキーケースに入れるのを厳命する、みたいな……そもそも追加スキルやカード化スキルを持ってないと使えない点を考えると、運用は五号警備員頼りになるから難しいかもな」
俺と美沙がまだ仕入れてすらいないバルーン投光器の皮算用をしていると、あかりが話に加わってきた。
「楽しそうなお話をしてますねー?」
「ますねー?」
ついでに一桜まで割り込んで来た。大人の話をしてるんだから田町さんと遊んでてもいいんだぞ?
「こっちは仕事の話だっての。田町さんは?」
「SNSであまりにも長い辞世の句を詠んでましたよ」
あかりが突きつけてきたスマホの画面では、恐らく田町さんと思われるアカウントが長編小説並みの長さの投稿を連発していた。
生まれてからこれまでの生い立ちから一桜に出会って以来の色付いた人生や先程の出来事について比喩と修飾語をふんだんに用いて語っており、「もう幸せが限界突破したのでいっそ死にます」と言う一言で締められていた。
田町さん本人は壁際で一桜に引っ張られた左手を右手で愛おしそうにこすり、恍惚と背徳と喜悦と溺愛を鍋でコトコト煮込んだような深く暗いオーラを放ちながらスマホをいじっている。正直言って……怖い。
「一桜はたまちゃんのとこにいたけど、たまちゃん忙しそうだったからこっち来たの」
「そうか……一桜はどうする? カードに戻るか? もう少しこっちにいるか?」
「んーとね、おとーさんのそばにいるー」
俺の手を取った一桜がにこーっと笑顔を浮かべる。
ここが紙屋町や本通りなら仲良し親子の買い物の風景なんだろうが、残念ながらダンジョンである。
この休憩が終われば、今度は情報が全く出てこない第十一階層の攻略が始まる。命のやり取りを強いる事になる。
ヒロシマ・レッドキャップはそこまで強い種の魔物ではない。あまり無理をして欲しくはないが、なるべく一桜の要望通りにしてやりたいとは思う。
……ただのテイムモンスターに、随分と愛着が湧いたもんだ。もはや娘みたいにかわいい。
「危なくなったらカードに戻すからな」
「やーだ! 一桜が危ない時はおとーさんも危ないもん! 一緒にがんばるー!」
駄々をこねる一桜に俺が少し困っていると、美沙が一桜の頭を撫でて言い聞かせる。
「おとーさんは一桜ちゃんが大事っスからねー、痛い思いをして欲しくないんスよー」
「むー……でも……うーん……おかーさんがそう言うなら……でもやっぱり危なくなるまで一緒にいるー!」
一桜はもう片方の空いた手で美沙の手を握り、俺と美沙の真ん中で手をぶらぶらさせている。もはや仲良し家族のおでかけスタイルだ。捕獲された宇宙人スタイルとも言う。
「全くもー、ちゃんと聞き分けてくれないと困るんスけどねー。ね、お父さん」
困ったような口調ではあるが実際にはデレデレしている美沙からお父さん呼ばわりされて、ふと半年くらい前の事を思い出した。
三織におかーさん扱いされてからしばらくの間俺の事をお父さんと呼ぶようになったモンだから、てっきり父親の愛が足りてないかと思っていたが……一桜や三織のお母さんとしての「お父さん」、つまり遠回しな旦那さん呼ばわりだったのか。全然気付かなかった。
「そうだな。苦労をかけて済まないな、母さんや」
俺はやや芝居がかった口調で返したが……美沙は何も言わずに顔を真っ赤にして俯いていた。何なら小刻みにぷるぷる震えている。
てっきり「それは言わない約束っスよおとっつぁん」くらいの事は言うだろうと思っていたのに……恥ずかしがるくらいなら言わなければ良かったのでは?
《いいなー! 羨ましいなー! 私は陰に日向に東奔西走して高坂さんをめちゃくちゃサポートしてるのにラブコメに一切タッチさせてくれないもんなー! 今回の案だって具体的な発案は私なのになー! やだやだやだー! 私もかまってくれなきゃやだやだー!!》
あかりが俺の横で最高のアイドルスマイルを浮かべながら念話で駄々をこねる。おい、お前日本最強の諜報一家のドンだろ。もう少し慎みという物をだな……
《せめてちょっと褒めるとかしてくれたらなー! 子供の頃から付き合い制限されて人の愛に飢えてるのになー! ずっと頑張り続けるのしんどいなー! こんなに高坂さんの事大好きなのになー!》
念話の内容が半ば泣き言めいた物に変わってきたので、仕方なく対外的に説得力のありそうな理由を付けて褒める事にした。
「応援団長、今回の発案はとても助かりました。誰一人負傷者を出す事無くドラゴンスケルトンを倒せたのは応援団長の機転のお陰です」
「え、あ、そうですか!? えへへー、お役に立てて嬉しいです!」
「MVPにはご褒美があって然るべきだと思いますが、何かご希望はありますか?」
俺は内心ビクビクしながらあかりに尋ねた。美沙がジトッとした視線を向けてくる中ではこれが最大限のアシストだ。
頼むから空気を読んでくれ、ここで「ではこの書類にサインを」とか言いながら婚姻届でも出して来ようモンなら色々終わる──!
「じゃあ、みんなで私を褒めてください! 撫でたりしてもいいんですよ!」
あかりは俺と美沙と一桜の前に立つと、両腕を横に開いたまま頭をこちらに差し出した。
俺は湿度が増していく美沙の視線に耐えながら、あかりの頭を撫でた。髪をスタイリング剤か何かで固めているのか、やや硬めの手触りだ。
「よしよし、よく頑張ったな」
「きゃー! やったー! ほらほら、美沙さんや一桜ちゃんも褒めて褒めてー!」
一桜はあかりに抱きつき、美沙も若干不服そうな顔つきのままであかりを撫でた。
俺達は柿崎さんを始めとする数名からの羨望の眼差しを受けながら、功労者であるあかりをたっぷり甘やかした。
§ § §
一時間の休憩時間が終わった。今後の方針についての相談があるとの事で、樫原さんのもとへ集合した。
「博物館エリアの先についてですが、探索者協会からいくつか注意事項があります。まず一つ目、ここから先の映像は撮影したとしてもレイド完遂後、ダンジョンの消滅まで公開しないで下さい。私が説明する事も他言無用です」
「公開するなとは、我々配信者グループにとっては中々横暴な指示ですが……何か理由があるんでしょうか?」
笠木さんが手を挙げて樫原さんの話を遮る。ごもっともな話だ。ガリンペイロは配信者グループ、動画の収益化が大きな収入源だ。
それを制限しようと言うんだから、それ相応の理由を聞かせて貰えなければ納得も出来ないだろう。
「……博物館エリアの次、第十一階層から第二十階層までは……戦場エリアです」
「戦場……?」
どよめく周囲の探索者の呟きにかき消されるような小さい声で、笠木さんが独りごちるように尋ねた。
「……ダンジョンは土地の持つ記憶を吸い上げている、と言う仮説を聞いた事はありませんか?」
樫原さんが唐突に、スマホを取り出してニュースサイトを表示させた。
そこにはスイス・チューリッヒにあるスイス国立迷宮研究所によって新しい仮説が立てられたとのニュースが取り上げられていた。時期的には俺が御山で修行をしていた頃の記事だ。
ダンジョンの中にはその土地の風土が色濃く反映され、エリアの分布や出現する魔物、ドロップ品に独自性を持つダンジョンもある。
宮島ダンジョンの第十一階層から広がっている海上回廊エリアなんかもそうだし、あかりがケルト・北欧神話の文化があるベルギーでルーンを買ってきたのもそうだ。
無論、中広ダンジョンのように特徴がないダンジョンも存在するので、全部が全部そうとは限らない。
しかし、実際に仮説を裏付けるダンジョンも存在しており、ペテンの類と断じる事も出来ずにいた。
「この原爆ドームダンジョンも、その内の一つです。……あ、別に大手町ではなく猿楽町だった頃の街並みや、広島の街が炎上している原爆投下直後を再現していると言う訳ではありません。しかし、原爆ドームのダンジョンに戦場エリアがあると知らされた時の市民の反発を考えると……」
樫原さんが言い淀み、混成パーティにいる一部の探索者の表情が曇る。恐らく彼らは広島市民だろう。
もしも原爆で壊滅的被害を受けた広島をおちょくるような戦場エリアが自分の住む町にあると分かったら、嫌悪感を表明して直ちに対処するようせっつく市民が大勢発生するだろう。
そうなると、探索者協会の通常業務が立ち行かなくなる事が目に見えているし、無計画かつ無理矢理な攻略が祟って死傷者を大勢出す事態も予測出来る。
それなら、攻略の目処が立つまで情報を封鎖し、批判の目を向けさせないようにする……組織としての苦肉の策である事は納得がいく。
俺達を含む表情を曇らせた探索者は、広島市民としてどちらの気持ちも分かるからこそスッキリしない。
子供の頃から原爆や戦争をタブーとし、世界は平和であるべきだと教育を受けてきた傍ら、探索者としてそうも言っていられない現実を生きている。
理想ばかりではやっていけない二律背反のせいで、いかんともしがたいモヤモヤを抱えずにはいられない。
「地元住民の感情を優先せざるを得ないのは分かりました。探索者協会の指示ですから、もちろん従います。こちらは配信者グループなので、理由をお聞きしたかっただけですから」
笠木さんは得心がいった様子で、異議なしとばかりに話を終えた。樫原さんは少し安心したように表情を緩めた。
「ご理解、ありがとうございます。他に異議のある人はいらっしゃいませんか?」
樫原さんが皆に尋ねるが、誰も異議を差し挟まない。樫原さんは小さく頷いて、話を続けた。
「ご異議のない物として、次の注意事項です。自衛隊も第十一階層から先の情報を保有していません。全くの手探り状態です。ですので、これまでのようにパーティの分散は行わず、全パーティ合同で進んでいきます」
「……つまり、一階層ごとにかかる時間が長くなる、って事ですか?」
混成パーティの女性探索者が挙手をして発言する。刀を腰に佩いた存在感の薄い女性だ。
何なら忍者の田町さんよりも忍んでいるが、なんとびっくり、侍らしい。
「その通りです。下手に戦力を分散して分断されたり、退路を絶たれては危険です。ここからは多少時間がかかっても安全を第一に攻略していきましょう。他に質問がある人は?」
樫原さんの問いかけに、ガリンペイロから手が上がった。長岡さんだ。
「時間かかるのはいいんだけどさ、そーなると安全地帯じゃないとこでキャンプしなきゃなパターンもあるよね? 最下層が何階かわかんないけど、長期間の探索ってなると備えが不十分な人とかいたりしない? とりあえず何日間ダンジョンの中で活動するか、どのタイミングで一旦撤退するか、あと一旦帰ってきちんとご飯や水を確保しとくかとか決めといた方がよくない?」
長岡さんの提案ももっともだ。実際混成パーティの何人かはギクっとしていた。まさか今日もベースキャンプに戻る腹積りだったのか?
俺達は何週間か潜りっぱなしになる事も見越して、霧ヶ峰ホールディングス名義で多めの資材を買い込んで持ち込んでいる。
何なら今朝方東洋鉱業から借り受けた魔石稼働の冷蔵庫にもたんまりと食材が詰まっている。
しかし、これを皆に振る舞い続けるつもりはない。探索者のモットーは「自分のことは自分でやる」だ。他人におんぶにだっこではよろしくない。
「……そうですね。ドラゴンスケルトンの再出現は早くて二週間後ですから、一日二日準備したとしても再戦する事はないでしょう。今日は一旦ベースキャンプに戻って、各員二週間程は活動出来る備蓄を用意してください。食糧や飲用水、生活用品は領収書があれば探索者協会が必要経費として持ちます。では、一旦撤収します!」
樫原さんの号令で探索者がバラバラと立ち上がり、ベースキャンプを目指して階段を登っていく。
……だが、田町さんはその中にあってキョロキョロと辺りを眺めていて、先に進む様子がない。
気になった俺は田町さんに声を掛けた。
「どうかしたんですか?」
「あ、いえ、私が投げたコインどこに行ったのかなって」
一桜の激励を受けて、田町さんが渾身の力で投げつけられたおみやげメダルの事だろう。
あかりが言うには大した品物ではないので、無くなった所で別に痛くも痒くもないが……確かに、シャンデリアが爆散してから見ていない。
結構なスピードでシャンデリアにブチ当たっていたし、案外天井にブッ刺さっていたりするのかも知れない。
「一回限りの消耗品だったんでしょうかね? 俺も応援団長からは詳細を聞いていませんから……」
「そうですか……いえ、もし残っているなら記念に頂けないかなーと思いまして……」
「残念ですが、探している時間もありませんし……次来る時にはダンジョンが吸収しているかも知れません」
「ですよね……すみません、諦めます」
田町さんが急いで前方を行く混成パーティに合流するのを、俺は一桜と手を繋いだまま眺めていた。
§ § §
ベースキャンプに戻った俺達Aチームは一旦解散となり、明後日の午前十時集合を目処に各々準備を行う運びとなった。
買い出しに出たり、一旦家に帰ったり、近場のホテルに宿泊したりする面々を尻目に、俺達はベースキャンプに居残ってテント暮らしを継続した。
梨々香の様子も気になるが、ここでやるべき事も多く残っている。装備の手入れもそうだが、シーカーズ・フィールドをはじめとする各種取材が主な用事だ。
美沙はそれに加えて探索者結婚情報誌のインタビューもある。口を滑らせて余計な事を言わないかどうかが心配だ。
あかりは一旦家に帰ってお風呂に入ったりしてリフレッシュしてくると言ってダンジョンを出た。梨々香の様子もついでに見てくれるらしいのでお願いしておいた。
千沙さんは東洋鉱業に刀のメンテナンスを引き続きお願いしていてやる事がないので、博物館エリアでドロップした謎の刀の試し斬りに向かった。
第六階層から先はナオビを配備していないので魔素が溜まり放題だ。帰りの際に魔物はリスポーンしていなかったが、もうある程度魔物が増えている事だろう。
あの腕前なら不覚を取る事はないだろう。眠くなったりお腹が空いたら帰ってくるんじゃないスか? とは美沙の談だ。飼い犬じゃないんだぞ?
ともかく、取材を受けたり装備品の調整に付き合ったりディスカッションに参加させられたりと多忙な二日間を乗り越えて再攻略予定日になった。
一人も遅刻する事なく集まった俺達は階層を順調に降りて行き、ドラゴンスケルトンの居ない第十階層を通り抜ける。
誰一人として無駄口を叩く者もなく、長い長い階段を降り、辿り着いたのはコンクリートの瓦礫の山だった。
徹底的な破壊を受けた見知らぬ街並みが広がっており、土埃の舞う道の上では壊れたテーブルや看板と思しき材木が燃え上がっている。
空は分厚い黒雲が立ち込めており、どこか遠くの戦火を受けてそこここで赤く光っている。
微かに聞こえる悲鳴や断末魔が、色んなものを一緒くたにして火にかけたような焦げ臭い風に乗って運ばれてくる。
……戦争を知らない俺達でもすぐに理解出来る程に、戦場以外の呼び方が思いつかない場所だ。
「さすがに悪趣味っスね、この風景は」
美沙が吐き捨てるように呟いて細剣を抜く。他の探索者達もどことなく憂鬱そうな面持ちで戦闘準備をする。
道の奥では二足歩行で闊歩する緑色の豚の集団が自警団のように見回っている。……オークだ。
「それでは手筈通り、戦闘メンバーをローテーションしながら探索していきましょう。第十一階層、攻略開始します!」
樫原さんの号令に皆表情を引き締めて、隊列を崩さないように進軍を開始した。




