スザン戦争・十三
合掌。
近づく。
はじめ、それがカーチスだとはわからなかった。
ほんの眼と鼻の先に、ばらばらになった肉塊が血の池に転がっている。原型をとどめているのは両腕と胸だけ。むっとするような血臭。地面は血を吸って黒ずんでいる。
「……カー……チ、ス?」
十翼天は視線を落とした。
「すまぬ」
アシュランスは、惨死体から眼を背けた。
あんなものは、カーチスじゃない。なにかの間違いだ、そうに決まっている。
「……いったい、なんの悪ふざけだ? あんたの言う然るべき礼とやらの、冗談か? ちっとも笑えんね」
「すまぬ」
「謝るな。カーチスはどこだ」
「すまぬ」
「謝るなと言っている。カーチスはどこだ、どこにいる」
「すまぬ」
「黙れ。いいから、さっさとカーチスを出せ!」
十翼天は沈痛な面持ちで、腕を持ち上げ、すっとそれを指した。
アシュランスは黙ってかぶりを振った。
眼が、虚空をさまよいはじめた。
「……誤解が、生じた。おまえらも、我らの子供をかどわかした者らの一味とみなされて、攻撃の対象となった。こちらの失態だ。許しは、請わぬ。命の購いは命でしか購えぬこと、俺はよく知っている」
言って、十翼天人は大地に足を下ろした。長い息をついて、ゆっくりと跪く。白い衣の裾が土を掃く。
「俺の名はアノン。恩義を仇で返した咎を受け、この身が滅ぶまでその死に報いよう」
宣誓は、しかしアシュランスを素通りした。
アシュランスは卵を大事そうに抱えたかたちのままの、カーチスの腕に触れた。
まだ、温かい。
絶叫。絶叫。絶叫。
アシュランスは悲憤の咆哮を放ち、拳を地に叩きつけて蹲った。
カーチス・ゴートの最期だった。
大地を掻いて泥を散らし、まさに人馬一体となって現れたのはカズス・クライシスだった。
そしてそのあと、まずアレンジー・ルドルが、次に麾下の兵達が縦に長く伸びて物々しい馬蹄音と共に到着した。
ゲオルグ・ニーゼンは友の無事な顔を認めて気が緩んだのも一瞬で、状況の不可解さに首を捻った。 どうやら、カズス・クライシスが牽引役となり、アレンジーをここまで誘導したようだが、わざわざ敵の主力を集結させるような真似の意図がわからない。
駆けこんで来たアレンジーと眼が合った途端、表情に明るいものがよぎり、瞬く間に曇った。首をまわし、左右周辺へざっと視線を奔らせ現在の戦場の有様を把握したようだ。
カズス・クライシスを追うのを止め、馬首を翻してこちらへやってくる。
雨はやんでいた。
雲間から太陽が顔を出し、光が射す。
それは反撃ののろしのように思えた。
これで天人部隊が投入できる、そうすればまた戦況が変わる。と、勇み足になるところを、ゲオルグ・ニーゼンは自重した。
そんなことはイシュリー軍こそわかっているはず。前回の小競り合いでまさしくその策を用いて一矢報いたのだ。天人兵については警戒しているはず。
「よう、ゲオルグ。無事かー」
「気をつけろ、なにかおかしいぞ」
「だな。俺とおまえを分断させて叩く方が効率いいだろうに、わざわざひと括りにする腹がわからねぇ。ところでビョルセンの親父はどうした。見当たらねぇぞ」
「ビョルセン将軍は行方捜索中だ。おまえの隊の残存はこれだけか」
「いや、逃げろと指示した。ここにいる奴らは俺の命に従わなかった野郎どもだ」
「そりゃ懲罰ものだな。せいぜい、こき使ってやるか」
突然、雑音が途絶えた。
二月になりました。月日の経つのは早いですね。
カーチス・ゴートの最期です。
あと少し、スザン編続きます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。