スザン戦争・十一
戦場より、メリー・クリスマス!
この長き物語にお付き合いいただいている皆様へ
「伝令! 伝令! アレンジー・ルドル将軍、勝利! ゲオルグ・ニーゼン将軍勝利! ビョルセン・メオネス将軍ただいま交戦中! 申し上げます、伝令! 伝令!」
カーチスは声高に叫びながら正面突破を果たした。同時に火矢を放つ。目指すは最奥。
アシュランスなどは敵の旗を掲げ、敵の味方のふりをすることにやや抵抗があったようだが、カーチスはどこ吹く風だった。この程度の騙りは序の口もいいところである。
「伝令! 伝令! アレンジー・ルドル将軍、勝利! ゲオルグ・ニーゼン将軍勝利! ビョルセン・メオネス将軍ただいま交戦中! 申し上げます、伝令! 伝令!」
後宮の守りは手薄だった。ほとんど兵士がいない。灯りもない。かつては華やかに彩られていただろう宮は、いまは薄暗く、湿っていて、くたびれている。
渡り廊下を駆け抜けて、突きあたりを曲がると、ずらりと贅の尽くした扉が並んでいた。
カーチスは「捜せ」と兵を割り振った。自分は二十騎を連れて奥へと進む。
「ったく、なんで王族って人種はスキモノなんだ」
「えー、羨ましい話じゃないっすかあ」
「ばかやろう。嫁さんはひとりかわいいのがいればそれで十分だろう」
「……待て。ミシカはかわいい、か?」
「やらんぞ」と、カーチス。
「いらん」と、アシュランス。
「えーっ。隊長、“難攻不落のミシカ”を落としたんすか!?」
「おうよ。スザンの王の首と引き換えに王子に祝儀をもらうつもりだ。ってわけで、ぬかるんじゃねぇぞ」
火が回ってきた。煙が、徐々に這って来る。
前方に番兵四人を発見した。突如の乱入者に血相変えてあたふたしている。
「止まれ、止まれ! なにごとだ」
「伝令! 伝令! アレンジー・ルドル将軍、勝利! ゲオルグ・ニーゼン将軍勝利! ビョルセン・メオネス将軍ただいま交戦中! 申し上げます、伝令! 伝令!」
明らかに様相がおかしい事態なのに、掲げられた自国の旗と自国の将軍の名を告げられて戸惑いしながら、問答無用のうちに、一気に斬られた。
カーチスは弓矢兵を前面に構えさせ、最奥、最後の扉を自ら蹴り開けた。
ドロモス・ヨーデル・スザン王は風の天人の鉄壁の守護の中にいるとばかり思っていた。それをどう攻略するかと頭を痛めていたのだが、まさかこんな事態に直面するとは、予想外だった。
相当数の天人が、苦しみ悶えつつ、床を七転八倒していた。
六枚羽から八枚羽まで、耳を押さえ、頭を抱えるように、ある者は口から泡を吹きながら失神し、ある者はひどく痙攣し、ある者は嘔吐、ある者はのたうっている。白い羽がごっそりと抜け落ちて、異様な光景だった。
カーチスは眼を走らせた。
いた。
スザン王は放心したように部屋の隅に縮こまっていて、胸に、なにかを抱えている。
カーチスはスザン軍の国旗を無造作に投げ捨てた。鞍上より飛び降りる。足もとに敷かれた天人の羽根が舞い上がる。その手で腰に佩いた剣の柄を握り、無駄のない動作で鞘より刃を抜き放つ。
ゆっくりと、歩を進める。すぐ後にアシュランスが控えて、警戒を怠らず、具合の悪そうな天人たちに眼を光らせている。
「ドロモス・ヨーデル・スザン王でいらっしゃいますな」
齢六十を超えた王はげっそりと衰弱して見えた。どこにも一国の王たる覇気が感じられない。憔悴し、やつれ、眼は虚ろ、心ここにあらずといった顔でぶつぶつとひとりごとを呟いている。
だが、腰には王笏を差し、肩布も、指輪も、衣装も、王であることを示している。
「その首、我が主、キルヴァ・ダルトワ・イシュリー殿下の名の下にもらい受ける。覚悟召されよ」
カーチスの剣が一閃する。スザン王の首がごと、と落ち、鮮血が真上に噴いた。
その瞬間、魔法の心得のある者ならば楔が解けたことに気がついただろう。それは風の天人と国王との間に取り交わされた契約の終了を意味していたが、そのことを理解する者はこの場にいなかった。
カーチスはマントで顔を覆い、血飛沫を避けると同時に、片腕を伸ばして王の首を受け止めた。床に転げなかったのは、ささやかな情けを払ったゆえだ。
「貸せ」
アシュランスが用意していた蓋つきの籠に納める。
カーチスは部下たちを散会させた。
「どこかに風の天人の子供がいるはずだ。捜せ」
「待てよ。それが、そうじゃないのか」
アシュランスの手がスザン王の亡骸を指す。腕の中にあるものは、円い卵に不恰好な羽が三枚生えていて、殻も羽根も灰色にくすんでいる。
カーチスとアシュランスは並んでその物体を眺めた。
「……二翼の子供、って言っていたろ?」
「だが見たところ、二翼も子供もいない」
「そういや、天人の子供って、どんなだ」
「俺が知るものか」
「そういや、天人って、卵から生まれるのか」
「俺が知るものか」
「訊いてみるか?」
「阿呆。奴らが本調子にならないうちに逃げるぞ。それ、さっさと掻っ攫え」
「どっちが上司だよ」
カーチスは恐る恐る卵に手を伸ばし、それを抱えた。三枚羽のうち一枚が、ぴくりと動いた。続く絶叫。危うく落とす寸前で、カーチスは慌てて角度を変え、抱き直す。
床に這う天人の苦しみようは尋常ではない。おそらく、ひとには害のない、天人特有の周波のようなものがあるのだろう。
カーチスは自分の馬の手綱を取って、小脇に卵を挟んだまま器用に跨りながら、馬首を返して言った。
「あー、悪いな。俺、なにも出来ねぇんだわ。けど忠告だけさせてもらうと、ここはやがて火の海になる。あんたたちも早いところ、逃げた方がいいぜ」
カーチスの合図で、撤収した。
スザン王、最期です。
年内最後の更新です。
皆様、つつがなくよいお年をお迎えください!
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。