⑦-9
室岡先生は、俺のこわばる顔を見てハハーンと思ったらしく、
「リラックース、リラックースゥ…」と森本○オ調の声で、背後から両肩を撫でてくれる。
いや、もちろん緊張もしてるんですけどね。そ、それよりも…。
息が耳にかかって…なんかちょっと耳…感じちゃうナ…なんて。き、気のせい気のせい!!
室岡先生が離れると、俺はさりげなく窓側に移動した。
ちょうど視線の先にいた、うしろの杏奈を見るが、俺のことなんか全然眼中にない様子だ。
自分の爪をじいっと見ている。
「他人のフリするから!!」という宣言を、頑なに守っているのだろう…。
(ああ…わかったよ、他人のフリしてやるさ)と俺もひとりごちる。
せめて、アイコンタクトしてくれてもいいのに…なんて気持ちも起こるが。
教室中央にもどりクラス内を見渡すと、教卓の真前に、まりあがいて…!
そのメガネ越しに、俺に鋭い視線を投げかけていた。
いやここまではさすがにいいっすよ。
しかも、アイコンタクトっていうより監視だろ、これじゃあ。
そのとき、後ろのドアが静かに開いた。
ねこむらタミーこと、根本民江が…クラスに入ってきた!
しかも、ど真ん前!しかも…まりあの隣だし!
「こらあ…根本ォ…! なんで遅れたぁ?」
室岡先生が呆れたように、タミーに聞く。
タミーは消え入るような声で「ねこに…エサあげてました」と
ふざけてるとしかいいようのない返答をする。
そのやりとりを聞いて、教室にクスクス笑いがもれた。
決して気持ちのよい笑いではない。バカにしたような鼻で笑うような…そんな空気だ。
「…ったく。次、遅刻したら、今度こそ校庭10周だからな」
10周…?! あの広い校庭を?
室岡先生って案外厳しいんだな。
というか…このクラスの雰囲気がなんだかタミーに対して…ちょっと冷たいと思うのは俺だけだろうか。
タミーを見るとずっと下を向いたまま。
あの…俺に向かってエセ関西弁をしゃべるチャキチャキっ娘の面影は、どこにいったんだ!
まさしく、大人しく「猫をかぶる娘」になり果てているじゃあないかっ!(これを言いたかった)
タミーを見る俺を、まりあがじいい…と見ている。
なんだか落ち着かないんすけど…。
タイミングよく、チャイムが鳴った。
出席はとらなくても、今日は…全部の席が埋まっていて…全員出席だった。
ふうう…と深呼吸をすると、俺は自己紹介を軽くすませて、さっそく国語の授業を始めることにした。
予習もイメトレもしたし…この流れで行けば、初授業は成功で終わる…!
と確信してたのに…。
ぴるるるるるる…とどこかから携帯の着信音が鳴った。
あたりがざわめく。「誰だ?」とすごんでみせようとしたとき…。
スマホの画面を見ていた室岡先生が、しゅぱっと右手を挙げた。「持田先生…」
「はい?」
「申し訳ない…。6人目が産まれたらしい…ので、ぼくはここで失礼致しまする~」と
風のように去っていく。
え、6人目ってナニ? えっちょっと待って。と言う間もなく、
俺は…36人の女生徒とともに1人取り残された。
超不安だよおおおおおっ!!と叫びたいところだったが、俺は教師!いかした教師!
1人で頑張れるもん!と冷静ぶって、笑顔も見せる。
「よし!じゃあさっそく『恋はあの壺のなかに』の続きからやろう!
確か、光男を追って幸子が牛久に行くところだったな。98ページの『5章、愛の逃避行』の3行目」
教室内がパラパラとページをめくる音で一色になる。
うんうん!いい感じだ。共同作業って感じ。
続いて、俺は黒板の日付を見て
「よおし! じゃあ今日は25日だから出席番号25番の人に音読してもらおうか!」
と勢いよく言った。
しーんとするクラス内。
「ん~、今日は欠席がいないから、いるはずだぞ…」
と言いながら、出席簿を見て(25番…25番…)と探す。
25の隣にあった名前を読み上げる。
「三上!」
(ん? 三上?)
三上ったら…杏奈じゃないか~~~~~!!!
都さん側の事情があって旧姓のままで「持田」姓になっていない杏奈だった…。
ぱっと杏奈の方を見ると、俺をすごい目で睨みつけている。
美少女だから、プンスカ怒る顔も様になっている。って…ちがぁあう!!
なんでよりによって「他人のフリ」と決めたはずの杏奈に当ててしまったのか。俺のバカチーン!
杏奈はしぶしぶと立ち上がると、教科書を持って、小さい声で読み始めた。
「幸子が駅についたときには、光男の残した……」
杏奈が口ごもる。漢字が読めないらしい。
「もめん」と、俺は補足する。
「木綿のハンカチーフと、あかいろの」
「朱色」
「…のネッカチーフが…てつ…鉄線にひっかかって、かぜにたなびいていた」
オドオドと読み続けるが、漢字が読めずつっかえてしまう。
真っ赤な顔をしていかにも…泣き出しそうな顔をしている。
俺は見ていられなくって「もうそこまででいいぞ」と思わず声をかけた。
そのとたん、「ずるーい」という声が響いた。
「先生、三上に甘くないですかあ?」
廊下側の後ろにいる席のギャルが、頬を膨らまして、杏奈を指さしている。
「アイドルだからって…ひいきしてるんですかあ?」
「ち、違うぞ!」
「可愛いっていいなあ~。漢字読めなくても怒られないんだもん」
そのとき、バンと机が動いた。まりあだった。
後ろを振り返ったまりあの左右の三つ編みが揺れる。
「コンドウアミ! おめえまじでウゼエんだよ!」
「はあ? なんで関係ないアンタが入ってくんの?」
ちょ、ちょっと待って。ケンカ?
てか、ここ女子高だよね?ね?仲良くやろうよね?ね?
俺はおろおろして、2人を止めにかかった。




