⑦-2
喫茶店に行くと、智毅が思いつめた暗い表情で、ボックス席に座っていた。
こ、これは……結構やばめな事態が起きたのか?
ゴクリ…と喉が鳴る。
おそるおそる近づいて「……智毅」と呼びかけてみる。
「しゅ~んっ!!」
俺の顔を見ると、ホッとしたのか瞳がうるむ智毅。
「どうしたんだよ」
そう言って、俺は智毅と向かい合わせの席に座った。
「お、俺…もう無理かもしんない」
グシグシ鼻を鳴らしながら、絞り出すように言う智毅。
「なんでだよ。県立おかべ高校も良い学校だって、熊谷教授が言ってなかったっけ?」
「だって嫌なもんは嫌なんだよおおっ…!」
「は?」
「俺、さっそく告られたんだよおっ!!!」
……ハイ?
「男にしては可愛い顔してんじゃん。実は男装女子だったりすんじゃん?
ちょっと脱いでみせてよ……。って初日からセクハラ発言満載でよお…。
俺がなに言ってんだ、教師からかうのもたいがいにしろ!って怒ったら、
きゃ☆ギャップ萌えしちゃった、センセイ。俺と付き合ってよ…って……」
「……」
なんとまあ……初日から濃い経験をしたことだ。
というか、それ完全にからかわれてるだろ。
「そんな奴、無視しろよ…」
「うん……だけどさ。俺の受け持ちのクラスの、一番の問題児なんだよ」
「……うん。そういうこと言う奴は…たいていそうだよな」
「しかも、奴は……両刀使いのシゲって呼ばれてて…気にいった男は体育館裏に呼び出して……」
「……」
俺は水をゴクリと飲む。
「……お尻を揉むらしい」
おもわず、口から水を噴き出した。
「いやいや、お尻くらいなんともないだろ……! 触られたって別に」
「そんなんじゃないんだ。奴は…シゲは…お尻の感触でこいつはヤレる!って即断できるらしいんだ」
いわゆる同人誌などを書いているBL好きの腐○子が聞いたら、泣いて喜びそうな話である…。
ただ俺は、その気もないのでよくわからない……。
揉まれてヤレる!って思われたって、そんなの別によくねえか?
なんで智毅がこんなに怖がっているのかがよくわからない。
「あのさ……なんでそんなシゲのこと詳しいの? 好きになっちゃったわけ?」
智毅はぷうっと頬をふくらませる。
「そんな意地悪言うなよ、瞬。おれが好きなのは、ももてぃんだけだって知ってるくせに…」
「……」
そうか…。智毅はリリカそっくりのももてぃんに、片思いをしてる最中だから、
シゲに思いを寄せられても困るってことをいいたいのか…? う~んよくわからん。
「ももてぃんがさ……今朝、頑張ってねってメッセージくれて」
俺は耳を疑った。
「え? ももてぃんが?」
「そう…このあいだの仙台ツアーのとき、ライン教えてくれたんだよね♪」
「……」
俺は呆然として、口をあんぐり開けた。
そんな…いつのまに…ももてぃんと智毅がラインする仲になってたなんて……。
「お前、しつこく聞きだしたんだろ」
「しつこくってほどでもないよ……。ただ、いつも出待ちはしてたかな…。
ライン教えてくれたときは、俺カサ忘れちゃって、ずぶぬれで待ってたんだ。
そしたら気の毒がってくれてさ……ツアー用の非売品のタオルくれて、これで拭いてって言ってくれて…。
マジで優しいのな、ももてぃん」
そう思い出しながら語る智毅は、まるで恋する乙女のように頬を赤らめている。
智毅が仙台ツアーに行ってた、とか、ももてぃんがラインを交換してたとか……。
初めて聞く話ばかりで俺はショックを受けていた。
ももてぃんの借金が早くなくなるように、と智毅を自由に泳がせている……俺への罰なのか。
何よりも俺は、智毅の本気を舐めていた。
こいつは、思い込んだら徹底的にやる漢だった…!
「ずぶぬれ子犬作戦」で、純粋なももてぃんの同情をひくのなんかわけないことなんだ…!
くっそぉ。このままじゃももてぃんが盗られてしまう!
言うか……?俺の彼女だって、この際言ってやろうか…?
俺は内なる声とせめぎあう。
そんな俺に気が付かないまま、智毅は会話を続ける。
「今は、トマトちゃんが抜けて、闇闇ガールズの人気も下火になってきたろ?
ももてぃんも…つらいかもなぁ」
「なんだよ! そんな彼氏みたいな言いぐさ…! やめろよ!!」
智毅はびっくりしたような顔で「なんでそんなに怒るんだよ、瞬~」と口をすぼめる。
なんか、ムカムカしてきたぞ! 智毅の顔見てたら……俺もお尻を触ってやりたいって……
って違うから!それはムラムラの方ですぅ!!って…なにひとりツッコミしてんだよ、俺…。
智毅はとつとつと話を始める。
「ファンはさ…声援だけじゃなくて、ずっと寄り添うことも大事なんだ。
俺、むかしリリカで教わったよ。常に連絡をとることが重要だよって。
リリカはそう…俺に伝えてくれたんだよな。
グッバイ!リリカ…俺の初恋……」
なんか……言ってることがマトモで、むかついてくる。
「ももてぃんグッズも、最近マグカップが変わってさぁ」
なんか……俺よりも、智毅の方がももてぃんを…好きみたいで、むかついてくる。
でも…ももてぃんの彼氏は俺だってことは変わらないわけで。
けど、その地位に安穏としていられないことは、
智毅の話を聞いていて、痛いほど伝わってきた。
このままの智毅の勢いだと、ももてぃんだって……情にほだされて付き合ってしまうっていったことも
起きるかもしれない…。
そんなの…そんなの…絶対やだ!!!
だからと言って、俺が「実はももてぃんと付き合ってる」ということも……今の段階では言えそうもない。
借金を早く返すために、智毅をダシに使うといった悪魔みたいな目的もあるが、
一番は、智毅をがっかりさせたくない気持ちの方が強い。
リリカを失ってからの、あのやつれた智毅の姿をもう見るのは嫌だな…と思うのだ。
はあ…難しいなあ…色恋沙汰ってやつは。
とりあえずもうあんまりももてぃんにかかわってほしくはないので
「困ったことがあったら、(ももてぃんではなく)全部俺に相談しろ!」と力強く言っておいた。
智毅はウン……とこそばゆそうな表情で、俺を上目づかいでぱちぱちとまばたきをして、静かにうなずく。
だからそういうのが、女っぽいって言われるんだ…!!(俺もちょっとドキっとしちゃったぞ)
「そういえば、瞬は静蘭どう?」と別れ際に聞かれたが、
まあなかなかいい感じだったぞ…と大嘘をついておいた。
童貞にしかかからない魔法にかけられて、全校生徒の前で「俺の彼女はアイドルだよ~」と大絶叫した…
なんていっても信じられないに違いない。
だって、当の本人の俺も…信じたくないもん(泣)あれは夢であってほしい。
大石のババアに、ハ○ーポ○ターのように、忘却の魔法がかけられる杖と呪文をつくってほしいくらいだ。あの場にいた全員にかけてやりたい!!
「まあ…2週間だし、がんばろうぜ」俺がそういうと。
「うん!」
悩みなんかキレイさっぱりとれました~的な呑気な智毅。
顔を見てたら、別れ際に嫌味のひとつも言ってみたくなる。
「(ももてぃんよりも)シゲと仲良くな!」
「うん!」
単純な智毅には、嫌味は通じなかったらしい。
意気揚々と、帰っていったのだった……。
スマホをひらくと、杏奈からのラインが山のように来ていた…。
マジで~?!とほほ…と途方にくれる。
さらに疲れてしまった俺は、ようやく帰路についた。




