⑥-10
静かになる教室。なにが起こったのかとみんなびっくり呆然している。
「なーんてねっ」
真面目だった室岡先生が一変し、てへぺろをした。
「なんだ、びっくりしたー」
芸能科の女生徒たちは、発声練習をやめてきゃいきゃいと騒ぎ始める。
室岡先生はその反応が嬉しかったのか、ふふふと笑った(髪もふわんふわんふわん…とたなびいた)
お茶目で陽気な先生らしい。
俺はこういう人が指導教諭で良かった~と、ほっとした。
室岡先生は、少女たちのざわめきがいったん落ち着くと、
「今日から2週間このクラスで実習を受け持つことになった先生を紹介するぞ!」と声をはりあげた。
とその瞬間、廊下にいて様子をうかがっていた俺の左手が、前にひっぱられて。
俺は、つんのめりながら教室にととと…と入っていった。
待ち構えていたのは、黄色い声援ではなく。
「ぎゃあっ。あの人、さっきのアイドル彼女の人じゃん」
「うわっ最悪~」
黄土色した淀みのような声の数々だった。
な、泣いてもいいっすか…(泣)。現にまぶたがじんわりと温かくなってきたぜ。
「はいはーい!しつもーん!」
お嬢様学校の静蘭にしては派手な、ミニスカート履いてつけまるげてる、ちょっとチャラメの女の子が立ち上がった。
「彼女ってだれですかぁ~?」
「あ、それ聞きたい~」
俺は、思わず下を向いてしまう。
「教えてくれるまで、逃がさないから~」なんてからかってくる。
俺は助けを求めるつもりで、室岡先生を見たが、
(おしえて)と口ぱくでにこにこしながら俺に聞いてくる始末である。
「い、言えません。というか、いません。さっきのは……あがってて……なんかよくわかんないことを言っちゃったんです。だから、さっきの発言は気にしないでください」
言えたっ! 俺、ちゃんと言えましたー! good job!
アイドル彼女疑惑、ちゃんと晴らしましたよー!
な・の・に!(泣)
前にいたメガネをかけた真面目そうな女の子が、
「てかそれって自分の願望が言葉に出ちゃっただけなんじゃないですか。潜在意識っていうか…」
「あ、そうだよ! きっと心深くにしまいこんでた願望が……って。ぷっ!」
少女たちは、俺を見てくすくす笑い始めた。
潜在願望説になってる~。
さすがにここまでくると、俺はもう……あきらめた。
とにかく、俺はアイドルの彼女がいる願望がある、痛い男でいいや。
杏奈が義理の妹であることが内緒にできればいい。
もしわかっちゃったらやりにくくてしょうがないから。
それに、俺の彼女はたしかにアイドルなんだけど…学生ではないわけで……。
さっきのももてぃんからの励ましLINEを、思い出すとムフフ…と頬がゆるむ。
「きもっ」とどこかから声が聞こえた。
きもくてもなんでも、俺を好いてくれる女の子がただ1人でもいればいいもぉ~ん。
と俺はあっかんべーをしたい気分になった。(しなかったけど)
そういえば、と俺はそのときようやく気が付く。
猫村タミーがいない…あれ? 朝会ったのに…。どこ行ったんだ?
室岡先生が出席確認の点呼を始める。
「えっと三上さんと宮田さんは今日までだったな」
杏奈とまりあは、明日からこの学校の、しかもこのクラスで授業を受ける。
なんて皮肉な展開なんだろうか…。
杏奈とまりあは、俺が教育実習をするといったらどんな反応をするのだろうか…。
俺の心臓が今から、どっきんどっきんと脈早く打つ。




