①-1
木枯らしが吹きはじめた、とある12月の夜……。
暖をとろうと入ったのは、「安くて!早くて!上手い!」がモットーのラーメンチェーン店だった。
家族やカップルたちでテーブル席は埋め尽くされ、俺たち2人はそろって奥のカウンター席に通された。
隣に並んで座って、この店1番人気の塩チャーシューメンを食べる。
ずるずる…ずるずる… ひたすら無言のまま。
あきらかに周りの雰囲気と様子が違っていた。
テーブル席がわいわいきゃっきゃっの「陽」なら、俺たちはどよどよどよ~んの「陰」。
漫画でよくあるような火の玉のような渦が漂っているに違いない。
智毅が小声でつぶやいた。
「……しょっぱい」
「そうかな? 俺はまあまあだと思うぞ、この塩チャーシュー…」
「塩チャーシューじゃねえっ!! 俺たち2人がしょっぱいんだよおおっ」
悲鳴にも似た智毅の雄叫びが、店内に響き渡る。
店内にいた客が、いっせいに俺たちに視線を向けた。
「ば、バカっ! しっ!」
あわてて智毅の口をふさぐ。フガモガとしゃべり続けようとしたため、ふさいだ俺の指の隙間からナルトを滑り込ませる。
「……(もぐもぐ…)」
どうやら落ち着いたようだ。
まあ……智毅のいうこともわからないではない。
いくらなんでもしょっぱすぎだろう。これが合コン帰りで、今日がいわゆるクリスマスイブだとしたら……。
はじまりは1週間前。
俺たちが通う黒山大学教育学部には、赤西太一という男がいる。
なにやらせてもオールマイティなこの男。顔が広く、どこに行っても人の輪ができる。アイドル…、
いやまるであの、某夢の国のあのお方…並みだ!(ハハッ)
そんな男が、教室の隅にかたまったほこりくずのような俺たちに、
「あのさあ、24日って暇? 合コンやんない?」
としゃべりかけてきた。
智毅はすっかりあがってしまって「あ…う…」としか言えなくなって。
「いいよ」答えたのは俺だった。内心は心臓バクバクしてたけれど、そんなことはおくびにも出さないよう平然と答えた(つもり)。
「じゃあ、23に詳細メールするから!じゃあな!」
うなずくのが精いっぱいだった。智毅を見ると、隣で固まったまま。
そもそも赤西という男に対してまったく免疫がなかったらしい。
行きかけていた赤西太一が、立ち止まり振り返る。
「てか、俺のLINE知ってる?」
ボーと回想にひたっていたら、ラーメンを食べ終えたらしい智毅が、飲んだお冷を勢いよく置いた。
びちゃっと水がはねて、俺の袖にかかる。
「お、おい……」
「太一のやつ。きっと俺たちをダシにつかったんだよな!」
「……」
「あいつ。みんな、お持ち帰りしやがった……!!」
くぅっと心底悔しそうに、握りこぶしをつくって下を向く智毅。
そうなのだ。赤西は予想通り、可愛い子たち数人と連れ立って、途中で消えた……。
それに気づいたのは20分以上経ってからだった。
残りものの女子たち3人…と会話の弾まない俺たち。しびれを切らしたように「私たち、今日は2千円でいいよって赤西君に言われてるから」と言って、きっかり6千円払って去っていった。
もちろん残額は俺たち2人で払った。明後日出る新作ゲームを買おうと思ってたお金が財布からすっかり無くなった。
「瞬は悔しくないのかよ!」
「悔しいよ。でも…しょうがないじゃん」
顔をゆがめた智毅をしり目に、俺はラーメンのどんぶりを持って、きれいに飲み干した。
手を合わせてごちそうさまをする。
「はあ~~俺はお前がうらやましいよ」
「そうかねぇ」
いつもやってるやり取りが繰り返される。高校のときからの合言葉みたいなもんだ。
立ちあがって会計を済ませ、外に出ると寒さが身にしみた。
街中を彩るイルミネーションがキラキラと反射して見える。
その場につったってる俺たちの前を、手をつないで行きすぎるカップルたち。
傍らの智毅がじとぉ~と視線をはわせていた。
「あー、彼女欲しいなあ」
俺はポケットから帽子と手袋を出して、いそいそと身につける。
「じゃ、帰るか」と言うと、智毅は呆れたように怒鳴った。
「瞬、お前マジで女の子に関心がないのか!」
いつになく真面目な問いかけに、俺は智毅の方を振り向かざるを得なかった。
「関心がないわけじゃないよ。だから合コンにも行っただろ。けど…」
「けど…なんだよ!」
「いますぐは…いいかなぁ」
「なんでだよ! 可愛い女の子と手つないだり、抱きしめたり、胸でもふもふされたいだろ!」
……思考、だだもれ。
しかも、声が大きい。道行く人々に丸聞こえだった。クスクス笑う声が聞こえ、俺は全身が熱くなった。
恥ずかしい。
こういう裏表のないところが、智毅の悪いところでもあり、良いところでもある。
「お前に可愛い彼女ができることを祈ってやるからさ、少し落ち着け」
「いらんわ! お前はブッダか!いつも悟りきってよォ!」
「……」
「お前、あだ名つけられてんだぞ!ブッダって」
「ブッダに失礼じゃないかぁ?」
「そういう問題じゃない!」
「あ、智毅。俺たち2人にもあだ名つけられてるの知ってる?」
「なんだよ」
「ぐりとぐら。だって」
「!!!」
絶句する智毅。
「ぐりとぐら」はごぞんじのとおり、日本では知らない人はいないであろう、
有名な絵本に出てくる、双子の野ネズミ。
大学での講義にも何回か出てきたような気がする。健全な子どもの育成に必要な絵本で、確かロングセラー…。有名なあの表紙を思い浮かべながら、智毅の格好を見ると、黒のダッフルに赤のマフラー。
ちなみに俺はマフラーも帽子も手袋も、みんな青だ。
同じ中肉中背の背格好に、どこ行くにもいつも連れ歩いている俺たち。
やっぱりどうみても……
「ぐりとぐら」だった。
ナイスネーミング、赤西太一。やっぱりネーミングセンスも最高なんだな、赤西太一。
案の定、智毅は「ゆるすまじ!」と怒って帰ってしまったが、
あいつのことだから、寝たら忘れてるだろうと思う。
智毅には言わなかったけど、さっき、いいなーと思う女の子はいた。
だけど、1回も目が合わなかった。向こうは俺とは合わせる気もなかったんじゃないかな。
視線は常に赤西太一にあったから。
でも残念とか思わない。やっぱり俺は枯れてるのかもしれない。




