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彼は魔族の王  作者: 暗黒わらび
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それから十年の時が経った。


でも、まだこどもだ。この調子だと、体が成長しきるまでにはあと数十年もかかりそうだ。

一応45回誕生日を迎えたら、学校に入ることになる。入学規定年齢を決めるとき、俺がネフィリムの生態をよく知らなかったんで、幼すぎず育ち切っていない年齢と大雑把に指示したらこの数字になった。

最初の学校の創立式にはダクト(おれ)も出席して、実際に生徒たちと顔を合わせた。その時の印象ではいわゆる小学三年生といった容姿だったので想定とはさほど違わない。でも齢45である。


読み書き計算、そのほか各種族の知識や一通りの地理歴史とか、そのくらいの教養は皆が持っているべきだと思った。だから最初の3年は義務教育として位置づけられている。

ところで、順調にいけばもう間もなく俺も入学することになるのだが………。たかが3年でも、もう一度お勉強だなんて正直御免である。無用の長物だとは決して言わないが、嫌なものは嫌なのである。

だけど自分が作った制度である意識もあるから、さぼる選択肢もあり得ない。なんて面倒くさい……俺の性格。馬鹿なのか。


「兄ちゃん、兄ちゃん」


声とともに袖を引かれる。ぼさぼさの髪を押さえつけるようにいつも帽子を被っている少年、テスリンだ。15年前に生まれて、目下のところ町の最年少。兄弟ではないんだけど他には誰もいないから、この状況では俺がお兄ちゃんだ。


「きのぼりおしえて。このまえ言ってた。まっすぐなのに登るやつ!」


「おう」


荒野は知っておくべき危険が幾つかある。小さい子の側には大きい人がついてやるのが習慣で、それで俺とメメアはほかの上の子と一緒に行動していたようだ。

本人たちは役目だの習慣だのなんてあんまり意識してないけど、なんとなくそういうものみたいだからそうしてて、これが共同体ってやつなのかもしれない。基本的に大人たちは放置だし。


「まっすぐな木ってあれだよな? 小さい家があるとこの」


テスリンは頷いて「森!」と叫んだが、あれはせいぜい疎林だぞ。


「森っていうのはな、木が数えられないくらいあるところを言うんだ。何十人分もの両手の指が必要なくらい」


「そんなとこ本当にあんの?」


「あるんだよ、それが」


ちなみにテスリンの言う森には二人分の両手の指ほどの木が生えている程度だ。

かつてそこに住んでいた老ゴブリンはもういない。

ある日ふらっと旅立った。自分の最期をみずから探しにいくように。

もともと、定住に価値を置かない文化なのかも。ここにいたのは、彼女の言葉を借りれば風景を気に入ったからだ。

直前に会えたのは本当に偶然だった。その折家は好きにしていいと言われた。

子どもたちの秘密の場所、という意味では変わっていない。

誰かが手入れしないと、建物はすぐに潰れちまうしな。


ひときわ太くて頑丈そうな木を選ぶ。その分枝は高いところにあって、飛びつくのが困難になる。とくにこの「まっすぐな木」は枝が天に向いてるから、ぶら下がるのも大変だ。

そんなときは幹を掴んでよじ登る方法をおすすめする。具体的には木をしっかり抱き、足の裏を幹に押し付けてつっぱねる。手と足の力の向きが合ってないと、いくら爪があったってだめだ。子供であっても猫ほどには軽くないから、木の皮に盛大な傷痕を付けながらずり落ちることになる。言い忘れてたけど、ネフィリムは無駄に頑丈そうな爪が五指に生えている。目が赤いのと同じくこの種族を判別できる特徴だ。

抱き付くのが難しいくらい木が太いときは、そこもやはり工夫次第。

たとえば布か縄か、頑丈であまり長くないやつを用意する。出所は秘密基地こと元シャムシャムの住み家だ。

幹ごしにそれの両端を持って輪っかをつくる。

しっかり握って引っ張ると、腕が伸びたような感じでさっきのやり方で登るのがすごく簡単になる。素足でやるのもポイントだ。


「登った! 登ったよー」


太い枝の上でテスリンは喜びを全身で表現している。少なくとも俺は落ちても大丈夫って実経験と共に確信してるけど、よくあんなところで好きに動けるもんだ。

降りてこずに、どうやら俺を待っているようなので、ちゃちゃっと上がる。


「はやーい」


「力のむきと、バランスが大事なんだぞ」


ドヤっと言ってみると、素直に頷かれた。子供の無垢な反応というのは、心を衝くものがあるな………。

こいつだって、実に15年生きてるわけなんだけど、見かけのままの幼さを持っている。長命種族だからって精神だけ老成する、てわけじゃないことが段々わかってきた。それでもざっと幼稚園児が本格的な木登りを教えられて理解し、こなしてしまうような差はあるんだけども。

老いを自覚することが、人に成長を促すんだろうか。

だとしたら、俺は若造から進んでないわけだ。そういや結婚も経験してない………あ、なんだかとっても切ない気分になってきた。


梢をゆらす風が吹いている。茫洋と景色を眺めていたテスリンはさっと帽子を押さえた。大きさが合わなくてすぐずり落ちるのだが、どうしても被っていたいらしい。帽子を定位置にもどす素早さは手馴れてかなりのものだ。

もらった時なんて、会う人みんなに見せて周ったようだ。もちろん俺のところにも来た。おもちゃを買ってもらった子供みたいにすぐ飽きるだろうと予想していたのだが。

ずっと被ってるとはげるぞ、とからかったのは俺だけではなかったようで、嘘だもん、と即座に否定されてしまった。


「木がいっぱいあるってさ、どんなの?」


「そりゃあ、すごく緑みどりしいんだよ。木も草もいっぱいあって、進めないくらいだ」


「ふーん」


我ながら適当な回答だ。

日本では都市部で育ち、広大な自然が残っているこちらでは行軍時にしか森に踏み入ったことのない、俺らしい表現だな。


「みてみたいな」


ぽつりとテスリンが言った。地平まで森が続いているさまを想像していたのかもしれない。

木の上からだと、この足元の狭い範囲をのぞいて荒地と岩ばかりが広がっているのがわかる。


「いってみたいな。そこに行って、見てみたい」


「ああ、いいだろうな。森とか、海とか、きっと想像もしないようなところだ。そこに住んでいる人々も暮らしも、町もみんな違う。海の底にも山の上にも、それぞれの種族が住んでる」


「うみの底に? やまってなに?」


「ん? えーとな、でかい丘だ。頂上まで1日かかったり、雲より高かったりするんだ。ドワーフの町はそういうところにあるんだと」


「へええ………!」


お、おおう。

すっごい瞳がきらきらしてるよ。星があるよ。

なんだか無責任なことをしてしまった気がする。なに言ったっけ?

適当な態度だったのに、えらく感激されてしまった。


「兄ちゃんは!?」


ばっ、とこちらを振り返る。

ちょっと落ち着け。木から落ちるぞ。


「いこうよ! みにいこうよ! みたことないんだもん!」


ああ、そういうことか。

一人で行かないのかなんて聞くのは違うよな、これは。

まったく、嬉しそうな顔しやがって。人の顔って、本当に輝いたりするんだなあ。


「森も、海も、山も、みんなさあ」


「冒険したい?」


「うん。したい!」


物をしらない子供の夢。

沢山の者が胸に抱き捨てていく夢。

もっと重要なことがあるから、無意義だから、非現実的だからと言って。

なにより興味を失ってしまう。

大きくなって、世の中の清濁に触れて、生きていくことにいっぱいになって。


俺もその一人だったわけだ。

未知と冒険に心を躍らせる、小さなこいつに思い出させられるまで。

失ったわけじゃなかった。

ずっと持っていたけど、気付かなかっただけ。


「それだけじゃない。

向こう側がみえないほど巨大な河がある。

町ひとつ入ってしまう大地の裂け目がある。

雨のかわりに白い粉が降ってきて、一面真っ白くなる土地がある。

空が隠れるくらい高い建物がある。

見渡す限りの長い草が風で波打つ草原がある。

でもまだたくさんのものが、俺も知らないようなものが世界にはあるんだ。

それを探しに行く………。いい夢だ。本当に。

だからさ、テスリン」


ろくに理解できないだろうし、おまえに言うのはお門違いかもしれない。

後悔にまみれた男の無責任な言葉かもしれない。

だけど夢が、その想いが、他と比べて劣っているとか思ってほしくなかったのだ。

将来物事を天秤にかけるようになったら、なおさら。

人に認めてもらえるようなものではないから。


年甲斐もなく………なんて、言い訳する気にもならない。

いつになく心も口も軽い。本当に子供にもどったみたいだ。


テスリンはまん丸い目で、真摯そのものの様子で頷く。


「もし、大きくなっても覚えていたら………」


これでひとまず一章の終わりとします!

まだなんにも始まってないです!!(笑)

ほんとに本気で、執筆速度上げたいです...

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