11 素直に
―――――― はぁぁー……
カイエがついた長い長い溜息に、ヴェルザーは数回瞬きをした。
「……ここ最近の葛藤や覚悟はなんだったというの……サクラの言った通りだわ」
本来なら喜ぶべきことだが、へなへなと脱力して膝に顔を伏せたカイエに困惑するヴェルザー。
「あの、カイエ?」
もう一度、胸につかえていたものを吐き出すようにして溜息をつき、カイエはもごもごと喋りだす。
「私は得るはずがなかった目覚めを賜って……体の成長は急がせることができないけれど、記憶と心は追い付くのに必死だった」
変わったもの、無くなったもの、変わらずに有り続けたもの。それらはカイエに少なからず混乱をもたらした。
特に、年月と共に成長していく人間は、10年経て大きく変わってしまっていた。
「貴方を見たとき、最初になんて思ったと思う?背格好も表情も違っていて…ああ、貴方も変わったのだと」
彼の顔色さえ変わらないのも、これまで文の一つも送ってこなかったのも、変化だと受け入れるしかなかった。
それが、一番自分に負担の少ない受け入れ方法だった。
そうしてやり過ごそうとしたのに。
「私、どうしたらいいのかしら」
「……カイエ」
「お願いヴェルザー、未熟な私でも分かりやすいように言って。貴方は時間をかけて考えてくれたかも知れないけれど、私もう頭の中が一杯よ」
「――――― !」
一瞬戸惑いを見せた後、じわり、とヴェルザーの瞳が熱を帯びた。
武人として剣を扱うことに長けた手が、そうっとカイエの体を起こすように肩に触れる。
「君が好きだ。もう離れたくない」
涙の痕を消すように頬をさする手の平に、欲しかった暖かさを感じてカイエは体が震えてしまうのを止められなかった。
「どうか、私の妻になってほしい――――― 愛している」
ふ、とヴェルザーが微笑んだ。
(ここでその笑顔はずるいわ…!)
普段強面で通しているだけに、効果が最強だった。カイエの顔どころか頭に血の気が上る。
追い打ちをかけるように、彼はカイエの指先を賜り物のように額へおしいただいて、関節のあたりにゆっくりと唇をおしあてた。
「我ながら、気障ったらしいとは自覚しているが……私はあのときこうして君に誓いをたてた。覚えているだろうか?」
「……もう!」
掴まれたままだった指先を引き抜き、両手をヴェルザーの首に回す。
「忘れたことなんてないわ!ウェルザー、私も貴方が好き、今もよ!」
耳元に降りた泣きそうな返事に、ヴェルザーの顔が更にほころぶ。
「カイエ…!」
その喜色が滲み出た笑顔こそ見えなかったが、カイエは愛おしむ気持ちでいっぱいの腕に抱きすくめられ、つかの間時を忘れてしまうほどの幸せを味わった。
声にならないまま、どれくらいそうしていただろう。
カイエの髪に頬を寄せるようにしていたヴェルザーは、胸当てのあたりをノックされるように叩かれて腕を緩めた。
「昨日助けてもらった時も、気になっていたんだけど…その、不謹慎な事は分かっているんだけど」
「なにか?」
「これ、無粋じゃないかしら?仕事で必要なのは分かるわ、貴方の命を守るものだし……でも、何て言うのかしら、その、二人でこうする時は、外してもらえないかしら?」
「こうするとき……って」
ヴェルザーの強面に大幅な朱が差した。
そしてずいぶん大胆な発言だったと気づいたカイエも真っ赤になって言い訳を始める。
「だって!この硬い胸当てや胴着があると、仕事中にいけない事をしているみたいなんですもの!今日は仕方のないことだけれど、もっと正々堂々と貴方に触れたいと言うか…!」
「ああ、ちょっと、その」
「わ、私だって、貴方の前で王女の顔ばかりしたくないと思うし、お互いに……ああもう何て言えばいいのかしら」
何を焦っているのか、カイエの発言はどんどん墓穴を掘っていく。
そしてしばらく額に手をあてていたヴェルザーが意を決したように口を開いた。
「分かった。万が一のことがあってはいけないから、室内でなら……それから、だれか同席してもらおう」
予想外の提案にカイエの眉間に縦皺ができた。
「――――― ごめんなさい、理解に苦しむわ」
「違う!決してそういう趣味ではない!」
じゃぁ一体どんな訳なのだ、と訝しむカイエの表情はアルスランとよく似ている。
「君と私の間に枷とも言うべきこの装身具一式がなかったら、自分を抑えきれるかどうか自信がない……!!」
「はぁ、そう」
「まだ思い至ってないのかもしれないが、糸の切れた私は際限なく君を求めてしまう。断言できる」
その言葉でようやく話が見えたのか、口を開けたまま首筋まで真っ赤にして固まっているカイエに、ヴェルザーは苦笑している。
風に流れて乱れた黒髪を丁寧に直し、そこから一房掬いあげると口元へ引き寄せた。
「それでも良いのなら、私は我慢しないが」
本当は無駄に煽られ焦れているはずだろうに笑って見せたその表情は、また違う色気を持ったヴェルザーの男の顔で。
カイエは否応なしに赤面したまま、
(このままヴェルに触られたら心臓が持たないかもしれない)
と思ってしまう。
その胸の高鳴りを表すかのように、黒髪に飾られた花簪が揺れるのだった。




