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最終話 希望の未来へ

りこ視点で終わります。

 誘拐事件が解決して数か月が経った。

 私は会社の工房で、個人的に作ったブレスレットを梱包していた。きれいに梱包できて、ホッと息をついた頃に、ロバートが後ろから声をかけてきた。


「りこ、もう終わったかい?……それは水嶋さんに送るブレスレットだろ」

「ええ、そうよ。……受け取ってくれるかわからないけれど、これをどうしても渡したくて……」


 私はそっと、ブレスレットが入った箱を撫でた。ブレスレットの宝石はマラカイトを使っている。深緑の美しいこの宝石は、心身の癒しに非常に優れた石で、心と身体、両面のエネルギー的な毒素や淀みを綺麗にしてくれるのだ。


「……りこ、きっと身に着けてくれるよ。あの時、君の気持ちは確かに彼女に伝わった」

「うん……そうだといいな」


 あの時警察に自首をした水嶋さんは、私とあやねちゃんの希望により、刑罰を受けることはなく、示談という形になった。

 しかし親戚の目はごまかせない。水嶋さんは誹謗中傷をあえて受け止めようとしたらしいが、旦那さんがそれを許さず、今は旦那さんの持つ別荘に療養中だそうだ。


 ……大丈夫。あの旦那さんなら水嶋さんを最後まで守ってくれる。きっと彼女は幸せになれる。


 そう考えていると、ロバートは私が不安がっていると思ったのだろう。優しく声をかけてきた。


「心配しなくても大丈夫だ。君には力があるからね。以前私の友人の依頼を受けた事があるだろう? 結婚指輪の件だ」

「っ! どうだった? 喜んでくれた?」


 私は三種の天然石を使った指輪を思い出した。私が初めて作った結婚指輪で、私の力すべてを込めた大事な作品だ。

 前のめりに質問した私に、ロバートは苦笑しながら答えた。


「依頼人はすごく喜んでくれたよ。こんなに素晴らしい指輪は見たことがない。後は彼女に見せて結婚のOKを貰うだけだって。……君からも、どうか成功を祈ってほしいって言っていたよ」

「もちろん! 私、心から彼のプロポーズの成功を祈るわ!」


 私の作った指輪で、プロポーズが上手くいくならどんなに素敵だろう。私は顔の知らない二人の結婚風景を思い描いた。


 その時、胸にちくりと痛みが走った。


 少し眉をひそめた私を、ロバートが心配そうに声をかけた。


「ん? どうしたりこ。何かあったのかい?」

「ううん、何でもないわ。ごめんロバート、私あやねとゃんと約束をしているから、今日はもう上がるね。お疲れ様」

「ああ、あやねさんによろしく」


 私はロバートに一礼をし、足早に工房を出た。この胸の痛みを気付かれたくなかったから……。






 あやねちゃんと待ち合わせしている場所を目指しながら、私は街の中を歩いた。胸にそっと手を当て、ため息を吐く。


「考えたって、仕方のない事だよね……」


 依頼された結婚指輪を作り、水嶋さん夫婦を見て、最近強く思うことがある。


 あやねちゃんと、結婚したい。


 二人でドレスを着て、皆から祝福されて、教会のバージンロードを歩いて、神様の前で、彼女と愛を誓い合えたらどんなに素敵な事だろう。


 けれどそれは叶わない願いだ。だって私たちは女同士だから。法律で認められていないから。


「一緒にいられるだけでいいのに……。何贅沢な事を考えているんだろう」


 大好きなあやねちゃんの前で、暗い顔をして心配させるわけにはいかない。


 私は首を振って、意識を切り替えると、速足で待ち合わせ場所に急いだ。




 待ち合わせ場所に着くと、既にあやねちゃんがそこにいた。

 顔色があまり良くないあやねちゃんを見て、結構待たせてしまったのだろうかと、慌てて謝った。


「ごめんあやねちゃん! 待ったよね? ごめんね!」

「う、ううん、全然待っていないよ! 大丈夫!! 今来たとこ!」


 その割には顔が青ざめている。なんだか相当緊張しているみたいだ。

 それにこの場所って……。


 私は辺りを見渡すと、そこは教会の前だった。休みらしく、人の気配はない。

 さっきまで、あやねちゃんとこういう所で、結婚式を挙げれたら……。そう考えていた私にとって、この場所は目に毒だ。

 

「あやねちゃん、お腹空かない? ご飯食べに行こうか」


 そう言って、あやねちゃんの手を取ろうとする。なるべく早くここから離れたかった。

 しかしあやねちゃんは、逆に私の手を取り、教会の敷地内に入ろうとする。


「あ、あやねちゃん! どこ行くの!? 今日は教会休みだよ!」


 慌ててあやねちゃんを止めようとしたけれど、あやねちゃんは「知ってる」と一言だけ呟いて、私を教会の中へと連れ込んだ。



 教会の中は誰もいなかった。ステンドグラスが陽の光に当てられ、キラキラと幻想的な輝きを放っている。あやねちゃんは無言のまま、私を祭壇の前まで連れてくると、私を見つめ、そして跪いた。


「あ、あやねちゃん!?」


 突然の行動に、私が驚きを隠せないでいると、あやねちゃんは自分のポケットから小箱を取り出し、私に見せた。

 その中身を確認した時、私は目を疑った。だって、それはここにあるはずのない物だった。


「ど、どうしてあやねちゃんがそれを持っているの……?」


 そこには私が依頼されて作った、ムーンストーン、アクアマリン、アメジストの三種の天然石を使った結婚指輪があった。


「だって、私がロバートさんにお願いしたからね。りこの作った結婚指輪が欲しいですって」


 え、だって、ロバートは友人がプロポーズするって。上手くいくようにお祈りしててって。え、何がどうなって……!


 混乱する私をよそに、あやねちゃんは私の手をとり、そっと薬指に指輪をはめた。美しい宝石がステンドグラスの光を拾い、美しく瞬いている。

 その時はっと、あやねちゃんの顔を見た。今まで混乱していて、気づかなかったけれど、あやねちゃんは真っ赤な顔で、今にも泣きそうだ。

 何か声をかけなくては。そう思い声を出そうとするけれど、私も涙が込み上げてきて、何も言えない。


 あやねちゃんが振り絞るような声で、私に言った。


「……私とりこが初めて会って、もう何年になるのかな。楽しい事、辛い事、色々な事があったよね……。私ね、りこが好き。どれぐらい好きかわからないぐらい大好き。ずっと、一生、側にいたい。だから……」


 あやねちゃんが深呼吸して、私を見つめる。私もあやねちゃんから目が逸らせない。ドキドキドキドキ、胸がうるさい。時が永遠のように感じた。


「だからりこ。私と……結婚してください」


「……はい!」


 なんとか、それだけ、やっと言えた。目から涙が溢れ出し、嗚咽が止まらない。あやねちゃんも泣いている。

 あやねちゃんが私を抱きしめ、私もあやねちゃんを抱きしめ返した。しばらくそうやって、想いが通じ合えた喜びを、二人で分かち合っていた。







「まさか全部、ロバートと仕組んでいたなんて……全然気が付かなかったよ」

「ふふ、一世一代のプロポーズだからね。頑張ったんだ」


 今、私とあやねちゃんは教会の椅子に座っている。二人で一杯泣いたから、目の周りが二人とも赤い。私はあやねちゃんと手を繋ぎながら、今までの経緯を教えてもらっていた。


 あやねちゃんはロバートに頼んで、ロバートの友人からという名目で私に結婚指輪を作らせた。

 この教会の神父さんは、ロバートの古い友人らしい。秘密に結婚を申し込みたい人がいる事をあやねちゃんが告げると、快く休日の教会を開けてくれたそうだ。


「りこ、私ね。今はこんな形だけど、絶対にりこと結婚式を挙げて見せる。日本じゃ同性婚は認められていないけど、アメリカじゃ同性でも結婚できる州がある。私の勤めている会社って、アメリカにも会社があるんだ。私、絶対に出世して、アメリカ勤務になってみせるから。それに、りこのご両親にもちゃんと挨拶に行くよ。……祝福してくれるかはわからないけどね……」

「あやねちゃん……」

 

 あやねちゃんの決意を聞いて、急に心臓が早鐘が打つ。誘拐事件の後、よく考える事があるのだ。


 私は水嶋さんと何が違ったんだろうって。


 水嶋さんと私、本来なら本質は変わらない。大切な物に固執する。少し道を変えれば、誘拐事件を引き起こしていたのは私だったかも知れない。


 本当に私はあやねちゃんにふさわしいの? 


 そんな事を考えていると、あやねちゃんがぎゅっと私を抱きしめてきた。


「……私、りことの出会いがなんであれ、結局最後はりこに行きつくと思うんだ」

「あやねちゃん、私……」


 そんな大層な人間じゃない、そう言葉を告げようとしたが、言わせないとばかりに、私を抱く腕に力を込める。 


「私さ、本当はすっごくいい加減な性格なんだ。りこに会う前は友達にセクハラばっかりしてたし、あまり物事を深く考えた事なんてなかった……。でもりこと恋人同士になってから、嫌な事からも真剣に向き合うようになった。嫌な事以上に、嬉しい事、大切な事をりこから貰った。だから……!」


 お願い。私を離さないで。


 そう、あやねちゃんの心の声を聞いた気がした。



 バカだ私は。好きな人に、自分はふさわしくないとか、そういう事じゃない。そういう言葉で、相手を遠ざけるんじゃない。


 私を抱きしめているあやねちゃんの腕を、私は優しく解き、あやねちゃんの手を取った。そしてそのまま祭壇の前に、彼女を連れていく。


「り、りこ……?」


 私は混乱しているあやねちゃんの頬を両手で包み込み、そっと唇にキスをした。


「!?」


 あやねちゃんは私の行動に驚いたのか、目を真ん丸に見開いてる。

 そっと唇を離し、今度は私が、あやねちゃんにプロポーズをした。


「あやねちゃん……私本当は嫉妬深くて、すぐ落ち込んで、すごく面倒くさい性格なんだ。でも、あやねちゃんを想う気持ちは誰にも負けない。私も仕事頑張る。独立してもやっていけるぐらいの技術を身に着けて、あやねちゃんとアメリカで本当の結婚式を挙げる。私もあやねちゃんのご両親に挨拶に行く。例え祝福をしてくれなくても、私達の事を応援してくれる人たちは必ずいる。二人ならきっと、どんな所でも幸せになれる」


 私の話の途中から、あやねちゃんはまたポロポロと涙を零した。私も頬から涙が伝う。

 最も伝えたい言葉を言うために、私は大きく深呼吸をした。今度は私がする番だ。


「二人で幸せになろう。結婚してください。あやねちゃん」

「……うん!」


 あやねちゃんはそう叫ぶと、私の体に抱き付いた。あやねちゃんを抱きしめ返すと、微かに体が震えていた。

 その震えが愛しくて、私は再びあやねちゃんとキスをした。

 

 教会のステンドグラスの光が私達を包み込む。その光は指輪の宝石の輝きをも拾って、まるで神様が私達を祝福してくれているようだった。


 その中で、私たちは誓いのキスをする。


 私が結婚指輪に使った石の意味は、『愛を伝える石』『真実の愛を守り抜く石』そして『幸せな結婚』

 

 これからの将来、きっと嫌な事や辛い事もあるだろう。世界は私たちを認めないかもしれない。


 それでも私たちは未来を恐れない。


 だって最愛の人が、これからの人生で、共に歩んでくれるのだから――――。




 終


ご愛読ありがとうございました。コメントや感想、評価などを頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は2023年にこの小説を見つけました。主人公と彼の親友とガールフレンドのストーリーが好きです。 私は日本国外の読者であり、長く続く作品に感謝しています. 言葉の間違いあったらごめんなさい…
[一言] 面白かった!いい作品でした! ありがとうございます!
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