11.気付く
風呂から出ると、次郎さんが寝室へと案内してくれた。
そして、用意してくれた布団へと入る。
だが、潜り込んだ瞬間、くしゃみが出た。
よく見ると、布団はシミだらけで埃臭い。
長い間、納屋にでも放り込んでいたのだろうか。
俺は、思わず顔を歪めた。
だが次郎さんは、そんな俺に目もくれず、さっさと寝室の電気を消そうと手を伸ばす。
「じゃあ、おやすみな。にぃちゃん」
「あ、ちょっと次郎さん、この布団……」
パチリ。
聞く耳を持たない次郎さん。
早々と電気の紐を、引っ張った。
本当にマイペースな人だな、次郎さんは。
……大丈夫かな?
こんな布団で寝てしまったら、二度と目覚める事が出来ないのでは?
戸惑う俺の耳に、大きな寝息が聴こえてくる。
次郎さんは、もう眠りに落ちたようだ。
仕方がない。
俺は側にあったタオルで、鼻と口を押さえながら、布団に入った。
暖房機もなく、寒いからだ。
こんな、粗大ゴミ置き場に捨ててあるような布団でも、無いよりかはマシだろう。
そんな事を思っていると、突然、不愉快な音がした。
ブゥッ。
隣で寝ている、次郎さんのオナラだ。
芋を沢山、食べたからだろう。
ブゥッ。
……まただ。
ブゥッ。
……またかよ。
ブゥッ〜!
……しつこいぞ。
ブウゥ〜〜!
……いい加減にしろよ。
ブゥ、ブゥ、ブゥ、ブゥッ!!
……連発やめろって!
オナラをする度に、俺は布団を頭から被った。
しかし、次郎さんはオナラだけでなく、イビキも酷かった。
グォォォォン……!!
グォォォォン……!!
まるで地響きだ。
家の真下を、地下鉄の電車が走ってるんじゃないかと思うほど、轟音だ。
テーブルの上にある置き時計が、振動でタカタカと揺れた。
時折、寝言や歯ぎしりまで聴こえてきた。
その上、寝相も悪く、短い臭そうな足で俺を蹴ってくる。
とてもじゃないが、こんな人の隣では寝れない。
俺は起き上ると、次郎さんを、ひと睨みして部屋を出た。
しかし、家の中を勝手に歩くのは気がひける。
泥棒と思われても困るし。
仕方なく、俺は外へ出た。
サワサワと、草木を揺らす風を受けながら、次郎さんが使っているであろうトラックの側に座った。
背後からは、リーリーコロコロと、コウロギの音が聴こえた。
しばらくすると、辺りが妙に明るい事に気付いた。
夜空を見上げると、満月が浮かんでいる。
俺はその明るい光を放つ満月を、ぼんやりと眺めた。
……ああ、どうしよう。
もし2023年に戻れなかったら、この時代で生きていく事になる。
そうなると、もう友也には会えないだろう。
マロンマロンも、自然消滅だ。
……でも……まあ……いいか。
これだけ芸人として活動しても、全く売れなかったのだ。
きっと俺達には、才能が無かったんだ。
すっかり落胆した俺は、無意味に石を拾っては、力なく放り投げる。
向こうの世界では、俺が突然いなくなって、どうなったのだろう?
……まあ、俺一人が消えたところで、さほど困る人もいないだろう。
なぜなら、俺には親友と呼べるほどの友達もいないし、彼女もいない。
おまけに、家族さえも……。
……ん? 待てよ。
家族?
ふと、ある人物が頭に浮かんだ。
俺は、1995年の10月28日に、この東岩佐村で生まれたはずだ。
そして、この世界では、今日は1995年の10月26日……。
——ドクン。
鼓動が、一気に跳ね上がる。
そして俺は、心の底から撃ち震えた。
……今、この村に……母が……いる?
◇ ◇ ◇
朝がやってくる。
結局、一睡も出来なかった俺は、居間に座ったまま、次郎さんが起きてくるのを静かに待った。
「ふあぁ……」
次郎さんが、大きな欠伸をしながら居間に入ってきた。
「にぃちゃん、もう起きてたのか」
俺は深呼吸をして、次郎さんを真っ直ぐに見つめた。
そして、母の事を尋ねてみた。
「次郎さん、この村に『栗岡真由美さん』って方、います?」
俺が母の名前を口にすると、次郎さんが驚いた顔をした。
「……なんで、真由美ちゃんを知っとるんだ?」
その時、俺は背中から首筋にかけて、ゾワっと鳥肌が立った。
やはり……知っていた。
つづく……




