紫月花の追憶――60
村は、静かだった。
さっきまで、あれだけ騒がしかったのに。
風が、止まっている。
「……ここ、だ」
リオの声が、やけに遠く聞こえた。
足が、重い。
一歩踏み出すたびに、
嫌な確信が、胸の奥で広がっていく。
見たくない。
でも、
見なきゃいけない。
「……カイ」
呼ばれて、顔を上げる。
――そこに、いた。
言葉が、出なかった。
月明かりの下。
二人は、寄り添うように倒れていた。
まるで、
ただ眠っているみたいに。
「……おい」
近づく。
膝が、勝手に地面に落ちた。
「……嘘、だろ」
触れた指先が、
もう、温度を持っていなかった。
「おい……レイ」
返事はない。
当たり前だ。
分かってる。
分かってるのに。
「……ハレ」
名前を呼んでも、
もう、何も返ってこない。
リオが、隣で立ち尽くしていた。
何も言わない。
言えない。
ただ、
震えていた。
「……ふざけんなよ」
声が、震える。
「勝手に終わってんじゃねぇよ……」
拳を握る。
どうにもならない。
どうしようもない。
でも、二人はもう――
どこにも、行かない。
……どこにも、戻らない。
――夜明け前。
海の水平線はまだ青黒く、東の端だけがほんのりと白んでいた。
潮の香りと冷たい風が頬を撫でる。
俺とリオは、二人の遺体を背負って海岸に立っていた。
布に包まれたその姿は、まるで眠っているだけのようで――
けれど、もう二度と目を開けることはない。
「……ここなら、誰にも触れられないよ」
リオが静かに言う。
布を外し、レイとハレを寄り添う形で寝かせた。
その表情は穏やかで、手はしっかりと握り合っている。
まるで最後の瞬間まで、互いを離さなかった証のように。
結界を張り、淡い青白い炎が灯る。
炎は海風に揺れながら、二人の形を静かに奪っていった。
焦げる匂いはすぐに潮の香りに溶け、
海鳥の鳴き声だけが遠くで響いていた。
やがて炎が消え、残ったのは細やかな灰と白い欠片だけ。
俺とリオはそれを両手ですくい上げ、波打ち際へと進む。
足元を冷たい海水が洗い、夜明けの光が少しずつ広がっていく。
「……馬鹿っ、」
短く呟き、灰を風に乗せて海へ放った。
灰は潮に溶け、朝の光を反射して一瞬だけ輝き、
やがて大海の一部になった。
レイも、ハレも、もう二度と誰にも触れられない。
海と空の間で、永遠に一緒だ。
俺は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
隣でリオが静かに目を閉じる。
――これが、二人にできる唯一の別れだった。
***
数日後。
S級専用フロア。
タワーの最上階、二人が暮らしていた部屋。
扉を開けた瞬間、そこに残る空気の温度に、俺達は言葉を失った。
レイの机には読みかけの本。
コーヒーカップには、豆がそのまま入ってた。
ハレが淹れようとして、ミスった光景が浮かび上がる。
窓際のクッションには、ハレがよく座っていた形のまま沈んだ跡。
駄菓子の袋、半分食べかけのキャンディ。
――時間が止まったように、すべてがそのままだった。
「……片付けるぞ」
声は低く、掠れていた。
リオが部屋を見回し、引き出しを開けた。
そこに、小さなノートがあった。
丸文字で書かれた表紙の文字が、やけにまぶしかった。
――『ハレのだいじにっき♡』
リオは指先でそっと表紙を撫でた。
「……見る?」
振り返った視線に、俺はただ短く頷いた。
――いっぱい書いたら見せてあげるね!
そう言って、笑ってたハレの笑顔を思い出す。
二人は机に並んで座り、ノートを開く。
そこから――ハレの声が、笑顔が、息遣いが、文字の形で蘇り始めた。
***
ハレのだいじにっき♡
✨️今日からハレは日記を書くことにしました✨️
レイが記録もだいじって言ってたからやってみることに!!
でも、日記って書いたことなくて………。
ちょっとだけ、レイのパソコンでハレログを覗いてみたけど
ハレにはムズかしかった。
でもね?カイが「物語みたいに書いてみたら?」って言ってくれて、
ハレはピィーンときた!!!カイくんナイスアイデア✨️
だからこれから物語みたいに書いていこうと思います!
♡第一章 ハレのしあわせ物語♡
むかしむかし、大きなお家の50階に、
ハレと言う女の子が住んでいました。
ハレはとても幸せでした。
なぜなら、お友達のカイくんと、リオちゃん。
そして、大好きなレイくんと一緒だからです。
レイくんは、とてもかっこよくて、頭も良くて、
ちょっと怖い時もあるけど、とっても優しくて、
ハレの大好きな人です♡
レイくん大好き♥
つづく♪
ハレメモ❀――――――
日記を書くのは目も手も疲れるとハレは知りました。
がんばるぞぉー!!!
――――――――――――
♡第二章 テストのぼうけん!♡
この前のこと!
ハレは魔物の試練に挑んだ。
その名も――テスト!!✎
そう、これはただの紙ではナイ!!
隊員と呼ばれる者たちにふりかかる宿命の儀式だ!
数学という名の魔物は「xとy」を召喚してくる。
ハレは思った。
「xとxを出したら、たぶんyになるんじゃないかな?」と。
答案を渡したら、教官は頭をかかえていた。
「天才か、あるいは……」って言ってた。
たぶん、ハレは前者だと思う。たぶん。
歴史の問題では、こう書かれていた。
『江戸時代の特色はなんですか?』
ハレは書いた。
「ピンク」✎カキカキ
理由?
なんか、そんな気がしたんだもん!
そして今日、そのテストが返ってきた!
リオちゃんは笑ってた。
「ハレらしいね」って言ってくれて、ケーキもくれた。
カイくんは「人間ってここまで馬鹿になれるんだな……」って言ってた。
レイくんはね、「……もうお前、頭の中まで可愛いな」って言ってた。
ハレは補習が無くて良かったぁーって思ったよ✨
つづく♪
ハレメモ❀―――――
テストは全然できなかったけど、みんなと笑えたから大成功✨️
あと、ピンクってやっぱいい色だよね♡
――――――――――
♡第三章 レイくんは優しい♡
今日、ハレはとてもキゲンが良かったです!
なぜなら、レイくんと一緒だからです♡
ハレとレイくんは一緒にお仕事をしています。
霊災って言うちょっと危ないのから、
みんなを守るのがハレとレイくん、そして霊対庁のお仕事です。
「怖い?」ってたまに聞かれるけど、ハレは全然怖くありません。
レイくんが守ってくれるって分かってるし、
レイくんが危ない時はハレが守るから訓練も頑張っています。
今日のお仕事も、すぐに終わらせると、レイくんはほめてくれました✨
ご褒美にケーキを買ってくれるって、ケーキ屋さんに行ったんだけど、
レイくんは1個だけって言いました………。
ご褒美なのに1個だけ、ハレはしぶしぶショートケーキを選びました。
でも大丈夫!ハレは知っているのです!
レイくんはいつもフルーツタルトなんだけど、
ハレがちょっとお願いって思ってレイくんを見ると、
レイくんはいつもハレの好きなのを選んでくれます♡
お家に帰って、レイくんと一緒に映画を見ながらケーキを食べました。
もふもふの白い猫が出る映画がハレはお気に入りです♡
つづく♪
ハレメモ❀――――――
レイくんの手にぎゅってすると、
レイくんはハレをイイコイイコってなでなでしてくれるよ♡
レイくんの分のケーキもいっぱい食べちゃったけどいいよね?
だって、ハレはイイコだもん!
――――――――――――
♡第4章 お料理チャレンジ♡
今日、ハレはキッチンに立った。
目標はそう!!
みんなにオムライスを作ること✨️
材料は玉ねぎと、卵、ごはん!
そして忘れてはいけないもの!それはケチャップ!←だいじ!!
玉ねぎの皮を剥いて包丁でトントン切ると涙がポロポロ……。
なんで、玉ねぎは泣かせるの?
リオちゃんは泣いてるハレを見てこう言った。
「これが、料理だよ」って
卵を割るのは慎重に。最初の1個はボールから逃げちゃった。
逃げたぁーって慌てて拾おうとするハレに、カイくんは「最初はこんなもんだよ」って優しくフォローしてくれたよ♪
いよいよフライパンにご飯を投入!!
だけどちょっと多すぎて、こぼれちゃった。
ギヤァー!!と焦るハレに、
レイくんは「落ち着け、手伝う」って優しく言ってくれたよ♡
出来上がったオムライスはちょっと不格好だったけど……
みんなが喜んでくれたからハレは大満足デス!
リオちゃんは「ハレの愛情がいっぱい」って言ってくれて、
カイくんは「うまいー」ってすぐに食べちゃった!
レイくんは「ハレのオムライス食べるの勿体ない」って。
ちゃんと食べてくださいって言ったらみんなが笑ってたよ✨
ハレメモ❀――――――
「俺の専用シェフに任命する」ってレイくんが言ってくれて、
嬉しかったです♡
失敗しても、チャレンジすることがだいじだよね?
――――――――――――
***
ページを捲る手は止まらなかった。
ただ、リオと笑って。
笑い声と一緒に、涙が止まらなくて。
それでも――
「幸せ、だったんだね」
「そう、だな。」
さらに、ページを捲る。
でも、そこには同じ言葉が何度も並んでいた。
『レイくんどこ?』
『レイくんどこ?』
『レイくんどこ?』
リオはページをどんどん飛ばした。
そして、最後のページ。
――駄目だ。
静かにノートを閉じた。
☆最終章 レイくんに会いに行きます☆
起きたらすごくゲンキでした。
夢の中でレイくんがハレに会いたいって言ってくれて、
待ってるって言ってくれたから。
だから、ハレはこれからレイくんをお迎えに行きます。
帰りにレイくんと一緒にノートを買ってきます。
今日で、ハレのだいじにっき♡はおわり。
今度はレイくんとハレのしあわせにっきを書こうと思います。
すごく楽しみです。
行ってきます。
『ハレのだいじにっき♡』
これは、ハレという女の子が、幸せに生きた物語です。
おわり♡




