紫月花の非情――51
昼過ぎ。
着信音が、昼のしじまを切り裂いた。
「……カイか」
通話に出る。
「レイ、今すぐ来れるか」
「何だ」
一拍。
「……霊災が、消えた」
直ぐにキーボードを叩き、現場の情報を確認する。
第3エリア、区画B
Aランクの霊災。
出動隊員はA級数隊と、カイ、そしてハレ。
「どういうことだ」
「わかんねぇ、破壊も回収もしてないのに、エネルギーが全くない」
「すぐ向かう。リオも呼べ」
「あぁ……了解」
その一言だけで、
十分だった。
通話を切る。
俺は、すぐに部屋を飛び出した。
***
現場に到着したのは26分後だった。
住宅が立ち並ぶ区画。
立ち入り規制の前には、人だかりが出来ていた。
下校中の学生達が、庁の仕事を見学でもするかの様に、現場内を覗いている。
………全然なってない。
人口を保っていかなくてはならない国、
隊員を途切れさせるわけにはいかない組織として、
若者の対応は丁寧に。これが庁の鉄則。
だが、
「おい、野次を散らせ」
下級隊員に指示する。
「ですがっ…………規則が」
若い隊員が淀む。
「関係無い。身の安全が第一だ。」
言い切れば、理解できたのか隊員が動き出す。
「判断を間違えるな」
そう言い落として、俺はテープをくぐった。
テープの向こう側は、妙に静かだった。
騒ぎがあるはずの現場にしては、
音が少なすぎる。
空気が妙に澄んでいて、霊核の波動も感じない。
核そのものが消失したというよりも、
まるで、空間そのものが浄化された。
そんな感覚を覚えた。
真っ先にハレの姿を探す。
直ぐ、視界に入ったハレは、救護班に混ざって、隊員の手当をしていた。
ハレは無事。
それならと、俺はカイの元へ足を進める。
カイは先に到着した、リオと話していた。
「よう、レイ」
カイが振り返って声を掛けてくる。
「現状は」
俺が問い掛けるとカイは淡々と状況を説明した。
「俺とハレが現着したのが約40分前。核が消失したのが30分位前で、今のところ再出現は無い」
「他には」
カイは一瞬だけ、視線を外した。
「……おかしいんだよな」
「何がだ」
「痕跡が無さすぎるというか………」
リオが言葉を引き取る。
「霊核の残滓が一切ない。破壊でも、回収でも説明がつかない」
「……消失、か」
「そういうことになるね」
一拍。
「それと………」
カイの視線が、僅かに横に流れる。
「ハレが現場に来て、数分後だ」
空気が、ほんの少しだけ重くなる。
「……どういう意味だ」
「そのままだよ。俺が到着して、少し遅れてハレが来た」
「で、次の瞬間には、消えてた」
「……確認したのか」
「何度もな。核は残ってない。どこにも、ただ――」
カイが言葉を詰まらせる。
少し間を置いて、観念したように言葉を漏らした。
「この消え方、あの三人組の処理の後と似てるんだよ」
沈黙。
風の音だけが、かすかに抜ける。
「……そうか」
それだけ言って、視線を逸らす。
ふと、視線が動く。
ハレ。
しゃがみ込んで、隊員に声を掛けている。
「大丈夫?痛い?」
いつも通りの声。
……まさか。
一瞬だけ、思考がそこに触れる。
だが。
――あり得ない。
切り捨てる。
「……原因を洗う」
それだけ告げて、現場へ視線を戻した。
***
それから数日。
俺は動いた。
カイは、研究開発部門の内部事情を洗った。
だが――
「上は何も言わねぇ。下も知らねぇ」
「命令だけが降りてきてる感じ」
リオは、データを集めていた。
過去の事例。霊核の挙動。
「……似た波形がある」
「でも、決定打がない」
俺は、幹部に当たった。
何人か、何度も。
だが返ってくるのは同じ答え。
「知らない」
隠してる様子はない。
本当に知らない様な反応だった。
幹部会議でも、同じ議題が上がるようになった。
ハレの検査。
必要性と、管理体制。
「現状、問題は確認されていない」
俺は、それだけを告げる。
何度も。
何度でも、切り捨てた。
――分かっていたはずだ。
頭の中に、一つの可能性が引っ掛かっていることは。
それでも。
俺は、目を逸らした。
***
夜。22時を過ぎた頃。
俺は机に向かって、モニターを睨みつけていた。
画面には、断片的なデータが並んでいる。
どれも不自然で、どれも決定打に欠ける。
ハレは、ベッドで眠っている。
呼吸は穏やかで、体温も正常。
――問題はない。
……そのはずだった。
「なぜ、ハレなんだ………」
過去の検査のデータ。
研究開発部門の報告関連。
研究所のデータも洗ってみたが、決定打は無かった。
カイに探らせてはみたものの、
研究開発部門の職員は理由を明確に知ってるわけでは無い。
とにかくハレに祈扉術を使わせないこと。
それが、鉄則と言うだけだった。
リオの話では、状況的にハレにしか使えない扉があるというのは確信出来たが、その扉の正体は分からないとのことだった。
幹部陣、何人かに当たってはみたが、
誰も知ってる様な様子ではなかった。
恐らく、トップシークレット。
長官、もしくは内閣レベル――
それが事実なら、このまま時間を掛けるのは無意味だ。
「………いくか」
常祈戸村のフォルダを開き、住所を頭に入れる。
東北の小さな村、ハレの産まれた村。
ここなら分かるかもしれない。
――ハレの産まれた村。
その事実だけが、
妙に引っかかっていた。
***
数日後。
準備は整っていた。
「ハレ、今日は大人しくしてろ」
そう言いつければ、ハレは頬を膨らませる。
「えー……」
あの三人組の件がある、ハレを連れて行くことは出来ない。
「すぐ戻る」
短く言い切ると、リオが静かに頷いた。
「任せて」
カイは何も言わず、先にドアへ向かう。
振り返らない。
振り返る必要はない。
ここは、俺達S級しか入れないエリア。
ここを出ない限り、問題はない。
俺とカイはそのまま、マンションを出て駅に向かった。
新幹線の扉が閉まると、流れ始める景色。
「……で、どこまで分かってんだ?」
座席に座ると、カイが低く問う。
「まだ足りない」
「だから現地か」
「ああ」
視線を外へ向ける。
向かう先は――
常祈戸村。
理由は、まだ分からない。
だが――
行けば分かる。




