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第104話 記憶の深淵、写祓の始まり

井戸の底に足をつけたルカは、周囲を見回した。そこは丸い部屋のような空間で、壁一面に鏡が埋め込まれていた。奥宮を思わせる配置だが、鏡は曇り、ほとんど何も映していない。部屋の中央には小さな祭壇があり、その上に何もない空の台座があった。遠くからチヨの囁き声—「探して、ルカ」—と父の「真実は常に、最も見えにくい場所にある」という言葉が重なって聞こえてきた。


「ここが…記憶の中心」


彼女の声が反響する。この空間には、村全体の記憶が集約されているようだった。空気自体が記憶の断片で満たされ、触れれば形になりそうな密度を持っていた。


ルカはその空間にいるだけで、胸が苦しくなるような感覚があった。他者の記憶の断片が彼女の中に流れ込み、彼女自身の記憶を圧迫するようだった。「巫女の代償」という言葉が脳裏に浮かぶ。しかし、それでも彼女は前に進んだ。「他者の記憶を救うことが、私の使命」と心に誓いを新たにして。


「けれど、どうやって取り戻せばいいの?」


考えていると、ふと、懐中時計が脈打つように震えた。ルカはそれを取り出して見つめた。そして、思い切ってカメラを構えた。母の「直感を信じなさい」という言葉が心に響く。


「写祓…私自身のためではなく、彼らのための写祓」


彼女はカメラを鏡に向け、シャッターを切ろうとした。その瞬間、鏡が震え始め、壁全体が揺れた。鏡の向こうから、村人たちの悲鳴のような音が響く。同時に、遠い笑い声や祭りの音色、子供たちの歌声も混ざり合っていた。


「何が…!」


「お前も忘れるぞ…」


どこからともなく、囁くような声が聞こえた。部屋の温度が急激に下がり、ルカの息が白く霧となる。


「私を怖がらせても無駄よ」


ルカは震える手でカメラを握りしめた。過去の記憶が頭の中で渦を巻く—チヨとの日々、父がカメラの使い方を教えてくれた温かい手の感触、母の歌声、封印の儀式、孤独だった時間、そしてクロとの出会い。すべての記憶が彼女の中で重なり合う。魂写機を通じて記憶と対話する感覚が彼女を包み込む。


「彼らの笑顔を、写し取るわ!」


ルカはシャッターを切った。カシャリ。


閃光が走り、一つの鏡が輝き始めた。そこには村の一場面が映っている。収穫祭の様子だ。人々が集まり、笑い、踊る。鮮やかな色彩が戻ってきていた。父が「写真は色を超えた真実を写す」という言葉が蘇る。


「記憶が…蘇る」


ルカは次々と鏡に向かってシャッターを切った。カシャリ。カシャリ。


しかし、彼女が写祓を続けるにつれ、胸の痛みが強くなっていった。他者の記憶を救うたびに、自分自身の記憶の何かが揺らぎ、薄れていくような感覚。ルカは歯を食いしばり、その痛みに耐えた。「代償の喪失が私の巫女としての力になる」と自分に言い聞かせながら。


一枚、また一枚と鏡が輝きを取り戻し、様々な記憶の断片が映し出される。村の日常、祭り、悲しみ、喜び。失われていた記憶の断片が次々と現れる。そのたびに、空間に満ちる音も変化していく—歓声、歌声、泣き声、笑い声。人々の生きた感情が、音となって部屋中に広がっていった。写し世の揺らぎが一時的に安定化し、村の記憶が徐々に定着していく。


そして最後の一枚。中央にある最も大きな鏡に向かって、ルカはシャッターを切った。カシャリ。


強烈な光が部屋全体を包み込んだ。光の中に、時間の波紋が広がる。過去と現在が交錯し、記憶の断片が渦を巻く。ルカは目を閉じ、その光に身を任せた。妙に懐かしい感覚。父のフラッシュを浴びた時のような、温かな光。

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