やっぱり「ざまぁ」は避けられない!?
あの小説の中のヒドインは、盛大に「ざまぁ」をされる。ヒドインが幸せになる結末なんて、誰も望んではいないから。
けれど、最後まで愛する人の隣にいることのできたリリーは、それだけで幸せだったのかもしれない。
そして、現実のリリーは……
「本当に、神聖国に行ってしまうんだね……」
「はい!」
エレン王子が確認してくれる。その表情は憐れみでも情けでもなく、心から寂しいと思ってくれているようだった。
それを知ることができただけでも、この選択に悔いはないと思えた。だから、ありったけの笑顔で元気良く返事をした。
私は今日、神聖国へと旅立つ。正式に神聖国民になることを決めた。
謎に包まれた神聖国。どこに存在するのかも、どんな国なのかも噂でしか知らない。
分かっていることは、神聖国民になってしまえば、二度とこのガルシア国に戻ってくることは叶わないということ。
それでも私が神聖国に行くと決めた理由。
それは、幽閉されたエレン王子を助けるために交わした取引だった。
エレン王子を助けるために幽閉塔に向かわなければ、ゆっくりと自分がこの先どうしたいのかを、ターミナルの中で考えることも可能だった。
今は好意でターミナルに匿ってもらえている。本来、私なんかがターミナルに入る資格なんてないのに。
だから一度外に出てしまえば二度目はない。もっと良く考えるべきだと、セレスティア様もアドバイスしてくれた。
けれど、私にはエレン王子を助けないという選択肢などなかった。
それに、神聖国側から二つの提案をされたことが私の決意を後押しした。
一つ目は、このターミナルでエレン王子のことも匿ってくれるということ。もちろんエレン王子に危害を加えることなく、望めばすぐにでも無条件でガルシア国に帰れるという約束付きで。
もしも幽閉塔からエレン王子を救出できても、エレン王子の逃げ場はない。状況が状況だけに、王位後継者として相応しくないと命を狙われる危険性もある。
しかし、ガルシア国内にありながら不可侵のこのターミナルは、そんなエレン王子が一時的に避難するのに最適な場所だった。
そして二つ目は、今まで閉鎖的でボールドウィン侯爵家しか許されていなかった神聖国との国交を、エレン王子も担えるようにしてくれるということ。
神聖国はガルシア国にとって脅威的な存在であるとともに未知の存在だ。少しでも情報が欲しいガルシア国はこの絶好の機会を逃すはずがない。
これから先、何の後ろ盾のないままではいくら王子と言えどやはり危うい立場であることは変わらないだろう。そんなエレン王子に神聖国側が重要な役割を与えてくれたのだ。エレン王子という存在自体に価値を与えてくれた。
神聖国がそんな二つの好条件を提示してくれたのには理由があった。
癒しの魔法ーー聖女という存在だ。
神聖国は私を欲したのだ。魔力がなくて思い通りに魔法を使うことができないということも承知の上で。
涙が出るほど嬉しかった。
……癒しの魔法が希少だからというのもあるけれど、エレン王子の役に立てるということが一番嬉しかった。
本当の意味で、大好きな人を救うことができるのだから。
もしもこのことをエレン王子が知ったら怒るかもしれない。自分の身を売る様なことはやめろって。
それほどエレン王子は優しい人だから。けれど私は自分の意思で決めた。
魅了の魔法を使って愛する人とずっと一緒にいるなんて虚しいだけだと、現実のリリーは思ったから。
遠く離れても、会えなくなってしまっても、エレン王子自身が自分の思うがままに頑張っている姿を心から応援したい。
あの小説の物語とは違う幸せの形を探すことに、少しの後悔もない。
「僕、リリー嬢のこと、」
その先は聞いちゃいけない。聞いてしまったら、せっかくの決意も揺らいでしまいそうで。
だから私は、人差し指をエレン王子の唇に添わせてその言葉を塞ぐ。
「その先の言葉は聞きません。でも、……私、神聖国でいっぱい学んで、神聖国で一番の、世界で一番の癒しの魔法使いになりますから。エレン王子に何かあったらすぐに駆けつけますからね! 私たち、……お友達、ですから」
友達だから、何とか吐き出すことのできたその言葉を聞いたエレン王子は、私の気持ちを察してくれたのか、ありがとう、と微笑んでくれた。
「僕もリリー嬢が危険に陥った時はすぐに助けに行くからね。もう誰の顔色も窺わない。僕は僕の信じた道を生きることにした。僕自身が自分の力を信じたいんだ。だから、……待っていてね」
その晴れやかな笑みを見て、この関係も間違いではないと思うことができた。
だから、少しだけ調子に乗って軽口を叩く。
「きっとすぐに私は神聖国のアイドルになれるだろうし、もしかしたら神聖国でお姫様になってるかも! その時になってようやく私の可愛さに気付いてももう遅いんですからね」
「……てたよ」
「えっ?」
「ううん、リリー嬢なら本当にお姫様になれそうだね」
「ふふ、きっとモッテモテで選び放題で、終いには格好良い王子様に求婚されちゃうかも! だからエレン王子は素敵な人と幸せになってくださいね。婚約を破棄させた元凶の私が言うのも変ですが」
「素敵な人か。それならもう目の前にいるよ。リリ……」
「えっ!?」
その瞳は私をまっすぐに見つめていて。そして私の頬に向けてゆっくりと手が伸びてきて……
『キュウ!』
憎らしい、もとい、可愛らしい鳴き声と共に、リリーではなくリリちゃんが、エレン王子のその手に飛び移った。
「……リリちゃんですか!! しかも人ではないし!!」
ずっと私の後ろを飛んでいたらしい。全く気が付かなかった。
……て言うか、リリちゃんって空飛べるの!? エレン王子の魔法のおかげ? そんなのズルすぎる!!
「期待させちゃったかな?」」
悪戯にそう言いながら、これ見よがしにリリちゃんのおでこにキスをする。
絶対にわざとな上に、その仕草が絶妙に色っぽいし、リリちゃんは勝ち誇った顔していて悔しいし!!
だから私もわざとらしくぷいっとそっぽを向いて、文句を言った。
「してません!! もうっ、エレン王子ったらそんな性格でしたっけ?」
「リリー、期待してもいいんだよ?」
「だから、期待なんて……えっ、リリー?」
呼び捨て? 魅了の魔法なんて使ってないのに?
そう思って振り向いた瞬間、額に柔らかい感触が落とされた。
「キスで、魔力は増えませんから……」
恥ずかしさを紛らわすようにそう告げると、エレン王子は愛おしそうに私を見つめてくれている。
魅了の魔法を使っていた時に向けられていたものとは全く別物のその眼差しを向けられてしまったら、本当に期待してしまう。
好き、って言いたくなってしまう。
だから余計なことを言ってしまう前に、ぎゅっと抱きついて、そして逃げるようにその場を後にした。
振り返ることなく、まっすぐにゲートを目指して。
「私はヒドインだし、ちょっと抱きつくくらい許されるよね。……てか、今の私って国外追放されるヒドインじゃん」
正確には追放ではなく自分の意思で決めたことだけど。
「これでエレン王子も、セレスティア様も、みんなが幸せになれるよね?」
自分が幸せになれれば周りなんてどうでも良いと思っているヒドインのはずなのに、自分の幸せよりも誰かの幸せを願っているなんて。……もうヒドインという役割を卒業できたのかも。
でも神聖国に繋がるゲートを前にしたら、堪えきれなくなってぼろぼろと涙が零れ落ちた。
この一歩を踏み出したらもう戻れない。そう思ってしまったら、たくさんの思い出が蘇ってきて。
「やっぱり好きだよ……」
モッテモテで選び放題で求婚されても意味がない。私はきっと誰も選ばない。格好良い王子様なんて、そんな存在は一人しかいないことに気付いてしまっているから。
ずっとエレン王子のことが忘れられないでいると思う。
好きというこの気持ちだけは、どんな魔法を使ってもきっと失くすことなんてできないと思う。
こんなことになるって分かっていたなら、初めから魔法になんて頼らなければ良かった。
でも、魔法がなければエレン王子とお近付きになれなかったかもしれないというのも事実。
だったら、もう少しうまく使えば良かったのかも……あの小説の物語の核心に触れないギリギリのラインで。
セレスティア様に魅了の魔法が効かなかった理由も分かったし、前世の記憶もあるし、今の私ならうまくできそうな気もする。
少しだけヒドイン思考がふつふつと湧き上がり始めた私は覚悟を決める。
「生きてさえいればなんだってできるんだから! この際なりふり構わず成り上がってみせようじゃない!!」
私の本質はやっぱりヒドインだから、私も幸せでありたい。幸せになるためには貪欲だし、忘れられないなら忘れなくても済むようにすればいい。
自己中で何が悪い!
癒しの魔法があれば、魔法第一主義の神聖国でならそれなりの地位を確立できるかもしれない。聖女様と崇め奉られて成り上がることができるはずだ。
それに、神聖国側には私が魅了の魔法を使えることはまだ知られていないはずだ。
「目指せ! 神聖国でハーレム作り!! あわよくば、神聖国で揺るぎない地位を得て、エレン王子と結婚してみせる!!」
貪欲な私の玉の輿の相手は、やっぱりエレン王子しか考えられない。
この先、エレン王子が神聖国とガルシア国の外交を担うなら、きっとチャンスはゼロではない。
ガルシア国に戻れないと言うのなら、有無を言わせずに戻れる状況を作り上げればいいだけだ。
今度こそ「好き」だと伝えて、国際結婚も夢じゃない!?
そこでふと気付く。
「あれ? そうなるとエレン王子と結婚できたとして、そこで物語が軌道修正されたことになって、最終的にはあの小説の通りにざまぁされちゃう?」
生きたままあの小説の物語から退場できたはずなのに、エレン王子と結婚できたら再びざまぁ街道に乗ってしまうのか? 暗殺、それは絶対に嫌。
「よし! いざとなったら、また逃げよう! ねっ、施設長!」
「うむ。よく分からんが、リリーちゃんならいつでも大歓迎だよ。まだわしの娘の席も空いているぞ」
「ふふ、施設長ったら! じゃあ、いつでもゲートを使えるようにしておいてくださいね。おやつを食べにきますから!」
「任せなさい!」
思わぬ味方? の存在に、意外と早くガルシア国に戻れる日が来るのかもしれない。……まさかね?




