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新しい出会いと別れ

「隣に座ってもいいかな?」

「もちろんです! でもどうしてこんなところに?」

「セレスティア嬢に教えてもらったんだ。ここにくればリリー嬢に会えるって」

「セレスティア様ったら。本当に優しいんだから」


 約束を果たしたいと言ってここに連れてきてくれたけれど、まさかエレン王子と話す機会を作ってくれていたなんて。


 やっぱりセレスティア様は女神だ。最推しだ。


 エレン王子と話したいことはたくさんある。今更だけれど、学園で優しくしてくれた感謝の気持ちも伝えたいし、その優しさにつけ込んだ魅了の魔法のことだってもう一度きちんと謝りたい。


 けれどうまく口にすることができなくて。


 ようやく絞り出した当たり障りのない言葉も、今更になって気が付いたこと。


「……王都の街並みってこんな風景だったんですね。今まで全然気付かなかったけれど、とても綺麗……」


 学園に通い出してからほとんど学園の敷地内から出ることはなかった。いかに自分が狭い世界で生きてきたのかを今更ながら悔やまれる。


 ただ自分が気付いていないだけで、目の前にはたくさんの美しい世界が広がっているのに。


 手放してからでは遅いのに。


「……本当だね」

「きっと、これからもっと素敵な街になりますね。だって、次に国王になる人はとっても素敵な人だもの」


 こんなに優しいエレン王子が国王になれば、きっとこの国の人たちは平和に幸せに暮らせるに違いない。


「僕もそう思うよ。だから、……もう僕は迷わないから。僕は自分の信じた道を生きる」


 強く言い切ったエレン王子の姿を目にし、きっとこの先、私がいくら魅了の魔法を使おうとも、エレン王子が惑わされることはないとさえ思えた。


 だから私も迷わない。目の前のこの人には必ず幸せになってもらいたいから。


 エレン王子の隣に座って、美しいこの街並みを一緒に見ることなんて、きっとこれが最初で最後だ。


 これから先の人生でどれだけ素晴らしい風景を目にしても、どれだけ楽しい出来事が起こっても、死ぬ間際に思い出すのは“今”なのかもしれないと思えた。


 だからその時に寸分の狂いもなく思い出せるようにーーエレン王子の姿を記憶に焼き付けよう。


 綺麗な風景よりもイケメンを。


 死ぬ間際、目を閉じた瞬間に、イケメンを拝めたら最高だと思う。確実に昇天できる。


 そう思って、エレン王子の方に目を向けると、エレン王子の金色の瞳は街ではなく私の方を向いていて。


 目が合ってしまった。


 いや、分かってる。目が合ったと思うのは気のせいだ。自意識過剰すぎる。私のことなんて見ているはずがない。


 案の定、何もなかったかのようにエレン王子は立ち上がってありきたりな話を向けてくる。


「リリー嬢の家は見えるかな?」

「ふふ、見えるわけないじゃないですか! 辺境の地ですよ? エレン王子は二度とあそこには行きたくないと思ってますよね?」

「うーん。まあ、行きたいか、って聞かれたら、もう二度と行きたくはないね」


 それもそのはず、エレン王子は私の故郷でもあるあの辺境の地で、魔物に襲われて重傷を負ったのだから。


「あの時の怪我、大丈夫ですか?」


 おそるおそる尋ねると、エレン王子は嬉しそうに笑って、得意げに答えてくれた。


「傷跡さえないよ。それどころか古傷も綺麗さっぱりなくなったんだから!」

「それなら良かったです」

「知ってる? 僕と一緒にいた護衛騎士が今何をしてるのか?」

「一緒にいた護衛騎士って、あの生き返った人ですか?」

「生き返ったって……まあ、確かにその表現がしっくりくるかもね」


 少しだけ苦笑いするエレン王子に、私はあの時の心情を必死で主張する。


「だって、本当に死んじゃったって思ったんですから!!」

「でも、リリー嬢が治してくれた」


 あの日、王城の関係者ーーエレン王子と一人の護衛騎士が魔物に襲われて、命からがら逃げているところに、実家近くをふらふら歩いていた私が偶然遭遇した。


 もちろんエレン王子のことなんて知らなかった私は「イケメンが流血で大ピンチだ!」としか思わなかった。


 急いでパパを呼んでパパの言う通りにしたら、初めての魔法が使えて、エレン王子とその護衛騎士の命を救うことができたのだ。


「それで、あの人は今?」


 なんだか聞いたことのあるフレーズを言ってしまった気がする。なぜか少しだけ恥ずかしい。


「それがさ、そもそもあの時の護衛騎士は、怪我が原因で近衛騎士を辞めようとしていた者だったんだ。それで、辞める前に僕の我儘を聞いて欲しいと無理を言って、お忍びで竜を探しにあの地へ行ったんだ」


 今、サラッとすごい言葉が出てきた気がする。あの人の今なんて、どうでも良くなってしまうくらいの強ワードが。


「竜? 竜って、あの大きくて恐ろしくてファンタジーの世界に出てくるような、あの竜ですか?」

「ファンタジーの世界っていうのがいまいちよく分からないけれど、古い言い伝えにも出てくるあの竜だよ」

「竜って、存在するんですか?」

「もちろん。もしかして、リリー嬢は神聖国が一目置かれている理由を知らないの?」

「魔法が使える人がたくさんいるからじゃないんですか?」

「それもあるけれど、一番の理由は、竜を従えているからだと言われているんだ」

「嘘だぁ!!」


 思わず本音が漏れた。もはや口を縫いつけるだけでは足りないかも。


 でも今回ばかりは仕方がないと思う。だって、あの小説には竜なんて一切登場しなかったのだから。そもそも神聖国自体が登場していなかったけれど。


「そうだね。もしかしたら嘘かもしれない。でも、僕はどうしても竜を見つけたかった。竜を見つけることができれば認められる気がしたから」


 認められたい、その言葉は王子という立場だからこそのプレッシャーだろう。


「それで、竜はいたんですか?」

「見つからなかった……」


 ですよね。私の実家の近くに竜がいるだなんて、さすがにあり得ないでしょ。


 強い魔物は確かによく見たけれど、もちろんその度にパパが追い払ってくれたけれど、さすがに竜は信じられない。


「でもね、これがあったんだ」


 そう言って見せてくれたのは、きらりと光る虹色の小さなかけら。


「綺麗ですね。これは何ですか?」

「竜の涙」

「へ? りゅうのなみだ?」


 もちろん初めて聞く言葉。そんなレアアイテム知らないし。


「ちなみに、これにはどのようなものなんですか?」

「竜の涙については、詳しくは何も分からないんだ。今明らかになっていることは、ひとつは魔法石と同じように魔法を込められるということ。しかも魔法石と違ってその効果が永年みたいなんだ」

「凄っ!! 無敵じゃないですか!? でも、ひとつは、ってことは他にもあるんですよね?」

「竜の声が聞こえるみたいなんだ」

「おお!! ファンタジー!! せっかくなら聞いてみたいです!! どんな風に聞こえるんですかね?」


 軽い気持ちで言った私の言葉に応えるように、絶妙なタイミングでそれは聴こえてきた。


『……タスケテ』


 どうしてその言葉をチョイスする? もちろん私は突っ込まずにはいられなかった。


「エレン王子ったら、サービスいいんだから! でも竜のフリをするなら『助けて』よりももっと竜っぽい言葉にしてくださいよ!!」


 あはは、と笑いながらエレン王子の肩を突く。もちろんエレン王子に触りたかっただけという不純な動機で。


 それなのに、エレン王子は神妙な面持ちで私に告げる。まさかセクハラで訴えられてしまうのか? 


「……リリー嬢も聞こえたの? 助けてって?」

「え? はい。……エレン王子が言ったんですよね?」

「いや、言ってない」

「……」


 セクハラで訴えられることはないようだけれど、それ以上に重い沈黙が私たちを包み込んだ。聞いてはいけない声を私たちは聞いてしまったらしい。


 そして追い討ちをかけるように聞こえてくる……


『イタイ、ダレカ、タスケテ……』


「ヒィっ……」

「声は向こうの方から聞こえたよね?」


 エレン王子の視線がぴたりと止まる。私の後方、鐘楼堂の屋根の上の方を見て。えっ、無理。私、振り向けない……


「何か、いる?」


 私の背後に何がいるのだろうか? 猫や鳥だと思いたい。百歩譲ってせめて蜘蛛。


 それなのに脳裏を過るのは霊的な何か。無理。本当に無理。今更別のホラー小説とか無理だから!!


『タ……ケ……』


 聞こえてくるその声は次第に弱々しくなっていって、脳に直接訴えかけるようなその悲痛な叫びに、


「助けたい……」


 気付いたら自然と呟いていた。


「分かった。僕に任せて」


 私の頭を優しくポンと叩くと、エレン王子はふわりと飛翔の魔法を使って高く飛んだ。そして、手を伸ばしてその何かを抱き寄せる。


 戻ってきたエレン王子が抱きかかえるその何かは、大多数の女子ならばあまり見たくない様なフォルムで。


「トカゲ、ですか?」


 爬虫類系も無理だけど、霊的な何かじゃなくて一安心。と思う間も無く、そのトカゲちゃんを見て驚き目を疑った。


「すごい怪我!?」


 トカゲにしては大きすぎるその生物は、どうしてか身体中が傷だらけだった。そのトカゲちゃんは全く動かない。


「これって……いや、でもそんなはずは……」


 エレン王子の戸惑う姿に、悪い予感が過る。


「もしかして、死んでます?」

「いや、微かに魔力を感じるから辛うじてって感じかな……」


 死が間近なのだろう。


 エレン王子は、そのトカゲちゃんを両腕で優しく包みながら、とても悲しそうな顔をしている。


 最後くらい笑っていて欲しい。だから私はちょっとだけ頑張ってみようと思った。


「じゃあ、私が治してみせますよ!!」

「でも、リリー嬢は魔力が……」


 私には魔力がなくて、自由に癒しの魔法が使えないことくらいエレン王子も知っている。それは散々罵られてきた周知の事実。


 だから優しいエレン王子は私を傷つけまいと、私にトカゲちゃんの怪我を治して欲しいと言ってこなかった。


 けれど、それを逆手にとって私は酷い要求をする。


「エレン王子が私にキスをしてくれたら、癒しの魔法が使える気がします!」


 なんて冗談を言ってみたりして。だって、私はヒドインだから、これくらいの冗談はお家芸だと思う。


 きっと魅了の魔法にかかっていた頃のエレン王子なら、一切の躊躇いもなく、チュッとしてくれたはず。


 ……でも、あまり変なことを言って困らせて、これ以上嫌われてしまうのは嫌だからすぐに白状しようとした。


 昨日の残りの魔力増幅薬がポケットに入っているから、一回分くらいなら癒しの魔法が使えるはずだって。


「なんちゃっ……!?」


 ……冗談でした、と笑い飛ばすはずだったのに、エレン王子のキスが私の頬に落とされた。


 それは、ほんの一瞬の出来事で。


 頬に柔らかい感触が触れたと思ったら、ゆっくりと離れていって。


 目をぱちくりと瞬かせながら思わず頬を押さえた。私の全身が一気に熱を帯びる。冗談だよね? 夢?


「はい、これで治せるね」


 さっきの私の言葉が冗談だと分かっていたみたいで、エレン王子は悪戯に微笑んでいる。


 その笑顔は今までに見たことのないような年相応の男の人の笑顔。心を操られている時に見た優しい笑顔とは全く違うと分かったからこそ、余計に私の心臓が高鳴った。


 頭が沸騰しそうでくらくらとなりながらも「はい」と頷いた私は、ポケットの中のあの木の実を掻き分けて小瓶を取り出した。


 そして一気に残りの魔力増幅薬を飲み干す。


 トカゲちゃんに手を翳し、癒しの魔法を使う。身体中があたたかい光で満たされていく。


 それは、癒しの魔法を使うための魔力が漲っているからなのか。それともエレン王子のキスのせいなのか。


 そのあたたかい光が私の手に集まり、トカゲちゃんを光で包み込む。


 次第にトカゲちゃんの身体中にあった傷が塞がり、そして尻尾がピクリと動いた。


「動いた!!」


 やっぱり苦しんでいる誰かが助かると嬉しい。満面の笑みを向けるとエレン王子も笑ってくれていた。そして、再び悪い笑みを浮かべる。


「そっか、キスで魔力が増えるのか。もしももう一回キスをすれば……」

「!?」


 キスで魔力が増えるなんてそんなはずはない。魔力増幅薬のおかげだ。


 けれどエレン王子がキスをしてくれる。これほどまでに美味しい機会はないと思ってしまい、積極的には訂正をしないでいたら、もう一度私の頬にキスが落とされた。


『アリガトウ』

「ヒィっ!!」


 ぺろりとトカゲちゃんが私の頬を舐めたのだ。全身の血の気が引いた。やっぱり爬虫類系は苦手だ。だから必死で懇願する。


「その子はエレン王子が責任を持って育ててください!!」

「いいの? こんなに可愛い子を」


 エレン王子はトカゲちゃんを抱き上げて、いい子いい子と撫で始めた。えっ、羨ましいんだけど。


 そして、あろうことかトカゲちゃんはエレン王子の口元をぺろりと舐める。えぇっ、ずるすぎる。私は頬だったのに!!


 そんなトカゲちゃんは私の方を見てきた。なんだか勝ち誇った顔が悔しい。トカゲのくせに。


「この子を見て周りが何と言おうと、僕の決意は揺らがないよ」


 真面目な顔で、自分に言い聞かせるように一際強く言い放ったエレン王子に、私は同調する。


「もちろんです。生き物を飼うって決めたら責任を持たなくちゃダメですからね!!」


 エレン王子は一瞬きょとんとするも、すぐにくすりと笑った。


「そうだね。この子の名前は何がいいかな?」

「トカゲでいいんじゃないですか?」

「いや、この子はトカゲじゃなくて……」


 その時私は閃いた。それは天才的な閃きだった。


「じゃあ、リリちゃんで。この子を見るたびに私のことを思い出せますよ!」

「……」


 戸惑うエレン王子の表情に、やっちまった感が否めない。


「冗談ですよ。本気にしないでください!! ネーミングセンスなんて私には皆無なので、エレン王子がゆっくりと決めて下さい」


 トカゲと同じ名前だなんて微妙だし。一応そういうことにしておこう。決して負け惜しみではない。


『リリカワイイ、リリキニイッタ』

「リリって名前が気に入ったの? そうでしょ? リリーに悪い人はいないんだから! ……って、リリちゃんが言ってる言葉がわかるんですけど!!」


 トカゲちゃんのくせに人語を操るとか天才?


「リリー嬢も? 僕もリリの言ってる言葉がわかるんだ。やっぱりこれのおかげ?」


 竜の涙の本領発揮? トカゲちゃんにも効くの?


 けれどそこで疑問が一つ。


「百歩譲ってその竜の涙のおかげかもしれないんですけど、どうして私まで?」


 その疑問は解けなかった。けれど私にはひとつだけ心当たりがあった。


 転生特典でよくある言語理解。いきなり別世界に来てしまった時に、現地語が分かるというご都合主義の魔法の一種。


 正確に言えば、転移者に対するご都合特典だろうから、転生者の私には当てはまらないはずだけれど。


 そこはヒドイン特典ということで、リリちゃんと意思の疎通が図れてラッキーくらいに思っておこう。





 その日の夜、ベッドに横になっていると、突然頬にぺろりという感触。


「エレン王子、いくら最後の夜だからって、夜這いだなんて……って、ヒィっ!!」


 リリちゃんだった。


「もうっ、期待しちゃったじゃないの!! で、リリちゃんどうしたの?」

『リリー、ナカナイデ』

「……もうっ、トカゲちゃんのくせに……どうして分かったの? 本当に天才なの?」


 私は一人で泣いていた。


 だって、明日で最後、もう二度とエレン王子に会うことができなくなってしまうのだから。





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