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二度とあなたの妻にはならない  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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1 回帰

――彼を、愛していた。

この世界にいる、他の誰よりも。



だけど、彼が愛したのは別の女性だった――






「や、やめて……お願い……」



真っ暗な地下の一室。

そこでは昼夜問わず女性の悲鳴と鞭を打つ音が鳴り響いていた。



女性の着ていた服は真っ赤に染まり、部屋の壁などいたるところに彼女の血が飛び散っている。

爪は剥がされ、殴る蹴るの暴行を加えられ、その合間に何度も鞭が振り下ろされる。

一発打たれるたびに強烈な痛みが体中を駆け巡り、息をすることすら辛かった。



凄惨な拷問により彼女の肌は傷だらけになり、もう自力で立つこともままならなかった。

しかし、そんな彼女に手を差し伸べる者は誰もいない。それどころか、拷問の執行人たちは彼女を見下ろして笑っている。



――ざまぁみろ、とでもいうかのように。



(ど、どうしてこんなことに……)



何故自分がこのような悲惨な目に遭わなければならなかったのか、彼女はどれだけ考えてもわからなかった。



彼女はつい数日前までこの家の主人の妻であり、れっきとした公爵夫人だった。

しかし、そんな輝かしい夢のような日々は一瞬にして崩れ去った――



彼女――シーラは、元々侯爵家の令嬢だった。

政略結婚で結ばれた仲の悪い両親の元に生まれ、母親は幼い頃に亡くなってしまった。



それから父親はすぐに愛人と一つ下の異母妹を侯爵邸に連れて来た。

家族たちからいないものとして扱われ、居場所のない中でシーラは幼少期を過ごすこととなった。



十二歳になったとき、彼女の婚約が決まった。相手は同い年の公爵令息ヘンドリックだった。

シーラは婚約者となった見目麗しいヘンドリックに一目惚れし、彼に愛されたいと願い、執着するようになる。



最初はそれなりに優しくしていたヘンドリックだった。しかし、いつからか彼女の重い愛を疎ましく感じるようになったのか、冷たい対応を取るようになった。



冷たいだけにとどまらず、シーラに内緒で見合いに参加したりもしていたという。



そんな中、彼は十五歳から通い始めたアカデミーである少女と出会う。

ヘンドリックが彼女を愛しているということは、誰から見ても明白だった。

いつも冷めたような彼の瞳が、彼女といるときだけは柔らかく変化するのだから。



学園に在学している間、彼は彼女と過ごしてばかりだった。

シーラはそんな二人に激怒したが、どれだけヘンドリックを問い詰めたところで何も変わらなかった。

彼は彼女と会うことをやめず、シーラからは離れていった。



ヘンドリックはシーラとの婚約破棄を望んでいたようだが、結局家同士で結ばれたものを覆すことはできず、彼と彼女は結婚した。

しかし、愛する女性を諦めきれなかった彼は彼女を領地内にある別邸に囲い、そこに足繁く通うようになる。



――その間、シーラには指一本触れなかった。



彼女は毎日のように夫の帰りを待ち続けていたが、数年も経つと心が限界を迎えた。

周囲に当たり散らすようになり、シーラは使用人たちからも嫌われ、屋敷内で孤立していった。



愛人の妊娠が判明してからは、余計に彼女の心は荒れていった。

本妻よりも先に愛人が妊娠するだなんて前代未聞であり、周囲に何て言われるかは明白だったからだ。

お飾りの妻や不妊の女など、シーラは様々な罵声を浴びせられることとなった。



―――そんな中で事件は起きた。

妊娠した愛人が、別邸で何者かが雇った暗殺者に襲われたのだ。



ヘンドリックはよく調べることもせずシーラを犯人だと断定し、彼女を捕らえて拷問にかけた。

愛する女性とその間にできた子供を狙われた彼は怒り心頭で、容赦ない拷問が彼女に降り注いだ。



「奥様ったら……何て醜いのかしら……」

「もう奥様ではないわ。次に奥様になられるのは旦那様の子を身籠っているあの方なんだから」



そのせいか、使用人たちは拷問を受け続ける彼女に同情するどころか嘲笑した。

命の灯火が消える寸前、シーラは外にいた侍女の会話を偶然耳にした。



(………あの女が、公爵夫人になるですって?)



もう動かせもしない唇から、渇いた笑みが漏れた。

この三年間、必死の思いで守り抜いてきたその座まで結局はあの女に奪われるのか。

シーラは悔しくてたまらなくなって、目から大粒の涙を流した。



あぁ、ヘンドリック。

もし、やり直せるのなら次は絶対にあなたを愛したりはしない。



シーラはゆっくりと目を閉じ、短かったその生涯を終えた。

――はずだった。



***



再び目を開けると、彼女は見覚えのある懐かしい場所にいた。

僅かに開いた扉の隙間から見えるのは、一組の男女が激しく愛を交わしている姿だった。



「ヘンドリック様……愛しています……」

「あぁ、俺もだ……」



シーラが見ていることなど全く気付かず、婚約者のいる男は平然と別の女と口づけを交わす。

そして女もまた、知っていながらそれを受け入れていた。



「……」



この光景に、彼女は見覚えがあった。

王立学園第三学年の春、シーラがたまたま見かけたヘンドリックと彼女の浮気現場だった。



それをまた見ることになるだなんて。



――驚くことに、シーラは四年前に回帰したのだった。




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