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第六話:森ダンジョンへの準備

 翌朝、ツヴァイとマリンは街の中央広場に集まっていた。


「マリン、今日はさっそく森ダンジョンに挑むための準備をしようと思うんだ」


「昨日に引き続いてお買い物ですね! まずは折れてしまった武器を買い換えますか?」


「いや、まずは『全身鎧フルプレート』を試してみようと思う。確か防具屋は試着をさせてくれるから、その時に『甲殻度』が上がるかどうか調べられそうだしな」


「なるほど! 森ダンジョンは模擬ダンジョンより厳しいかもしれませんし、まずは守りを固めるのもいいですよね」


 そんな会話を交わしながら、二人は大通り沿いにある大きな防具屋へと向かっていった。


 街の防具屋はギルド併設の小さな道具屋とは比べものにならないほど品数が豊富で、朝から様々なクラスの探索者たちで賑わっていた。


「やっぱり本格的な防具屋は違うな」


「ここなら、いい全身鎧が見つかりそうですね!」


 マリンは店内に飾られた、鏡のように磨かれた盾や兜を見つめながら、期待に胸を膨らませていた。


「いらっしゃい! 何かお探しかい?」


 不意に、背後からいかつい髭面の店主に声をかけられた。


「ええと、良い感じの全身鎧を試着してみたいのですが……」


「ほう、全身鎧か! 兄さん、若いくせに重装戦士だな? いい出物があるぜ!」


 ツヴァイの返答を都合よく早合点した店主は、満足げに頷くとすぐに店の奥へと引っ込んでいった。


「店主さん、完全に勘違いして行っちゃいましたね」


 「ま、まあ、試着させてもらう分には何も変わらないから、このままでいっか」


 いちいち「いえ、俺の職業は甲殻戦士でして……」と説明するのもややこしい。ツヴァイはあえて訂正せずに待つことにした。


 しばらくすると、店の奥からズッシリとした重厚なフルプレートメイルが運ばれてきた。中古だと言うが、丁寧に磨き上げられており、つやつやとした金属光沢を放っている。


「中古なんだがよ、俺がきっちり仕立て直してあるから性能は新品同様だぜ! 値段は破格の『800ゴルド』! 気に入ったら買ってくれよな」


 とても中古には見えない仕上がりに、店主の腕の確かさをツヴァイは確信した。


「それじゃ、ちょっと試着してきます」


 「おう! 壊したら弁償だからな! ――って、着るだけで壊れるようなヤワな防具は売ってねえけどな、ガハハ!」


 店主の豪快な笑い声を背に、ツヴァイは試着室に入った。

 

 全身鎧なんて人生で初めて着る。兄でさえ、ここまでガチガチの重装甲は身につけていなかったはずだ。パーツごとのズッシリとした金属の重量を感じながら、ツヴァイは一つずつ鎧を体に固定していく。


 そして、最後の兜を装着し終わった瞬間――見慣れた半透明のログが視界に流れた。


『全身外骨格を検知しました:甲殻度30%UP』


 途端に、全身の細胞にカニのバフが染み渡る。さっきまであれほど重く感じていたフルプレートメイルが、羽毛のように軽くなった。重さによる負荷が全く感じられない。


「これは凄いぞ、マリン!」


 ガバッと試着室のカーテンを開けて飛び出したツヴァイに、マリンが目を丸くした。


「ど、どうしたんですかツヴァイさん。……わぁ、全身鎧、すごく格好いいですね!」


「これ、着るだけで甲殻度が30%も上がるんだ! 通常時でも、基礎ステータスが常時1.3倍になる!」


「30%ですか!? じゃあ、模擬ダンジョンで見つけた戦い方(横歩き+水濡れ)を合わせれば、常に1.5倍以上の強さになりますね!」


「こりゃ絶対に買いだな! ――あ、でも、800ゴルドだと俺の財布だけじゃ足りないか。マリンの分の報酬(750ゴルド)にも手をつけちゃうな……」


 ツヴァイが申し訳なさそうに言うと、マリンは嬉しそうに微笑んで首を振った。


「私は後ろでツヴァイさんに水をかけていただけですから! ツヴァイさんが強くなるなら、私の分のお金も遠慮せずに全部使ってください!」


 「ありがとうな、マリン! じゃあ、これにするよ」


 マリンの信頼に深く感謝しながら、ツヴァイは店主に向き直った。


「店主さん、この全身鎧をいただきます」


「おう! 気に入ってくれて嬉しいぜ。今まで着てた革の胸当ては下取りで50ゴルドで引き取ってやる。……あとな、余計なお節介かもしれないがよ、そんな立派なフルプレートメイルに、その安物の『銅の盾』じゃ見た目の締まりが悪だろ。盾も新調してかねえか?」


 手元の資金は、ツヴァイの1200ゴルドから鎧代(750ゴルド)を引いて、残り450ゴルド。

 

 すると、マリンがツヴァイの横から身を乗り出した。


「ツヴァイさん、せっかくですから『大盾』を試してみませんか? 昨日本で読んだハサミの代わりに!」


「でも、お金が足りるか?」


「私の取り分から出せば大丈夫です! 装備はケチるな、ってお父さんもいつも言っていましたから。ここはババンといきましょう!」


 マリンは少し照れたのか、もじもじしながら付け加えた。ツヴァイは彼女の意外な気前の良さに驚きつつも、その提案に乗ることにした。


「ええと、それじゃあ店主さん。あの、上部にV字の窪みが入った大きな盾を試してみたいのですが」


 「おう、あの『カイトシールド』だな! そいつはちょっと変わったドワーフの作品でな、頑丈さは一級品なんだが……いかんせん片手で持つには重すぎるってんで、ずーっと売れ残ってたんだ。本来は500ゴルドなんだが、兄さんなら『300ゴルド』で持っていっていいぜ! 在庫処分だ!」


 店主はガハハと笑いながら、破格の値引きを提示してくれた。これなら手元の450ゴルドで余裕で足りる。


「300ゴルド! よし、店主さん、試させてくれ!」


 ツヴァイは折れた剣の柄を置くと、あいた右手にカイトシールドを、左手にはこれまでの銅の盾を構えてみた。左右で全く大きさの違う二枚の盾。

 

 その瞬間、頭の中にピコンと新しいログが響き渡った。


『左右で大きさの異なるハサミの構えを検出:【シオマネキボーナス】』


 『大きなハサミ(カイトシールド)で与えるダメージに30%のボーナスが適用されます』


「シオマネキボーナス!?」


「ええと……図鑑だと、このカニさんですね! 左右でハサミの大きさが全然違います!」


 マリンがすかさず小脇の『カニ図鑑』をめくり、目的のページを指差した。


「なるほど、ただカニっぽく動くだけじゃなくて、特定のカニの形態を模倣することでもボーナスが変わるのか……! ――じゃあ、試しにカイトシールドを置いて、両手を同じ大きさの『銅の盾』にしたらどうなるんだ?」


 ツヴァイが実験を始めると、店主が不思議そうに声をかけてきた。


「なんだ、カイトシールドはやめちまうのか?」


「あ、いえ、ちょっとした職業の実験なんです」


「重装戦士のくせに、さっきから両手に盾を持ったり変なことばかりしてると思ったら……お前、違う職業なのか!」


「あ、はい。実は『甲殻戦士』という、ちょっと珍しい職業でして……」


「なるほど、なるほど! そりゃ面白い。うちの防具の組み合わせで強さが色々と変わるんだな? だったら気の済むまで試してくれよ! 最近はどいつもこいつも、動きやすい胸当てばかり買いやがって、大盾を買うのは重装戦士のベテランくらいしかいなくて退屈してたんだ」


 店主のボヤキを心地よく聞き流しながら、ツヴァイは同じサイズの盾を両手に装備し、正面でピタリと合わせるように構えてみた。


『左右均等のハサミによる正面防御を検出:【カラッパボーナス】』


『正面からの敵の突進・衝撃の勢いを80%削減します』


「おお! 防御に関しては、このカラッパボーナスってのが凄そうだぞ!」


「この丸っこいカニさんですね! まんまるで、すごく可愛いです!」


 マリンが『マルソデカラッパ』のページを開いてツヴァイに見せる。


「うーん。でも、今の俺たちのパーティは、アタッカーも俺が兼ねてなきゃいけないからな。守りを固めるカラッパより、大盾で殴れるシオマネキの方が良さそうだ。――店主さん、やっぱりカイトシールドをください!」


「おう! 毎度あり! そんだけガチガチに固めりゃ、星一のダンジョンなんて楽勝だぜ。実際に使ってみた感想も、今度聞かせてくれよな!」


「はい、ありがとうございます!」


 二人は元気に挨拶をして、活気あふれる防具屋を後にした。


「防具も『武器(大盾)』も、いいものが揃ってよかったですね!」


「ああ。マリンが言っていた『両腕盾スタイル』で、ステータスに本当に変化が起きるなんてな。図鑑を買った甲斐があったよ」


「ふふ、お役に立ててよかったです!」


 マリンは嬉しそうに、カニ図鑑と杖を愛おしそうに胸に抱きしめた。


「あとは、森ダンジョンで採れる素材を運ぶための『背負子しょいこ』でも買っていくか。マリンはあまり力持ちじゃないって言っていたし、俺は全身鎧のボーナスで筋力が余りまくってるからな」


「何だか、ツヴァイさんにばかり負担をかけているような……」


 申し訳なさそうにするマリンの肩を、ツヴァイはガシャリと甲冑の音を立てて叩いた。


「マリンはすぐそうやって遠慮する。マリンは俺のバフに必要な『飲み水』を満載して持ってくれてるんだから、お互い得意なことでカバーし合ってるだけだろ? これからは申し訳なさ禁止、な!」


 「――ッ、はい! わかりました!」


 ツヴァイのあまりにも堂々とした言葉に、マリンの表情もパッと明るく吹っ切れた。


「背負子は竹製のものでいいかな。250ゴルド以内で買えればいいんだけど……」


「背負子なら80ゴルド前後で売っているのを、以前お父さんと買い物した時に見ましたから大丈夫ですよ!」


「それじゃあ、予算は大幅に余るな! 残ったお金で回復ポーションと干し肉を買い込んで、いよいよ森ダンジョンに挑むとしよう!」


 買い物をテキパキと済ませ、完璧な準備を整えた二人は、いよいよ本番の戦地である『森ダンジョン』のゲートへと足を進めるのであった。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!

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また次回、お会いできるのを楽しみにしています!


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