第三話:初めてのダンジョン2
二人が薄暗いゲートをくぐり抜けると、そこは一面が白い壁で囲まれた四角い部屋だった。
「模擬ダンジョンだからか、ずいぶん殺風景だな」
ツヴァイは少しつまらなそうに呟いた。
「でも、ここから先はガーディアンがうろうろしてるんですよね。気を引き締めないと」
「そうだな。ここからは命を落とす危険もある。基礎ステータスが高い俺が前衛を務めるから、マリンは後ろに付いてきてくれ」
「わかりました!」
マリンが撃てる『ウォーターボール』は最大で6回。どれだけの敵が徘徊しているか分からない以上、魔法はなるべく温存した方がいいだろう。
「マリン、無理に魔法は使わなくていいからな」
「は、はい。でも……自分のウォーターボールがどれくらいの規模なのか掴んでおきたいので、一度は試してみたいです」
「オーケー。じゃあ、まだ余裕がある最初の戦いで試してみるか。俺の職業も、まだ分からない特性だらけだしな!」
ツヴァイはマリンにニカッと笑いかけ、模擬ダンジョンの奥へと続く通路へ足を進めた。
通路を抜けて二つ目の部屋を覗き込んだとき、それはいた。
ひし形をした金属製の小型ガーディアンが二体、不気味に宙に浮遊している。中央には丸いレンズのようなものがはまっており、こちらを探索するようにギチギチと動いていた。
受付嬢に見せてもらった資料によれば、小型ガーディアンのステータス平均値はわずか『5』。ツヴァイの能力値なら楽勝のはずだ。
「よし、マリンいくぞ!」
「はい!」
二体のガーディアンに挟撃されないよう、ツヴァイはまず片方の一体へと狙いを定めて地を蹴った。
その瞬間、小型ガーディアンの丸いレンズが怪しく光り――パッと鋭い光線が放たれた。
「うおっ!?」
まさかの遠距離攻撃。ツヴァイは反応しきれず、まともに胸元へ直撃を受けてしまう。
しかし、ジリジリと煙を上げる革の胸当てを触りながら、ツヴァイは平然と笑った。
「ふぅ、驚いた……。けど、さすが防御力30だな。これじゃ肩慣らしにもなりそうにないや」
「びっくりしました……! ツヴァイさん、ものすごく頑丈なんですね」
後ろでマリンが目を丸くしている。
「これなら何発貰っても平気だ。マリン、今のうちにウォーターボールを試してみてくれ!」
「わかりました! ――『ウォーターボール』!」
マリンが掲げた杖の先に、バシャバシャと水が球状に凝縮され、勢いよくガーディアンへと射出された。
激しい水しぶきを上げて命中する。だが、濡れたガーディアンは全く怯む様子もなく、再び冷酷に光線を放ってきた。
「なるほど……水は効かないのか。だからギルドの連中はマリンを弾いたんだな」
光線を盾で弾きながら、ツヴァイは水術師がなぜ不遇職とされるのかを肌で理解した。純粋な攻撃魔法としての威力が足りないのだ。
「すいません……」
背後から落ち込んだ声が聞こえる。
「マリンが謝る必要なんてないさ! レベルが上がれば攻撃向きの魔法だって覚えるだろうし、大変なのは今だけだって」
励ましながら、ツヴァイは一気に踏み込んで銅の剣を叩きつけた。
硬い手応え。ツヴァイの攻撃力は10だ。平均値5の相手なら十分に深手を負わせられる――はずだったが、敵は一発では沈まなかった。金属の体を火花を散らしながら耐えている。
「硬いな、一発じゃ無理か……っ!?」
その時、もう一体のガーディアンが急速に静止し、レンズの焦点をツヴァイの後ろ――マリンへと合わせた。距離がある。今から走って間に合う射線ではない。
「危ないっ!」
ツヴァイは反射的に、真横へと体を跳ね飛ばした。
本来なら間に合うはずのないタイミングだった。しかしその瞬間、ツヴァイの体が、まるで地面を滑る氷のように恐ろしい速度で横方向へとカッ飛んだ。
ズガァン! と光線を受け止め、マリンの前に滑り込む。
「え……? 今の、俺……?」
尋常ではない横移動の速度。ツヴァイは試しに、ガーディアンの射線を外すように右へ左へと反復横跳びをしてみた。
シュバババッ! と、人間の限界を超えた速度で真横にステップが踏める。しかも不思議とMPが減っていない。
(もしかしてこれが、スキルの『サイドダッシュ』なのか……!?)
その瞬間、ツヴァイの視界の端に半透明のログが流れた。
『連続横移動を検出:甲殻度10%』
『ステータス10%ボーナス適用』
途端に、全身が羽毛のように軽くなり、握る剣が一段と軽く感じられた。明らかに能力が底上げされている。
「ツヴァイさん! ガーディアンの様子がおかしいです!」
マリンの悲鳴に近い声に引き戻される。見れば、ダメージを与えた二体のガーディアンが、丸いレンズを真っ赤に明滅させながら、駆動音を激しく昂らせてツヴァイの体に文字通り「取り付いて」きた。
「しまっ――」
直後、凄まじい爆発音が部屋に響き渡り、激しい炎と黒煙がツヴァイを包み込んだ。
「ツヴァイさん!?」
静まり返った部屋にマリンの悲鳴が響く。
「げほっ、ごほっ……! い、痛てて……。あぶねえ、さっき防御力が上がってなかったら大怪我だったかもな……」
煙を払いながら、ツヴァイが姿を現した。HPは削られたものの、まだ余裕はある。
「で、でもツヴァイさん、服が燃えてます! 消火しますね! 『ウォーターボール』!」
バシャン!! と、容赦のない水の塊がツヴァイの頭から降り注いだ。
燻っていた火は一瞬で鎮火したが、ツヴァイは頭から足の先まで、文字通りずぶ濡れの哀れな姿になってしまった。
「あ……っ、ごめんなさい、びしょびしょにしちゃいました……」
「あはは、気にしないでくれ。火が消えたんだから、消火ありがとうな!」
前向きに笑ったツヴァイの視界に、再びピコンとログが流れる。
『適切な湿り気を検出:甲殻度20%(合計)』
『ステータス20%ボーナス適用』
さらに体が軽くなる。ツヴァイはたまらず「ステータスリストよ開け」と唱えた。
名前:ツヴァイ
職業:甲殻戦士
レベル1
HP 100
MP 30
攻撃力 12(+2)
防御力 36(+6)
素早さ 24(+4)
精神力 36(+6)
甲殻度 20%
武器 銅の剣 攻撃力5
防具 銅の盾 防御力5 革の胸当て 防御力8
「おいおい、本当に全ステータスが上がってるぞ……。横に素早く動いて、水に濡れると強くなる……」
ツヴァイの呟きを聞いたマリンが、ぽん、と手を叩いた。
「それって……『カニさん』っぽい行動をすると強くなる、ってことでしょうか?」
「それだ!!」
ツヴァイは濡れた顔を拭いながら叫んだ。
「カニだ! 俺の職業、カニっぽく振る舞うと強くなるんだ! ――って、カニっぽいって他になんだ!?」
「ええと、模擬ダンジョンを無事にクリアしたら、市場の本屋さんとかにカニの生態を見に行ってみましょうか……?」
「よし、そうしよう! とりあえず、自爆のダメージをポーションで回復して、と。少し油断しすぎたな、次からはしっかり対処しないと」
ツヴァイが回復薬を飲み干すのを見届け、マリンは杖をぎゅっと握り直して満面の笑みを浮かべた。
「私は、全力でツヴァイさんの『湿り気』を保持しますね!」
こうしてツヴァイたちは、初めての戦闘を通じて、自分たちの隠された「最強のシナジー」に気づいていくのであった。
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